第44話溺愛

「パパは、お笑いの人なの?」


目をぱちくりさせながら、息子が聞いてきた。

当時にして小学二年生。

いつかは言わないといけないと思っていたが、その時は急に心の準備もなく訪れてしまった。


「うーんとね。あのね・・・」


言葉に詰まる。

何をどう言って、何をどう伝えたらよいのかわからない。


それを見ていた、妻がそばで言う。

「ちゃんとわかるように言ってあげて・・・・。もうわかる歳やねんから。」


うん。

息子に伝えたいことはたくさんある。

家族を抱えながら芸人して、もう20年。

あんなことも言いたい。こんなことも言いたい。だけど・・・

うまく言葉にならない。


なぜか?


出ているテレビ番組もない。


わかりやすく言うと。

「そうだよ。パパはお笑いの芸人なんだよ。実は、あのテレビ番組に出ているんだよ。」

なんてことを、言うことができない。


何にも出ちゃいない。

たまに月に一度の企業芸人のライブに出演しているだけ。

ビラを配り、自分たちでお客さんを呼び込んでライブをしているだけ。

とても息子に伝えれるような活動などしていない。


こんな状況になる前に、息子が僕の仕事を知る前に、聞いてくる前に、

やはり何らかの結果を出しておくべきだった。

結果がないこと。

すなわち、息子に芸人であることを伝えても、次の言葉が出てこないのだ。


関西演芸しゃべくり話芸大賞の審査員奨励賞?

大阪ともしび大賞?


まだ、小学2年生の息子に伝えてわかる賞歴でもない。

何を持ち出して、何を見せて、僕が芸人であることを伝えたらいいのだ。


「ねえ?パパ?どうしたの?」


ゆっくりと息子を膝の上に抱き上げる。

何も息子に見せれる結果を残しちゃいないが、自分の言葉でしっかりと伝えるしかないのだ。

誠心誠意、真剣に自分の思いを伝えるしかないのだ。

それだけ自分は真剣にやっていることなのだと。


「・・・そうだよ。パパは、お笑いの芸人なんだよ。」


その一言を言う。それだけで、

じわーっと僕の目に、熱いものがあふれてくる。


あまりにも色んな思いが交錯しすぎて。


そして、何より、息子の成長がうれしかった。


あんなに産まれてきたときは小さかったのに。

おっぱいがほしいと、朝も晩も泣き叫んでいたのに。


もう、聞いてくるようになったのか。


その息子の成長が何よりもうれしかった。


「パパは、お笑いの芸人やけど・・・全然売れてないねん。」


「ふーーーーん。」


しっかりと、正直に、自分の事を息子に伝えていこうと思った。

たとえ出ているテレビ番組がなくとも。

見せれる結果がなくとも。


この想い。


しっかりと息子に伝えなければ。


息子は、どんどんと聞いてくる。


「じゃあ、人前で、変なことするの?」


「・・・・そ、それは・・・・」


またしても言葉に詰まる質問だった・・・・



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