第50話血路
見事R-1の1回戦を勝ち上がった僕だったが、事務所に所属していた頃は、普通に勝ち上がっていたし、
3回戦まで残ったこともある。
そこまでたどり着いてから喜ぶのが本当なのだが、このときの合格は本当に何よりうれしかった。
事務所の名前を貸してくれた、大瀧エージェンシーの大瀧社長も喜んでくれた。
しかし、まだまだ先は長い。
二回戦はもっとハードルが上がる。
何度も乗り越えられなかった、大きな大きなハードルである。
一度だけ合格して3回戦に行ったことのある経験からすれば、ネタだけではどうしようもない部分が多数を占めている。
その時のお客さんの空気、会場の雰囲気、ネタをする順番、ネタをする時間帯。
そして最後はやはり、審査員の審判に身をゆだねるしかないのだ。
僕が二回戦勝ち残った時も、そのすべての条件が完全にかみ合い、有利に作用した記憶がある。
つまり、運の要素もかなり含まれているのだ。
しかし、それも結局は落選した時の言い逃れに過ぎない。
僕ら演者はきちんとネタを作り上げ、きちんと演じることしかできない。
それ以上の事は決してできないのである。
せっかく勝ち上がった、二回戦。
それでも落ちてしまえば、1回戦で消えていった芸人と一緒。
名前が消える。
まさに、容赦のない戦争である。
バトルロワイヤルである。
喜んでいたのもつかの間、ことの重大さに気づき始めた。
落ちてしまえば、元も子もないのである。
再び過酷な日々が始まった。
2回戦の開催日まで、ありとあらゆる場所に行き、ネタをさせてもらった。
もちろん会社員として働きながらである。
会社を休むことなく、必死で働きながら、その余力、でもすべての力を注いだ。
落ちるわけにはいかない。
それは、1回戦も、2回戦も一緒。
毎日毎晩ネタと向き合い、自分を追い込んで行った。
そんな僕をやはり妻は、心配してくれた。
「早く楽になるといいのにね。」
楽になるとは、早々と予選で落ちろということか?
僕もふとそう思う時があった。
勝ち残らなければ、こんなに苦労することはなかったであろうに。
こんなに、こんなに、人を笑わせるって、楽しませるって、
こんなに難しいんだ。
毎日苦悩しながら、ほとほと感じた。
真剣に悩めば悩むほど、真剣なのだから、なかなか面白い発想が出てこない。
魔のブラックホールに突入する。
もっとフラットに、気楽にかまえた方が、
ふっと面白い発想が浮かぶものである。
わかってはいるのだが、わかっていて、それをどうすることもできない。
だから苦悩するのだ。
どっちにしろ、2回戦は1回戦より、クオリティーの高いものを出さなければ、死ぬ。
死んでしまうのだ。
せっかく生かされたのだから。
死にたくはない。
それが勝ち残ったものの宿命だから・・・・
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