第二十七話 新羽軍、西へ

 軍師、三休宗瑞に西国を獲れと進言された新羽貞義は、鎮西探題を目指して兵五十万で出撃した。

「だがな、三休。鎮西に行って何かいいことがあるのか?」

「鎮西、中国は足柄宮内様のご威光で、戦乱もなくなっておりました。しかし、その抑えが消えてしまった。もともと、武蔵守に組みするものと後太鼓帝に組みするものと分かれておりましたゆえ。ちょいと餌を与えれば、野生に戻るでしょう」

「お前の物言いはよく分からん。簡潔に言え」

「失礼しました。簡単に言えば、戦乱の時代が起こるということです」

「それが俺に何の関わりがあるんだ?」

「殿が、ここで大きいところを見せて、戦を仲裁してやるのです」

「ややこしい」

「つまり、宮内様がやっていたことを殿がやればいいんです」

「うーん」

 貞義は考え込んだ。

「しかし、俺は九州の御家人を全く知らん。向こうだって俺のことを知っているのは少数ではないか」

 それを聞いた三休はにっこり笑って。

「足柄宮内さまが、顔役でいられたのはその才覚もありますが、大事なのは“平大将軍”の血筋であることでござるよ」

「ああ、なるほど」

 貞義にもようやく合点がいったようである。

「鎮西は平大将軍が旗揚げした場所。鎮西のほとんどのものが付き従ったといいます。それを再現するのです。相模守など、打ち倒してくれましょう」

「うぬ。俺は馬鹿だから采配はお前に任せる」

「ははあ」

 三休が馬上で頭を下げた。


 しばらく行くと、遠くから砂煙りが上がった。

「すわ、敵襲か?」

 貞義が臨戦態勢をとると、意外や、単騎だった。

「失礼を顧みず、申し訳ございません。我は筑前の住人。桃池次郎が家臣、玉井権之助でございます。少々、お尋ねしたきことがございます。この大軍、どなたのものでござろうか?」

 すると義貞が先頭に出てきて、

「俺は平大将軍の末裔、前の鎮守府将軍、新羽上野介よ。戦が所望ならば受けて立つぞ」

と大声で威圧した。玉井権之助は、

「戦など、とんでもない。平大将軍のご子孫ならば、主人と是非面会してやってください。主人は足柄宮内様を突然失い、悄然としております。よろしければ、我が陣にて酒席でも如何でしょうか?」

と言上した。

「さて、どうしたものかのう? 三休よ」

 義貞は尋ねる。

「そうですな。桃池殿といえば、猛将として名高い。お会いしてもよろしいのではないかと思われます。ただし、権之助殿」

「はい?」

「酒席はこちらの陣にて用意いたします。それでもよければ是非いらっしゃい」

「はあ、では主人に聞いてまいります」

 玉井権之助は騎馬に乗り、おのが陣に駆けた。貞義は三休に、

「なんで、こちらが酒席の支度をせねばならん。せっかくおごってくれるものを」

と問うたが、三休は、

「あちらの陣でだまし討ちにあったらたいへんです。ここはこちらに招きよせ、味方になりそうならば生かし、敵と見たら殺しましょう」

と恐ろしいことを言ってきた。

「敵勢はどうする?」

「大将を殺せば、軍が雲散霧消するのは必定。敵の数など問題になりません」

 どこまでも冷静な三休であった。


 やがて、十騎の武者が駆けてきた。貞義は陣幕の中でそれを迎え入れた。

「よう参られた。敵かもしれぬ我が陣に兵も連れず、十騎で参るとは豪胆。この上野介感心した」

「こちらこそ、平大将軍のご子孫とは知らず、差し出がましいことをいたしました。わたくし、桃池次郎武時にございまする」

「うぬ、高名はよく聞いておる」

「弟の武則でございます」

「ご苦労」

 あとは鎮西の御家人たちである。武時につき、鎮西へと帰る途上であった。

「しかるに、上野介様、なぜ、西に向かっておりますので?」

 武時が聞いた。

「うん。単純な理由だ。俺は相模守が嫌いだ。戦には弱いくせに、平大将軍の海賊を使って、兄、武蔵守様を追い落とした。そのやり口が汚い。で、俺は相模守には組みせず、政権から離脱したのよ」

「で、なぜに西へ?」

「鎮西には勇猛果敢、才気抜群の御家人が多くいると聞く。だから俺は相模守の任命した鎮西探題を追っ払って、後を継ごうと思ったわけよ」

 貞義は三休に事前に言われた通りに答えた。

「それは豪気な。我らの上に立つと申すか?」

 武時が酒を煽りながら大声で尋ねる。

「いやいや、お主達のお絵に立つとは言っていない。お主達と協力して、鎮西を一つにまとめたい。その要石になりたいのだ」

 これまた、三休の入れ知恵だ。これに武時は敏感に反応し、

「我ら足柄宮内少輔様を失い、結束が乱れかけておりました。だが、ここに平大将軍の末裔が現れた。器も大きい。皆よ、上野介様を主君と仰がないか?」

と御家人たちに諮った。

「異議なし」

「それが良い」

 鎮西の御家人達から賛同の声が上がる。

「これは嬉しや。上野介、頭を下げさせていただく。ありがとう」

 これは三休の策ではない。三休は何度も上に立つのを辞退し、相手を焦らしてから引き受けろと言っていた。しかし、貞義は感激してしまい、一回であっさり承諾してしまった。三休は苦い顔をしている。

「とにかくまずは鎮西探題を倒そう!」

 武時が気勢をあげる。

「おう」

 酒席の一同がそれに答えた。新羽貞義にとって、嬉しい出来事であった。


 鎮西探題は宝条氏が滅びた後、足柄義氏によって、足柄直夏が任命されていたが、直夏は海の生活を希望し、職を辞してしまった。足柄義直は一門から新しい鎮西探題を出そうと考えていたが、義氏に遠慮したのか義直が人望がないのかは知らないが、打診したもの全てに断られてしまった。仕方がないので義直は筑後の守護、和田博学わだ・ひろまなを鎮西探題に据えた。

 その博学、新羽貞義が鎮西探題を襲うと聞いて、すぐさま降伏し、命を長らえた。それどころか、桃池武時とともに、新羽軍の主力となった。

 鎮西探題を奪い取った貞義は全鎮西の御家人を呼び出した。“平大将軍の末裔”という肩書きは鎮西では強力なものを持っている。対馬の奏吉宗そう・よしむねまでが船でやってきた。さらに呼んでもいない、中国、四国の御家人までもが貞義の元に結集した。


「これで相模守を倒せるな」

 貞義は意気軒昂に言った。

「人数が多くなったとて、甘く見なさるな。人が増えれば増えるほど軋轢が生まれます」

 軍師、三休は貞義を諌めた。

「それをうまくやるのがお前の役目だろ!」

 貞義は不機嫌になって寝てしまった。

(果たして、この殿で天下は取れるのだろうか? 喜怒哀楽が激しすぎる。足柄武蔵守様のように、鷹揚で、決断力のある方のほうがいいのだが。しかし、これも縁だ。上野介様に仕えた以上、殿を信じていくしかあるまい)

 三休は胸の内の葛藤を抑えた。

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