第32話無関心

僕は速攻で電気屋で一番高いアイロンを買ってきた。


妻は僕のカッターシャツを全部、アイロンあててくれた。

そして満足したようにこう言った。


「よし!これで、なんぼでも、人前に出てよし!!」


「ありがとうな。」


「あんたあかんよ!あんまり汚い格好で人前に出たら!」


こんな僕のために毎日シャツにアイロンを、あててくれる妻。

そして、アイロンが壊れて泣いた妻。


最高の、最高の妻だ。


僕も頑張らなあかん。

同窓会でネタ、しっかりやらないとあかん!


そして、同窓会の前日、声を掛けてくれた同級生に電話した。


「明日は、どんな感じのネタしようかな?」


「その話やねんけど、」


「うん?」


「みんなに、聞いてんけど、・・・いらんって。」


「うん??」


最初、言っている意味がわからなかったので、何度か聞きなおした。


「・・・ネタして、いらんねんて。」


「な、な、な、なんでやねん!」


あまりの返事に驚きを隠せなかった。


「俺は、原田が芸人してること知ってるけど。ほとんどの人間は、知らんねんて。」


「それで?」


「それで、・・・・ネタはしていらんって。」


「・・・」


「久しぶりに顔合わす人間と喋れるだけでええって。ネタは特に興味ないって。」


なんなんだそれは?

その無関心は、なんだ?


「なんとかならないかな?」


「俺、幹事でもないしな。でも多数の人間が、いらんって・・・・」


「そんな、いらん!いらん!ばっかり、なんやねん!!」


電話口でついに僕は限界に達した。


これが!これが!テレビに出てる有名な芸人なら、そっちが頼みこんで、ネタしてほしいって、言うんやろ?

テレビにも出てへん、知名度のない芸人は、例え同級生であれ、


見る価値もないというのか!!


「・・・・・・」


そんな事を友人に言えるわけもない。

そのまま、黙って電話を切った。


こんなの。ひどすぎる。 

有名か、有名じゃないか。

興味があるか、興味がないか。

そりゃ、あんたらはその言葉で簡単に人をはねるけど・・・・


こっちは、必死なんや!

ネタさせてほしいって、こっちからお願いしとるんや!

その答えが、・・・いらん。


上等や!

俺には金輪際、同級生なんかおらん!

同級生はみんな死んだ!

俺が今後、どんなにテレビ出ようが、活躍しようが、

その時になって、


「あの原田おさむって芸人、実は俺の同級生やねん。」


なんて、口が裂けても言うなよ!

こっちは認めん!

同級生なんて、誰もおらん。

知らん。


売れてない時に、興味も示さんかった人間に、都合の良い時だけ使われてたまるか!


ガン!


あまりの怒りに壁を蹴り上げてしまった。


「どないしたんよ!」


妻が駆け寄ってくる。

その手には、


きちんとアイロンの当てられた、ピンとしたシャツが・・・・・


「ごめん。ごめん。・・・・・ごめんよ。」


妻と、そのシャツを見て、何だかわからないが、とにかくごめんしか、出てこなかった。


「何があったんよ?ねえ?」


こんな事、妻に言えるはずがない・・・


妻がきちんとアイロンあててくれたのに、シャツを用意してくれたのに。


僕は、他人の無関心というものに、容赦なく切り裂かれた。


妻に申し訳ない気持ちで一杯だった。


「ごめん・・・・俺、同窓会には、行かん・・・」


妻はいつもと変わらないように言った。


「ええんちゃう。それで。」


そして、僕にそっとシャツを渡す。


「いつでもいいから、ちゃんした服着るんやで!」


そうだ。

泣いてる暇も、落ち込んでる暇もない。


これが!現実だ!


突き進むしかないんだ!!


シャツを持っている妻を、シャツごとシワくちゃになるくらい抱きしめたいのに。

シャツが気になって、抱きしめれない。

だから、

そのまま、妻をじっと見つめてこう言った。


「俺、負けへんよ。ぜったい。」


負けるものか。

無関心なんかに・・・・

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