第22話交錯
僕は携帯から妻に電話する。
その携帯の画面を押す、僕の指が震えている。
汗が額からしたたり落ちてくる。
一番巻き込みたくなかった家族を、巻き込んでしまう。
申し訳ない気持ちで一杯だった。
「・・・もしもし?」
電話の向こうから、妻の声がした。
その僕の携帯を、店長が僕の手からひったくる。
「もしもし?奥さんですか!私は、原田くんの上司で○○と言います!」
店長が完全に僕の電話を独占する。
僕が自分の都合の良い事だけ、先に妻に言わないようにだ。
家で息子をあやしていた妻は、さぞ驚いたに違いない。
「奥さん!原田くんがね、今、会社を辞めるって、言ってるんですよ!どう思います!?」
店長はたたみかけた。
「彼はね、仕事は真面目なんですよ。うちの会社からしても、惜しい人材なんですよ。」
「・・・・」
「だけどね!頑として、芸人を辞めようとしない!これが、彼の会社員としての評価を下げているんですよ!」
僕は黙って、店長の話を聞いていた。
「会社はね。会社員しながら芸人活動なんて、認めてないんですよ。どこの会社もそうじゃないですか?だけど彼は芸人を辞めない。その事で彼は、どれだけ働いても働いても、他人に足元をすくわれるんですよ。それが、私は、残念でならない!」
店長は最初感情的だったが、少しずつ諭すように妻に語りかけた。
「彼は本当に真面目に仕事してます。一般人なら、とうの昔にもっと出世してます。ただ、芸人活動をしているがために、我々も厳しい評価を下さなければ他の人間に示しが付かない。わかるでしょ?彼が芸人活動している事が、きっと今後も彼の足元をすくい、彼はもっと苦しむんですよ。」
店長の声が震えてきた。
「私の事覚えてます?私、あなた達二人の結婚式出てるんですよ。その時に、あなたのお父さんに、手をしっかり握りしめられて、
おさむくんを、
おさむくんを、
どうにかお願いします!
そう言われてるんですよ。」
そう。店長は、僕らの結婚式に出席してくれていた・・・
「いいですか!彼は、あたなたち家族を守る義務があるですよ!
それなのに彼は今、会社を辞めようとしてます!
芸人辞めるなら、
会社を辞めると判断してます!
この不況の中に、妻と幼い子供を抱えて、芸人を続けようとしてます!
これは非常に愚かで、幼い判断だと、私は思います!」
「・・・・」
「奥さん!彼を説得してあげれないですか?
彼の判断は間違ってます!
彼のこの判断は、
あなた達、家族を、今後露頭に迷わすかもしれないんですよ!」
「・・・・」
店長の言う事は全て正論だ。
結婚式に妻の父親から言われた言葉。
店長は、店長なりに重く受け止め、僕の事、僕の家族の事、全部思って言ってくれているのが、痛いほどわかった。
仕事で負荷をかけていたことも、
叱咤や罵声を浴びせていたことも、
他の人間に示しがつかなかったから。
店長は、店長なりに、
僕を会社員としては、評価してくれていたのだ。
僕は、ただ唇を噛み締め、拳を握りしめ、店長の話を聞いていた。
「・・・奥さん、どう思います?」
店長の問いかけに、妻は、震える小さな声で、しかし、確かに、しっかりとこう答えた。
「・・・私は、
私は、
主人の判断に、従います・・・」
妻は、確かに、そう言った・・・
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