第23話沈黙

「・・・・私は、


主人の判断に、


・・・・・従います。」


妻は、はっきりとそう答えた。


店長に、はっきりとそう言った。


僕は、ずっと唇を噛み締めていたが、やがてその唇が少しずつ震えて、目から涙が溢れ出てくる。

手のひらで拭っても、拭っても、こぼれてくる涙。

鼻からは、鼻水が流れ出てくる。


もう顔面がぐちゃぐちゃだ。

涙も鼻水も止まらない。


妻は、僕の判断に、従うと言ったのだ。


芸人を辞めて、会社を辞めると言った僕の、愚かで幼い判断に、従うと言ったのだ。


あの、お笑い嫌いの妻が。


テレビに出る事を嫌い、


一生、売れなくていい!と告げた妻が。


こんな僕の、愚かな判断に、従うと言った・・・


店長も声を詰まらせ、しばらく沈黙が続いた・・・


「いいんですか?・・・後悔しないんですか?」


「・・・主人が、一生懸命やってるので。


・・・主人の好きなように、させてあげて下さい。


私は、主人に従います。」


店長は、そのまま、静かに電話を切った・・・


店長は、ふりかえり、顔がぐちゃぐちゃになった僕を見た。

店長の顔は、真っ赤だった。


「・・・・ええ嫁はんやないか。

・・・お前には、もったいない。」


「・・・はい。」


「・・・・死んでも、」


「・・・」


「死んでも、この家族を守れ!」


店長は、思い切り声を上げて言った。


「お前は、何が何があっても家族を守れ!!バカたれ!!!!!」


そう。

僕は、バカたれだ。

売れてもいない、誰にも知られていない芸人のくせに、辞めない。

辞められない。

続けたいと強く願い。

そして、家族をも巻き込んで、それでも辞めない。

会社の上司が、ここまで思ってくれているのに、妻に諭してくれているのに。


僕は、


ほんまに、


バカたれ以外の何者でもない!!


こぼれ落ちる涙が、ポタポタと床に落ちては、カーペットに染み込んでいく。

僕の足元に溜まっていく。

それでも、それでも、僕の涙は止まらなかった。


「長崎行きたいか?」


「・・・・。」


「映画のロケで、長崎に行きたいんか!?」


「・・・はい。」


店長は、最後は少し笑みを浮かべながら、こう言った。


「お前は。何が何でも家族を守れ。そして、簡単に仕事を辞めるとか言うな。」


「・・・はい。」


「長崎に行ってこい!」


「・・・・!!」


「死ぬほど、カステラ買うてこいよ!!」


なんと、事態はなぜか、好転していく。 

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