第42話企業芸人

僕は若い頃は、本当に世間知らずの芸人だった。

大瀧社長ともよく衝突した。


とにかく、若いうちに早く売れたかったし、テレビに一杯出たくて仕方なかった。

でも、世間はそんなに甘くない。

一度テレビに出たって次がないし。

それで飯を食うことがどんなけ大変か。

大瀧エージェンシーを辞めてから、ほとほと痛切に感じた。


十数年ぶりに再会した大瀧社長は、昔の事にはほとんど触れず、これからの事ばかり目を向けていた。


「働きながら、活動する、企業芸人の時代がくる!」


そう言って、実際行動に移していた。


大瀧エージェンシーは、毎週一回漫才塾を開いており、そこに僕も誘われた。


夜の7時からだが、会社勤めを終えた人たちが続々と集まっていた。

そして、漫才やコント、大喜利などの授業を行っていた。


僕より年配の方もいたし、僕より安定した収入の公務員の方もいた。

全員に共通する点は、一つ、


お笑いが好きで好きでたまらないということ。


それで飯が食えないのは100も承知。

それでも、面白いネタがしたい。

それでも、人前に立って、人を楽しませたい。

そんな純粋な人達の集まりだった。


大瀧社長は僕をゲストのように扱ってくれたが、とんでもない。

僕だって全然売れてない。

芸歴だけ二十年オーバーしてるだけの男だ。


それでも漫才塾の人達と話すのは、楽しかった。

同じ方向を向いてる人達と接するのは、本当にためになった。

なにより、僕は一人ぼっちじゃないと感じた。


これからは企業芸人の時代。

そんな夢のような事が本当に叶うのか?

僕も半信半疑だったが、確かに、僕と同じ目線で動いている人達がこんなにいる!


大瀧社長はさらに僕に言う。


「月に一回のライブに出てみないか?」


事務所を裏切り、志し半ばで事務所を辞めた僕に、大瀧社長はライブ出演の声をかけてくれた。


ありがたくて、ありがたくて、


涙が出てきた・・・・


今から、今から!もう一度、やり直しや!!

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