第6話 『常識と屁理屈』

 翌日。今日も午前中は現れる気配すら感じさせず、昼休みになって十分くらい過ぎた頃。

 やはり現れる気配すらなく、昼食を食べ終えた俺は、意を決して屋上へと続くドアノブに手をかける。

 するとドアノブは軋むような音を立てながら回った。

 偶然か、それとも必然か。通常は開くはずのない扉が甲高い金属音を立てながら開いていく。

「………………」

 まず視界に入ってきたのは雲一つなく晴れ渡った青空と、燦然と輝く太陽。眩しさに目を細めるが、原因は陽の光だけではなかった。

春風になびく金色こんじき尻尾ツインテールが俺の視界に深刻な妨害をしているのだ。

「探したぞ佐竹」

「ああ、あんたか……」

「口が悪いのとぼっちというところは相変わらずだな」

「あたしはぼっちじゃなくて一人が好きなだけ」

「それを世の人間はぼっちと言うんだよ」

「それで、何か用?」

 話題を変えるように用件を聞いてくる。屋上に侵入するという校則違反がバレても臆する様子も見せないこいつは、豪胆すぎるのではないだろうか。

 一応聞く耳は持っているらしい佐竹に、俺は精一杯の誠意を込めて告げる。

「佐竹。俺の作る部活に入部してほしい」

「ただで?」

「は?」

「あたしの噂、聞いてないわけじゃないでしょ? あたし、ただじゃ動かないわよ?」

 予想していなかったわけではないが、実際面と向かって、しかも後輩に上から目線でそういうことを言われると非常に腹立たしい。

「普段の告白の時は五十万しか要求してなかったけど、あんたは一度あたしに逆らった。だから──」

 佐竹は立ち上がり、俺を指さし、

「あたしを入部させたければ百万持ってきなさい!」

 と言った。

「それだけでいいんだな?」

 俺は確認するように問うと、佐竹も「私の要求はそれだけよ」と肯定した。

「分かった。月曜までに用意しておく」

 さあ、言質は取った。自分の発言を後悔させてやろう。


 ○


「何よこれは!?」

 翌月曜日。放課後の屋上に佐竹の甲高い叫び声が辺り一帯に響く。

 まあ、それも無理からぬことだろう。今俺と佐竹の間に置かれた段ボールには、確かに約束のブツが入っている。……ただし、互いの認識の違いはあったけれど。

「あんたバカじゃないの!? 頭おかしいんじゃないの!?」

「何もおかしくないだろう。お前は百万“円”とは言わなかった。百万円分の日本銀行券と指定しなかった。だから俺は、アニメBD、DVD,ラノベ、ギャルゲーのセットを持ってきた。何か問題があるのか?」

「ふざけるんじゃないわよ! 常識的に考えなさいよ!」

「俺にとっての常識は、オタクの常識だ! これから部活に入ってもらうやつに布教をして何が悪い!」

「はぁ? そんな常識が世間で通用すると思ってんの?」

「そんな言い訳が世間で通用すると思ってんのか? こちとら運ぶの大変だったんだぞ……」

 土日をかけて、まず百万円相当になるように品定めをして、それから家と学校を往復して、教師に見つからないよう細心の注意を払って屋上前の階段まで運んだ俺の努力をなんだと思ってるんだこいつは。

「まあいいわ。あんたの努力は認めてあげる。入部の件、考えておいてあげる」

「そりゃどうも」

 こうして無事に……どころか俺の秘蔵コレクションたちを失う悲しみと引き換えに、三次元金髪ツインテール美少女ヒロインを勧誘し、そしてそこそこ上出来な返事をいただいた。いや、定価で百万円分相当のアイテムを失ったのに入部を確約できてない時点で負けだろどう考えても。これだから三次元暴虐ツインテールは……。


 ○


俺が佐竹と会っていたという噂はどこが発信源なのか瞬く間に広まり、俺は友達と呼べる人間がほとんどいないので、遠巻きにあることないことを噂されるのを聞いた。

 たとえば──

『二人で屋上にいたの、校庭で見たぞ』

『佐竹があの……何とかっていうぼっちを手下にしたんだと』

『佐竹のやつ、先輩の男子生徒をサンドバック代わりに日頃の恨みをぶつけてるんだって……』

『ぼっち同士意気投合したんじゃね?(笑)』

『言い争うほどの度胸があるバカが現れたらしいぞ……』

『佐竹がでかい段ボールを何回も往復して運んでるの見かけた』

『あの破額の要求を呑んだ命知らずがついに現れたらしい……』

 などなど。

 そして、察しのいいやつは俺に視線を向けてくるわけで。そしてそして、俺に直接聞いてくるやつも若干一名いたりして。

 その一名というのは以前俺に対し、『有名人の噂はすぐに広まるものだ』と言った例の人。

「キミはあの難題をどうやってクリアしたんだ?」

 翌朝。俺が登校するなり葵が小声で聞いてきた。まるで皆の代表で聞きましたと言わんばかりに。

 確かに俺はぼっちだ。まともに喋れる人間などそうはいない。だが、優しいとか付き合いがあるとかいう理由で全部葵に押し付けるのはどうなんだとも思うんだがどうよ?

「気が向いたら教えてやる。とてもじゃないが、俺は自分の口から語りたくない……」

「そうか……。やはり、その……。酷かったのか……」

 俺の落ち込み具合を察してくれたのか、葵はそれ以上言及してこなかった。

 今の俺は、葵以外からも何か聞かれるかもという淡い期待が打ち砕かれ、さらに定価にして百万円相当のアイテムを失った喪失感でいっぱいなのだ。これからまだもう一人勧誘しなければならないというのに……。

 とにかくあれだ。今は次の勧誘対象に集中して、このことは一旦忘れよう。

 布石は打った。正念場となるのはおそらく今日の放課後だ。とにかく今は前だけを向いてないと心が折れてしまいそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る