第5話 『ラッキーエンカウント』

「とにかく、今日からここはあたしのテリトリーだから。今すぐ立ち退きなさい!」


 威圧的な態度で指図してくる金髪ツインテールもとい、佐竹加蓮を俺は冷静に分析し、そしてある事実に思い至る。


「俺の方が先輩なんだが……」

「なっ……」


 こうかはばつぐんだ!な感じで狼狽えるも、言った手前引っ込みがつかなくなったのか、佐竹は負けじと反論してくる。


「あんたみたいなぼっちがいていい場所ではないの。この場所は人がほとんど通らない。有名人が追っかけから逃げて潜伏するにはうってつけの場所なの。だから、あんたみたいな友達がいない人間よりも利用優先度が高い。分かってくれた? いや分かって」

「そもそもここはお前の私有地じゃない。公共の場だ。学校という教育機関の建物の敷地にいる限り、お前の暴論に付き合ってやる義理も効力もないことを覚えておけ」

「はぁ? ボッチのくせに生意気なのよ!」

「『はぁ?』はこっちのセリフだ! 突然現れたと思ったら、初対面の相手に立ち退けとか頭おかしいんじゃねえの?」

「はぁ……これだからぼっちは協調性がなくて友達ができないのよね……」

「お前も似たようなもんだろうが……」


 なんだこの後輩。ていうか金髪ツインテール。ギャルゲーとかラノベで見るとすごく微笑ましい気持ちというか、他人事だからそんなにウザさを感じることはないが、実際に目の当たりにするとこんなに厄介で面倒で話が通じないんだな。


「まあいいわ。今日のところは引き下がってやるけど、これで済むと思わないでよね!」


 ぷんすか!という単語がすごく似合うような感じで肩を怒らせながら再び階段を降っていく。

 これから部活に勧誘するのに第一印象は最悪だ。けれど、俺は諦めていない。俺の願いが確かに聞き届けられたのなら、確かに佐竹加蓮というヒロインも必ず攻りゃ──じゃなくて入部してくれるはずだからだ。まぁ、前途多難なのはさておいて。



俺たちの通う生見高校の部活申請には、二つの規則が存在する。

一つ。申請した日から十日以内に書類を提出しなければ無効となること。

一つ。最低部員数は三人以上であること。

そのため、多くの申請者は申請する前に部員を募り、見通しが立った時点で申請書類をもらいに行く。だから、基本的なことだが一番重要とも言える勧誘のところで時間がかかってしまうと、諦めざるを得ない状況ができてしまうのだ。

 だから俺もゴールデンウィーク前までには設立したいと思っているのだが……


「ったく、どこいるんだよあいつ……」


 「これで済むと思わないでよね!」と捨て台詞を残して去っていった佐竹が翌日も現れると思っていた自分がバカだった。

 休み時間も昼休みも放課後も屋上に続く階段に姿を現さず、金髪ツインテールの傍若無人キャラのテンプレに沿わない行動を始めたのだ。さすがに俺もそこまでは予想できず、今はこうして人気のなさそうな場所をくまなく捜索しているわけだ。

 確かに時間の指定はなかったけれど、あの性格だ。ギャルゲーやラノベ的には翌日にアクションがあってもおかしくないはずなのに──そんな俺の知るツンデレキャラ像とかけ離れた行動に、焦燥が募るばかりだ。まったく、これだから三次元は面倒なんだよ。

 とにかく、第一印象が最悪なのはさておき、姿を見せないのであればどうしよもない。空いた時間を使って様々な場所を探すも、結局今日も見つからなかった。

 今日は四月十七日。ゴールデンウィーク休みに入るまで約二週間。とにかく今は探さなければならない。

 そんなことを考えながら教室へ鞄を取りに行く途中、目の前から一人の女子生徒が歩いてきた。

 そよぐ春風に揺れる長い黒髪。自己主張が激しい胸部。そして、一通の手紙のようなものを持ち、それを見ながら歩いてくる立ち姿。つい最近転入してきて、告白してきた男子生徒を一晩にして廃人にしているという例の人。


「あなたがこの手紙の主?」

 いつの間に見惚れて立ち止まっていたらしい俺に、声をかけたのは藤堂梨紗先輩。


「いえ、俺じゃないです。それじゃ、急いでるのでこれで失礼します」


 軽く礼をして鞄を取りに戻る。後々コンタクトを取ることになるのだろうが、ひとまず先に佐竹を勧誘しなければならない。

理由はいくつかあるが、一番大きいのは藤堂先輩に対しての噂だ。告白じゃないにしろ、もしかしたら翌日廃人になるようなことをされるかもしれないという危惧があるから、先に手を出すべきではないと判断している。

あとは、藤堂先輩のような黒髪ロングキャラは往々にして重いキャラのことが多いからだ。ほとんどの場合、思慮深く、ダークな側面を持ち合わせている。

そのような事情を鑑みて、ひとまず金髪ツインテールにして、おそらくツンデレであるところの佐竹を勧誘しておきたいのだが……。


「君、もしかして佐竹さんを探していたりする?」

「ええ、そうですけど……って、ついてきてたんですか」

「私もそろそろ引き時かなと思って。まったく、呼び出しておいてほっぽりだすなんて人間のクズよね……」

「あはは……」

「ところで、さっき屋上に佐竹さんらしい人物を見かけたわよ」

「屋上? うちの高校の屋上は閉鎖されているはずなんですけど……」

「そう、なら見間違いだったかもね。あなた、名前は?」

「古賀祐樹です」

「いい名前ね。またどこかで会える──そんな気がするわ」

「そうですね。きっとまたすぐに会えると思いますよ」

「それじゃ、私は四階だから。またね古賀君」

「はい。お疲れ様でした」


 藤堂先輩を階段下から見送り、自然な流れで会話できていたことに気付いた。佐竹の時は怒りというか、ついカッとなってしまったからだったかもと思ったが、実は俺の願いの中に、ヒロインとの会話においてはコミュ障を発揮しないようになったのだろうか。

 何にせよ、有益な情報が手に入った。明日確認することにしよう。

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