第21話修羅場

「一番、あかん事を言うたな!お前は!!」


店長は究極に激怒した。

しかし、そこまで追い込んだのは、あなただ。

どんなに理不尽な事を言われても、辛抱して働いてきた。

職を失う事。

それがどれだけ悲惨なことか、僕だって痛いほどわかっている。


妻と、まだ手の掛かる幼い子供がいるのに、もうこれ以上働けない。

この職場ではやっていけない。

そう決断するには、それ相応の事があるという事だ。


次何の仕事するのか?

そんなあてもなく、ただ感情的な結論を出したが、それでも自分の出した答えに迷いはなかった。


「・・・・・辞めます。」


何度も店長の顔を見て、そう言った。


「今すぐ、芸人を辞めろ!」


店長も一歩も引かない。


「今すぐ、今すぐこの場で、・・・芸人を辞めろ!!」


「・・・芸人は、辞めません!」


それが社会人として、家族を持つ者として、どれだけ間違った判断なのかは、僕には痛いほどわかる。


芸人で飯が食えるのか?

食えるわけがない。

こんな不況の中、職を失って家族を養えるのか?

養えるわけがない。


でも、芸人は辞めない。

辞めれない。


「・・・芸人は、辞めません。」


辞めるもなにも、なんも芸人として、成し遂げていない。

辞めたって、誰も俺の事なんか知らないし、誰も何とも思わないだろう。

気付かないだろう。

でも、芸人だけは辞めれない。


だって、


妻にだって、


俺という芸人を、まだ、知ってもらってない!


最愛の人、

妻という人にすら、原田おさむという芸人を知ってもらっていないのだ!


売れるとか、そんなこと、


どうだってかまわない!


愛する人に、俺という芸人が、

ほんの少しでも、ほんの少しでも、

知ってもらえなければ、


なんのために、ずっと芸人やってきたんだ!!


誰に知られなくても、我慢できる。


でも、・・・・いつか、妻には、妻にだけは、


知ってもらいたいんだ!!!


原田おさむという、芸人がいることを・・・


「・・・芸人は、辞めません!」


強く店長に言った。


「お前、それがどういう事かわかってんのか!」


「・・・・・」


「今すぐ、嫁に電話しろ!!」


「なんでですか?」


「・・・今すぐ!この場で、嫁に電話しろ!!」


「家族は関係ないでしょ?」


「あ?こんな大事な、会社辞めることを?嫁に言わんと、勝手に決断するつもりか?」


「・・・・・」


「今すぐ、この場で嫁に電話しろ!そして、


お前が!どんなけ、愚かな決断してるのか!


嫁に、知ってもらえ!!!」


まさに、修羅場。

修羅場としか言いようがない。


長い沈黙。


僕も、店長も、一歩も引かない。引けない。


家族だけは巻き込みたくなかった。

でも、こんな大事な結論、やはり嫁に言わないわけには、いかなかった。


僕は携帯電話を取り出し、嫁にダイヤルした。


・・・・家族だけは、巻き込みたくなかったのに・・・・

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