第三十四話 碓氷峠の戦い

 小島法師は新羽軍を探して走り回っていた。

「東海道にはおらなんだ。きっと東山道を進んでいるのであろう」

 聞くところによれば、都奪還を狙って出た足柄義直軍を簡単に蹴散らしたという。ならば、逃げる義直軍を追撃するのが普通だが、追いかけずに美濃の方へ向かったという。これは側近くの軍師がよほど優れていると見える。足柄峠には砦が築かれている。戦となれば多くの損害を受けるであろう。それを避けて碓氷峠に向かったならば、足柄峠ほどの砦の噂は聞いていないから、たぶんないのだろう。新羽軍は簡単に坂東入りできるであろう。

 法師は後太鼓帝の命令には反するが、新羽軍に合流するのをやめた。足柄峠の砦は見聞したが、碓氷峠のことは知らない。そんなものが陣中にいても何の役にも立たない。それに、法師は戦が苦手だ。せいぜい、遠くから眺めることにしよう。そう考えた法師は路傍の石に座ってにぎり飯を食い出した。


 東山道を経由し、碓氷峠に近づいた新羽軍は、斥候を出した。万が一、碓氷峠に要塞が組まれていたら、攻略は難儀なものになる。斥候が走って帰ってきた。

「どうじゃ、要塞は出来ていたか?」

 三休が尋ねる。

「要塞はありません。しかし……」

「なんじゃ?」

「見たことのない、旗印と大将二人が峠に陣取っています。その数、五十万はくだらないかと」

「なに? 旗印が分からないと。樫木河内や市松円陣入道ではないのか?」

「いえ、甲冑からして普通のものと違います」

「何者であろう?」

 三休は考え込んでしまった。それを見ていた新羽貞義は、

「誰だっていいじゃないか。ぶっ殺してしまえば皆同じだ」

と悩む三休を諌めた。

「そうですな。しかし、敵の実力を見極めるのも大事。少数で掛かって、様子を見ましょう」

 三休は進言した。

「好きにせよ」

 貞義は答えた。


 三休は鎮西からついてきた大友豊前守公平の軍五万を碓氷峠に送り込んだ。大友公平はかつて、足柄義氏に負けたことのある、弱将である。失って損はない。そして相手の出方を見る良い試金石になる。


 そんな軍師の思惑も知らず、公平は喜び勇んで先鋒に出る。やがて、碓氷峠の大群に向かって大音声を上げる。

「遠からんば耳に聞け。近くばよって目にも見よ。我こそは豊前の住人大友三郎公平なり」

 その声を聞くと、碓氷峠勢から太鼓の勇ましい音が鳴り出した。そして、一人の偉丈夫が軍勢の中から飛び出してきた。名乗りもあげず、大友軍に突っ込んでくる。大友兵が、稲穂を刈るように首をはねられていく。

「ひ、卑怯な。名を名乗れ!」

 公平は怒鳴る。しかし武者は口をきかず、公平に襲いかかり、あっさりとその首級を討ち取ってしまった。ここで、やっと声を出す。

「俺は、蝦夷の安倍頼益の十男、安倍貞十頼家あべ・さだとう・よりいえだ。命の欲しくないものはかかってこい。ぶっ殺してやる」

「なんだと、生意気な小僧だ。俺が切り殺してやる」

 新羽貞義が気色ばむ。それを三休と橘宗茂が必死に抑え込む。

「それがしが、参ります」

 宗茂が貞義に言う。

「よし、任せた」

 貞義は宗茂を送り出した。


「ほう、命知らずが来たな」

 頼家がつぶやく。

「お主のような武芸者に出会えて、嬉しいぞ」

 宗茂は答えて、駒を進める。一騎打ちが始まった。

 頼家は槍で宗茂を攻め立てる。宗茂は剣で丁寧に槍をはねつけた。

「やるな」

 頼家は感嘆した。

「お主こそすごい力だ」

 宗茂も強敵の出現に喜ぶ。

「だがなあ貞十殿、戦は一人ではできない。やれ」

 宗茂が命ずると、宗茂は以下の武将が二騎並んで駆けてきた。その手には縄がくくりつけられている。それが頼家の駒に突っ込む。

「うわあ」

 縄が頼家の駒の足を薙ぎ、頼家は駒ごと転倒する。

「それ、討ちとれ」

 宗茂が兵に命じる。兵が一斉に頼家に襲いかかる。

「何をお小癪な。卑怯な真似をしやがって」

 素早く態勢を整えた頼家は襲い掛かる橘の兵をバッサバッサと切り伏せる。それを見た宗茂は、

「うぬ、あれは怪物だ」

と感心する。そこへ、

「貞十を討たすな」

と安倍頼益と竹原清佐の軍が駆け込んできた。

「やあ、攻め時だ。こっちもぬかるな」

 新羽軍も駒を進める。大乱戦になった。その中、橘宗茂と安倍頼家は再び一騎打ちを始めた。

「己のような怪物を知略で倒そうとは無礼であった。許せよ」

「ふん、お前ら雑魚がいくらかかってきても倒される俺じゃないぜ」

 頼家は槍、宗茂は剣でやりあった。頼家の猛烈な突きを宗茂は剣で防ぐと接近戦に持ち込む。頼家、槍を捨て、剣を繰り出し、攻撃する。両者互角、決着がつかない。

「蝦夷のものは強いと聞いておったがこれほどのものがおったとは」

「こっちこそ、鎮西にあんたほどの勇士がいるとは感心したぜ」

「どうだ、戦などやめて、一献酌み交わそうではないか」

「おうとも」

 二人は勝手に戦を離脱して何処かへ行ってしまった。


「橘殿は何をやってるんだ!」

 新羽貞義は叫んだ。

「いいではないですか。怪物を戦場から去らせたのですから。数はこちらが有利です」

 三休が諌める。

「それもそうだな。全軍で突っ込んで蝦夷軍を倒せ。坂東に入って、又太郎の首級を取る」

 貞義は命じた。

 しかし、蝦夷軍五十万は新羽軍百五十万と互角に戦った。強い。鎮西の兵も強いが、蝦夷の衆の強さは桁違いだった。新羽軍は互角の戦いを余儀なくされた。


 戦が膠着状態に陥っていた時、東山道から、新手な軍勢が突然現れた。

「京の味方が勝手に来たか?」

 新羽貞義は訝しがったが、それは違った。

「ああ、二つ引き両。足柄軍だ」

「足柄は足柄峠に要塞を築いてこもっているのではないか?」

「図られましたな。足柄峠の要塞は囮」

「くそう、又太郎め。俺は味方の半分を率いて又太郎を要撃する。三休は蝦夷軍を打ち負かせ」

 貞義はそう言うと、駒を反転させた。

「この戦……負けじゃな」

 三休は、逃げ出した。


「俘囚軍はよくやっていますなあ」

 足柄義直が呟いた。

「この戦、勝ちじゃ。でも、あまり勝ちすぎないように」

 足柄義氏が言った。

「何故です?」

「上野介殿の矜持を傷つけぬためだ」

「はあ、小次郎の首級はとらないのですか」

「わしは新羽の家の縁側での約束を忘れてはおらぬ」

「ということは?」

「二人で天下を獲る」

「なれど、小次郎がそれに納得しましょうか?」

「そこがわしの交渉術の見せ所よ。相模守。新羽軍を上手に蹴ちらすぞ」

「はっ」


 軍師の三休が逃げてしまい、鎮西衆を中心とした軍は、バラバラになってしまい、軍の程をなくし、数で勝っていた蝦夷軍に撃破されてしまった。こうなると新羽軍は足柄軍と蝦夷軍に挟み撃ちとなってしまった。

「むむ、無念」

 新羽貞義は自刃を決めた。静かな場所を探し、弟の脇牙義助とともに死ぬ覚悟である。そこに、足柄軍から伝令が来た。

「なに、伝令だと……お主は、大斧銛太郎ではないか」

「上野介殿、お久しゅう存じます。主人、武蔵守からの言伝を申し上げます。自害は無用。我とともに天下の政を見よう。それがあの日の約束ではないか、と」

「あの日の……又太郎は、覚えていたのか」

 貞義は天を見上げた。瞳から涙がこぼれる。

「降参しよう」

 貞義は言った。

「降参ではありません。合流です」

 銛太郎が言い直した。


 一連の様子をつぶさに見ていた小鳥法師は、

「足柄と新羽、それに鎮西と蝦夷が合流! 帝にすぐにお知らせせねば」

 と都に向かって走り出した。 

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