終末コタツ戦争 ―奔走編―
柳塩 礼音
奔走編
Ⅰ.旧二戸市防衛戦
第1話 コタツ襲来
『やぁ
頭に装着したゴーグル型情報通信端末のスピーカーから、嫌らしい声が彼、
緊張感張り詰める最前線の戦場には全く相応しくない口調。彼は思わず、そんな不躾な会話を投げてくる主に言葉を返す。
「全く、君は基地内の安全な場所から指示を出すだけでいいけど、こっちは最前線なんだよ? 冗談を聞いてる余裕なんかないってば利市……」
『おいおい
「はいはい、三等情報参謀官焔利市上等兵様」
呆れた彼は心のこもらない声を上げた。小さなため息が漏れる。そして、彼は再び意識を前面へと戻した。
ゴーグル型端末の透明なディスプレイ越しに、目の前に築かれた土嚢が真っ先に目に入る。そしてそれに取り付けられたレーザー式機関銃CLM-4のグリップを、彼は分厚いグローブ越しに必死で握りしめていた。
銃身とバッテリー、エネルギー機関部を合わせて1メートルはあろうかという黒くて巨大な重機関銃。
そんな機関銃で狙う先には、高さ5メートルほどの鋼鉄でできた壁が左右にどこまでも広がっていた。
ひび割れたアスファルト、雑草に満ちた地面、そして倒壊し、蔦状の植物でがんじがらめにされた家屋や建物。そんな荒廃した古い街並みを切り取るかのように、その壁は
その向こうには、敵。彼ら人類の恐るべき敵が迫っているのである。
彼は一度深く息を吸って、吐いた。戦場に来るのは初めてではない。高校二年生でこのナトリ連邦の防衛軍に志願してから一年、もう幾度となく前線での死線を潜ってきたものである。
だが、未だにこの戦場に漂う異様な緊張感には慣れという物を知ることができない。
ディスプレイに青い文字で表示された心拍数が、呼吸に合わせてゆっくりと下がっていくのが分かった。頭も心なしか少しはっきりしたように思う。そこで、一度彼は辺りを見回した。
左手にはもう使われてない古い線路上から、右手には幅5メートルほどの川の対岸にまで一直線に土嚢が築かれ、その背後で
各々の間隔は2メートルほど。右隣には、最近志願したばかりの高校生志願兵が震えながら機関銃のグリップを握りしめている。まるで去年初めて戦場に来た時の自分を見ているようだ。
更に所々にはレーザー砲を装備した最新鋭戦車、109式戦車も配備されている。これ以上無い万全な体制だ。
そしてゴーグル型通信情報端末……通称ナトリグラスを始めに、緑基調で統一された防衛軍の装備、及び戦車や機関銃などの兵器には全て共通のロゴマークが刻印されていた。
明るい緑地に白抜きで『ナトリ』の三文字。このナトリ連邦の兵装生産を担う巨大軍需企業ナトリのロゴマークである。キャッチフレーズはお値段以上。それに見合って、防衛軍も装備に関してだけは充実していた。
『ほら、集中しろよ炬立一等兵。そろそろ敵が壁を越えてくるぞ?』
「分かってるよ焔上等兵様さん。そっちこそ僕なんかと私語をしている暇はあるのかい?」
『何を言う。これはちゃんとした任務の一環だぜ? のろまで役立たずな親友の一等兵を敵の脅威から守り抜くっていうな……むしろ感謝されたいぐらいだよ』
「のろまで役立たずなんて……なかなか散々な物言いだね」
「おい炬立一等兵! 何をごちゃごちゃ喋っている! 遊びに来ているわけじゃないんだぞ!?」
利市に言い返す彼。だが、それはすぐに遮断されてしまった。
背後から低い怒号が彼の背中を殴りつけたのである。
「わっ! す、すみません高井伍長!」
「ったく……これだから高校生志願兵は……」
ぶつくさ言いながらすぐに去っていく伍長。彼は達也の属する第七分隊の隊長であった。
歳は30程で強面の体型。
『隊長に怒られるとは、お前もまだまだだな』
「何がまだまだなのさ……」
利市との会話で少しほぐれた緊張を再び張り詰め直す達也。機関銃のグリップを握りなおし、全意識を前面に集中させる。
それに合わせて、心なしか不気味な音が彼の耳に入って来始めた。オーブンを起動した時のような、ジィィィンという金属音。
それも一つや二つじゃない。何百もの音が交差し、連鎖し、耳障りなハーモニーへと昇華していく。これは……間違いない。奴らの鳴き声だ。
「!」
刹那、目の前のフェンスの一角がガンッという音を立ててひしゃげた。
何か薄く堅い物が反対側からぶつかったかのように、壁の中ほどがこちら側に向かって鋭く隆起している。
厚さ30センチはあろうかという鋼鉄の壁をいとも簡単に捻じ曲げるパワー。彼には容易に想像のつくものではない。兵士の間には、一瞬にして動揺と緊張が電撃のように走る。
そして、最初の一撃に続いて、次々と何かが壁にぶつかり始めた。ベコベコと壁が瞬く間に歪んでいき、あっという間になぎ倒されていく。
「く……全員構えろ! 奴らを一歩もここを通すなよ!」
高井伍長の怒号が辺りに響き渡る。言われる間もなく、炬立の両手は軍用グローブ越しに機関銃のグリップを握りしめていた。
人差し指をトリガーにひっかけ、いつでも発射できるよう狙いを定める。冷や汗が全身から吹き出し、手足が震える。ディスプレイに表示された心拍数が急上昇し、警告と書かれた赤い帯がかかる。体温が無意識に上がり、分厚いジャケットの中もヘルメットの中も汗でびしょびしょだ。
だが彼の全神経は、倒れ行く壁の向こう側に釘づけ。そんなことに構っている暇はない。
鉄くずが潰れるような音を立てて、目の前の壁が横5メートルほどに渡って完全に倒壊した。前線に詰める全兵士が、緊張を最高潮に切り詰めているのが分かる。
達也自身も、逃げ出したい気持ちと真っ先にトリガーを引き去りたい気持ちを必死に抑え、敵の姿を確認しようとする。
『来るぞ達也』
「ああ分かってるよ」
壁の向こうは激しく攻撃を受けたせいか土煙が舞っていた。ディスプレイは土煙の中に無数の赤い点を指し示している。だが、実際の姿はまだ見えない。
一瞬、辺りに重苦しい沈黙が流れた。数秒が数時間にも数か月にも感じられる。
彼は自分を奮い立たせた。落着け自分、敵が見えたら、撃つ。ただそれだけじゃないか。あとはレーザーが何とかしてくれる。ただトリガーを捻るだけだ。
白い土煙、その中に黒い影がぽつぽつと浮かび始めた。背の低いのっぺりとした長方形の影。のそのそと蠢き、こちらへと近づいて来る。
秋の冷たい風がふと彼の頬を吹き抜けていった。同時に風は煙を巻き上げ、その中からついに敵の姿が露わになる。
低い背は人間の膝程も無いくらいだろうか。その代わりに、横と奥行きはほとんど同じで、上から見たら正方形に見えることだろう。
横面はほんの少しだけ上辺が短い台形。そしてそんな側面にはふわふわとした羽毛のような柔組織……掛布団が垂れ下がり、それを引きずりながらのそりのそりと歩んでくるのが分かった。
頭、というより体の上部には茶色や白といった正方形の天板を乗せて。後ろの方には天板が乗っていないものも何匹か見えた。恐らく、先ほどの壁を攻撃する際に投擲してしまったのだろう。
あれは、コタツ。人類を堕落させるべく現れた最凶の敵である!
「撃てっ!!」
彼は思いっきり、
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