第49話審判

そんな感じで予選会場を後にした僕だったが。


時間がたつと、やはり不安がこみ上げてくる。

あんなに、あんなに、笑いをとっても。

審査をするのは、審査員。

お客さんじゃない。


審査員がダメと言えば、それまで。

それはどんな芸人さんでも条件は一緒。

こういう大会もの全てに言えることだが。

審査される側と、審査する側では、


間違いなく、


審査する側が偉いのである!!


もし、不合格という結果を突きつけられたら。

あれと同じくらいの笑いを、今後とれるのか?

それくらいのウケだった。


それでも結果が不安で、不安で、仕方ない。


結果発表を、ずっとスマホをさわって見ている僕。

まだ結果が出ていない。


そんな僕を見ている妻は、特に何も気にしていなかった。


「お客さんにウケたんでしょ?それでもうええやないの。」


「いや、でもな・・・・」


「それ以上、何を望むの??」


たしかにそうだ。妻の言う事が全て正しい。

お客さんにしっかり笑ってもらえたのなら、これほど芸人冥利につきる事はない。


それでも、合格という結果を望むのだ。


それでその合格で何かあるわけじゃない。

お金が入ってくるわけでもなく。

仕事が入ってくるわけでもなく。


しかし、不合格の場合、

これはやはり打ちのめされるであろう。

来年出場するとしても、少なくとも、一年間苦しむだろう。

ウケて落とされたとなれば、なおさらだ。


結果が出たのは、その日の夜9時くらいだった。

スマホをコチョコチョ触っていたら、

結果発表が更新された気配があった。


「うん??」


少しずつ、少しずつ、スマホをスクロールさせていく。

その指も少し震えている。


なかなか、自分の名前が出てこない。


なかなか、自分の名前が出てこない。


このスクロールが最後までいったら、どうしよう?


そんな恐怖にかられながら、スクロールさせていくと・・・



原田おさむ(大瀧エージェンシー)



その名前が、ポンっと載っていた。

その前もその後ろも、吉本興業の芸人さん。

そのあいだに挟まれ、僕の名前があった。


名前が、あった!


「おっしゃーーー!!!!」


今までこらえてきたもの全て、その言葉で吐き出した!!


事務所を解雇されてから、初のR-1予選通過。

そう正真正銘の、事務所の力関係なし。

全くの、自分の力で掴み取った、二回戦進出だった。


「おっしゃーーー!!!!」


と、叫ぶ僕に、


「ちょっと!子どもが起きるやないの!」


妻が慌てて駆け寄ってくるが、それでも僕は止まらない。


妻思い切り抱き寄せ、抱きしめた。 


「俺、やったよ!やったよ!やったんや!」


世間からすれば、そんなたいして凄い事はしていないように見えるであろう。


でも、この勝利を掴み取るまでに、どんなに、どんなに苦悩したことか。


惜しげもなく、涙が頬にこぼれてくる。

涙が、涙が、止まらない。


「・・・・よかったね。」


妻はそれしか言わなかった。

それだけで十分だった。


一生売れなくていい。


それでも妻の支えなしには、この勝利はなかった。


感謝の言葉なんかでは言い尽くせないくらい。妻に感謝しなくてはならない。


芸人を続けさせてくれたことに・・・・


芸人を辞めていたなら。


今日のこの感動と勝利は、なかった・・・・

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