第二十五話 義氏降参
義直を将軍とする海賊船団は摂津国に上陸しようとしていた。そこから一気に都に入り、義氏を倒し、後太鼓上皇を帝に復位させ給う腹づもりである。その摂津大坂には樫木河内守正成の軍五千が陣取っていた。
「兄者たいへんだ、海に船が溢れている」
正成の弟正季が大慌てで報告に来る。
「何、うーん確かに。あれは海賊か。それにしては異常な船数だ」
「もしかすると……」
「何だ?」
「あれが伝説の『平大将軍の海賊の海賊』」
「ならば大将軍のお味方ではないのか?」
その時、海の大船から小船が大量に降ろされ、武装した兵士が小船に乗り込むのが見えた。
「少なくとも我々の味方ではないようですな」
「そのようだな。斥候を出して、敵の数を調べさせよ」
「はい」
正季は斥候を呼んで、敵情を視察させた。
「兄者」
「どうだった?」
「残念ながら勝ち目はありません」
「だから、いくらだ?」
「百万以上」
「おい、正季」
「はい」
「逃げるぞ」
「それがよろしいですな」
河内勢は這々の体で都に逃げた。
一方、正成を助けようと山陽道をかけてきた、新羽貞義軍は、運悪く義直率いる海賊軍の直撃を食らった。
「なんだこの敵の数は!」
貞義は叫んだ。
「義助、弓だ。矢を放て」
「はっ」
貞義軍は一斉に矢を放った。敵がバタバタ倒れる。しかし、物の数にもならない。
「ダメだ。まともに戦っていたら全滅だ。俺が
「はい。兄者」
新羽軍も都に逃げ出した。
海の上では義直が小躍りして喜んでいた。
「勝った。勝ったぞ。河内も小次郎も逃げていく。戦下手で有名な、この義直が勝ったぞ」
今にも海に飛び込みそうな勢いだ。
「将軍。手勢の数が違います。勝って当然です。これから都での戦いが正念場です。気を引き締めなされ」
難破嵐丸が呆れ顔で言う。
「そ、そうだったな。取り乱して悪かった。疾く都を占領して後太鼓上皇に御復位願わねばならん。船には最低人数を残し、全力で兄上を降参させよう。良いな」
「仰せのままに」
嵐丸は頭を下げた。
「この戦、負けだな」
足柄義氏は香諸尚に言った。
「いえ、まだ策はございます」
「なんじゃ申してみよ」
「後太鼓上皇に許しを乞うのです」
「なに?」
「そうすれば、少なくとも命は救われます。命さえあれば、復讐の機会も」
「うーん」
義氏は考え込んだ。あの後太鼓上皇が自分を許してくれようか。
「殿、ご決断を」
「待て、新羽氏、樫木氏、市松円陣入道に相談してくる」
花の御所の評定所には新羽貞義、樫木正成、市松円陣らが控えていた。
「又太郎、いや大将軍。あの途方もない船はなんだ?」
「鎮守府将軍、又太郎で構いませぬぞ。さて、あれはまさしく『平大将軍の海賊の海賊』です」
「やはり。しかし、それなら我が方の味方ではないか? 何故我らを攻撃する」
「それはな、恥ずかしながら我が弟、義直が天下統一の野望を抱いて襲ってきているのじゃ」
「義直殿が? お主ら兄弟、仲睦まじいと噂に聞いておったが」
「海賊の海賊、その首長、難破嵐丸に頼まれ、源平両党の血を受け継いだものを大将軍に戴きたいと懇願されてのう。義直をくれてやったのよ」
「そりゃあ、恨むぜ」
「そう、つまり義直はこの私を恨んでいる。つまりは私が消えればいいこと。これから、浄土寺へ行って上皇に頭を下げてくる。そして、隠居謹慎するつもりじゃ」
突然の発言に座の一同は驚きを隠せなかった。義氏は続けて、
「私さえいなくなれば国は治る。戦もなくなるだろう。あとは新将軍、義直の器量次第だ」
そう言うと足柄義氏は評定所を出た。
自室に戻った貞義は、早速軍師三休に今後の動静を図った。
「さて、敵の数は百万とか。それに倍の数に膨れ上がった宮内少輔の軍も百万以上とか。まともに戦などしても勝ち目はないですな」
「そこをなんとかするのがお前の手腕だろ」
「手は二つ。一つは鎌倉に逃げ帰ることもう一つは……」
「なんだ。早く言えよ」
「手薄になっている中国、鎮西に討ち入り、宮内少輔軍の動揺を誘うのでござる」
「そうか、いい案だな敵の本拠をつく」
「いやこれは、やってはならない愚策でございます」
「じゃあ、なんで言うんだよ」
「名将がやったなら、うまくいきそうな気がして」
「ふふふ、お世辞は嫌いだ。だがこの策に決めた。手薄な相手だ。兵五十万でいいだろ」
「充分でございます」
「不慣れな地域だが、同じ日の本。気にすることあるまい。誰か、義助を呼べ」
新羽軍の進軍目標が定まった。鎮西探題だ。
その頃、足柄義氏は浄土寺に来ていた。後太鼓上皇に詫びを入れるためである。
「征夷大将軍、足柄武蔵守様のおなりです。どういたしましょう?」
茶坊主が後太鼓に伝える。義直、直夏の活躍を聞いて、心丈夫になられている後太鼓は鷹揚な態度をとられた。
「武蔵守をこれに」
茶坊主に言うと。脇息に左手を置かれた。余裕である。心のうちに笑いが止まらない。しばらくすると、義氏がやってきた。その姿を見て後太鼓は驚かれた。
「武蔵よ、髷はどうした?」
「はい。お詫びの心の証に髷は切ってまいりました。仏門に入り、謹慎したいと思い、お別れを申し上げにまいりました」
後太鼓は殊勝なことを言う、義氏を哀れに思い。
「そこまでせずともよろしかろうに。健気である」
と義氏を労った。
「願わくば、私の隠居謹慎を持って、他の武将の所領はお許しください」
「あい分かった。お主の隠居謹慎を持って、これまでのことは水に流そう。誰ぞ、般若湯を持て」
般若湯とは酒のことである。仏門では飲酒は禁止なのでごまかすためにこの言葉を使う。
「武蔵守、朕はお前のことが嫌いではない。いや、好きだ。鷹揚な態度、上の者に対する常識ある態度。下の者への心遣い。どれをとっても武者の中では一番じゃ。上野介など、粗暴で見ておられぬわ」
「ありがたい、お言葉に存じます」
「お主の後は誰が継ぐのじゃ?」
後太鼓は愚問をされた。
「相模守か宮内少輔でしょう」
若干、義氏の声が低くなった。
「朕は帝に復してよいのだな」
「それはのちの政権が決めることですが、おそらくはそうなりましょう」
「そうか」
確約でないので後太鼓は少し苦い顔をした。
「で、武蔵守、お主はどこで謹慎するのじゃ」
「武蔵国、鶴見に、縁浅からぬ寺がございます。そこにて謹慎いたします」
「なんという寺だ?」
「苦災寺と言います」
「縁起の悪そうな寺じゃな」
「左様でございますが、縁浅からぬ寺でございまして」
「聞きたいのう」
後太鼓は身を乗り出した。義氏は答える。
「かの伝説の武将、平大将軍の父上、光明が建てたものであります。我ら足柄と新羽はその一門。ゆえに謹慎の場所と選びました」
「しかし、苦しみ、災い。因業な名前じゃのう」
「寺には、それを振り払う不動明王様が鎮座しております。全身黄金でできております」
「ふぬう、東下りの要ができたなら、ぜひ参拝したいのう」
「ありがとうございます。では出立の時刻が迫りましたので、お暇させていただきます」
「そうか、堅固でな」
義氏は浄土寺を去った。その刹那、
「義直、直夏、いずれこの借りは倍にして返すぞ」
と義氏は呟いた。
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