第39話結婚記念日
すんなりR-1の予選で落とされて、失意に打ちのめされる僕だったが、
それを救ってくれたのも、やはり家族だった。
「今年はえらい、早い事落とされたんやね。」
妻が、僕を気遣う。
でも、妻から伝わるのは「たまにはゆっくりしたら?」
という気持ちだった。
所属事務所を失って、一心不乱でやってきたが、お笑いの世界とは皮肉なもので、
真剣にやればやるほど、面白い発想も浮かんでこなくなるものである。
「R-1の二回戦は、いつやったん?」
「○月○日やで。」
「あんた!その日!」
妻がカレンダーを指さす。
僕も、「アッ!」と思わず声を上げる。
その日は、僕らの結婚記念日だった。
もし、R-1の二回戦に進出していたら、その日は、結婚記念日どころではなく、丸一日つぶれていたであろう。
皮肉なことに、R-1の予選で早々と落とされたことにより、
今年は僕らは一緒に結婚記念日を迎えることができたのだ。
「あんた!よかったやん!」
妻が本当にうれしそうな顔をした。
毎年結婚記念日は、一緒にいてあげることすらできない年もあった。
そして・・・・
結婚記念日当日、僕らは二人の息子をテーブルではさみ、結婚式の日にキャンドルサービスで使ったローソクを引っ張り出してきた。
二人で、もう一度そのローソクに火を灯す。
「パパ!ママ!結婚記念日おめでとう!」
と、長男が言う。
「あぶ、あぶ、あぶぶ」
まだよく喋れない次男が何か言う。
家族全員で食事をしてケーキを食べた。
それだけで十分だった。十分すぎるくらい幸せだった。
「今年はこうしてみんな一緒におれるね。」
なんというか。
R-1の予選で落とされたことも、神様がこういう風にしてくださったのかな?
と思うようになった。
もちろんそんなことはないのは、わかっているのだが。
「あんた。無理したらあかんのよ。ゆっくりでいいんやからね。」
この妻には、僕に対して、早く売れてほしいとか、結果を出してほしいとか、
そんなことを一切望んでいないのがわかった。
彼女が望むのは、家族の幸せ。
家族が一緒にいれる時間。
そして、僕の健康。
束の間だったが、本当にしあわせな時間だった。
こんなに家族でいると幸せなのに・・・
これ以上・・・
俺は、何を望むんだ?
「ゆっくりでええんやからね。ゆっくりで。」
妻のその言葉が、いつまでも頭の中に残った・・・
ゆっくりって・・・・
一生売れなくても、それでも
ゆっくりで、ええんかな?
本当に一生売れなくても、
本当にええんかな?
いまだに自分の中で自問自答していた・・・・
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