第12話甘い話はない。

「嫌!嫌っ!絶対、絶対、嫌っ!」


妻は極限まで拒否した。

それでも僕は引かなかった。


「もうすぐ芸人して20年やねんで!テレビ出れる事が、どんなけ難しいか。どんなけ貴重なのか。わかってくれよ!もう、こんな話、一生ないかもしれんねんで!」


ずっと日の目の当たらない芸人で、そこに舞い込んだテレビの話を断るなんて、僕には考えられなかった。


「頼む。一度だけでいいから。ほんの少しだけでいいから。」


僕は妻に限界まで頭を下げた。


そして、顔を上げたとき、


妻の、目に涙。


結婚して、あんなに幸せそうだったのに。


そんな妻が、初めて泣いている。


「・・・・そんなに、


そんなに家族をテレビに出したいの?


自分だけ出たらいいやん。

そんなに家族を犠牲にして、


妻や子供までテレビに出さないと、売れないなら、


そうでもしないと、売れないなら、


・・・・・・・


一生売れなくていい!!」


妻の目から涙が止まらなかった。


自分で自分の愚かさを呪った。


結婚して幸せなのに。

充分すぎるくらい幸せなのに。

可愛い子供と、最愛の妻がいるのに。


これ以上、何を望むんだ??


この幸せを僕は、妻の涙で汚してしまった。

自分の富と名声という、欲のために。


一生大切にすると、妻の両親の前で誓ったのに。

僕は、家族を売ろうとしていた。


愚かだ。

クズだ。


それに気付いた。

それに気付かされた。


妻の涙によって。


「ごめん。もう言わないよ。」


妻を抱きしめる。

僕の腕の中で震えながら、妻がまだ泣いている。


こんな辛い思いをさせて。

なんて最低な男だ。

なんて最悪な芸人だ。


自分でも思った。


俺なんて、


・・・・一生売れなくていい。

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