第41話大瀧社長

とにかく僕は、一心不乱にネタをできる舞台を探した。


絶対に、来年のR-1の予選は、通る!

一回戦でもいい。

事務所を失っても、勝てるってことを、身を持って示したかったし、無所属な事を言い訳にしたくなかった。


今まで以上に、ネタをできる舞台を探した。

そんな時に、以前所属していた

大瀧エージェンシーの大瀧社長と再会する。


大瀧エージェンシーは、僕が、18歳のころから26歳くらいまで所属していたお笑いの事務所である。

当時は結構有名な芸人さんも所属していた。

僕はその頃は、早く売れたくて、売れたくてガツガツしていた時期である。


若気のいたりからか、

「売れないのは事務所のせい。」

「仕事がないのは事務所のせい。」

と、全てを事務所のせいにして、辞めてしまったのだ。


吉本興業や松竹芸能のような大きな事務所を夢見て飛び出し、そして挫折した。


そんな中、再会した大瀧社長が、ライブ出演の仲介に入ってくれた。


難波で、観光客相手に五百円のワンコインライブを行っていた。

そのメンバーに僕を加えてくれた。


表で呼び込みをして、そのまま集めたお客さんの前でネタをする。

非常にやりがいのあるライブだった。

お客さんを呼び込めなかった場合は、その一回ぶんまるまるライブが中止になる、過酷なライブでもあったが。


ライブが終わって、大瀧社長がお茶に誘ってくれた。

若い頃、散々無礼を働いた僕に、大瀧社長はもの凄く優しく接してくれた。


「よく、辞めずに芸人続けていてくれた。よかった。よかった。」


大瀧エージェンシーは、昔ほどの規模で事務所を構えてはいないが、縮小しながらも、芸人を目指す若い人たちのライブ出演の斡旋をしていた。


「今な、うちの事務所はお笑い塾をやっていて、働きながら芸人をする企業芸人というのを応援してるんや。」


働きながら、芸人する?

企業芸人?

まさに、僕じゃないか!


「お笑いやりたくても、飯が食えなくて。働きながら芸人する人間増えてきてるんやで。お前は、その時代を先取りしてるんや。まさにその通りになってきてるんや。」


働きながら芸人することを、ずっとどこかで後ろめたいと思っていた。

ずっと足かせのように思っていた。

でも、そんな人間が増えてきている。


「お前のやってる事は間違いじゃないで。これからは企業芸人の時代がきっとくるで!」


大瀧社長との再会。


それは、さらに僕の運命を変えていこうとしている。


妻よ、俺、やはり正しかったんかな?

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