第二十四話 兄弟対決
足柄宮内少輔直夏率いる軍は、義氏たちが考えた「山陽、山陰道に分かれてくる」という予想を裏切り、全軍で山陰道を駆けてきた。そして丹波にいたり、足柄左馬頭義益率いる軍と対決することになった。その数、直夏軍五十万、義益軍三十万、若干の差がある。これは義氏方の見込み違いである。足柄直夏は勇敢にも義益軍の近くまで一人騎馬でやってきて、大声で叫んだ。
「兄上、左馬頭様」
義益はビビってしまったが、呼ばれたからには仕方がない。自分も一人、陣の前方にこれまた騎馬で出た。
「わしはお前のことを弟だと思ったことはない」
弱々しい声で叫ぶ。両者の器量の差が見て取れる。
「そんなことはどうでもよろしゅうございます。我らともに足柄。旗印が二つ引き両でございます。ならば敵味方を間違えぬよう、我らは赤い布を、兄上方は白い布を左腕に巻いて戦いましょう」
直夏が提案した。
「待て待て、そんなこと急に言われても布の支度がすぐにできぬ。五日待て」
「五日でございますな。少々時間がかかりすぎかとも思いますが、良いでしょう。五日後に戦陣で相まみえましょう」
直夏はそういうと悠々と陣に引き返した。
「見事な武者ぶりでしたぞ」
副将格の桃池武時が直夏を褒める。
「それに比べて左馬頭の怯え様、なんとも情けなきものよのう」
「あははは」
直夏軍から笑いが起きた。
一方、義益は、
「五日の間に父上に援軍を求めよう。白い布はその時、持ってきてもらえ」
と命令した。
義益の報を受けた都の義氏は梅井忠常に三十万の兵を与え丹波に送った。しかし、それは大失敗だった。
数えて五日後、梅井忠常の軍が丹波にやってきた。ほっとする義益。しかし、忠常軍は義益本陣とは距離を置き、使者だけがやってきた。
「左馬頭様、ご所望の白き布でございまする」
「ああ、ありがとう。しかし、なぜ忠常は遠くに陣を張る。わしの所に来ない」
「申し上げます。あるじ忠常、先年より足柄相模守様に良くしていただいております」
「なぜ、叔父の話が出てくる。叔父は海の上であろう」
「いえ、今回の宮内様のご出陣、相模守様のご命令であります」
「な、なに?」
義益は混乱した。
「相模守様、大将軍の後太鼓上皇様への仕打ちにお怒りになり、上皇様の窮状をお救いするべく海上より立ち上がりました。宮内様は先ほど申しました通り、相模守様のご命令でのご出陣であります。よって、あるじ忠常は大恩ある相模守様のお味方、宮内様に力添えすることとなりました。では失礼」
あまりのことに義益は使者を討ち取ることすらできなかった。そこへ、
「兄上、刻限の五日が経ち申した。我らこれより、討ち入りまする。一騎打ちをご所望ならばしかと承りまする」
と足柄直夏が大音声をあげる。
「待て待て、まだ布が切れておらん。あと三日待て」
「布を仕入れ、切り取るのに五日で足りぬとは不可解。面倒でござる、一騎打ちにて勝敗を消しましょう」
「待て待て、源平の時代と今は違う。戦術、戦術で戦は行うものだ。頼むから三日待ってくれ」
義益は懇願した。
「そこまで言うなら仕方ありません。三日、三日ですぞ」
直夏は陣に戻った。
「こうなったら、父上自らご出陣いただきたいと申し上げよ」
義益は慌てて使者を都に送った。
「なに、直常が寝返ったと。義直が直夏を裏で操っておるだと。身内同士でなにをしておるのじゃ」
書状を読んだ義氏は呆れかえった顔をした。
「なになに、わしに自ら出陣しろだと。では一体誰が都を守るのだ。阿呆なことをもうすな。それにわしは直夏の顔など見たくはないわ」
義氏は書状を投げ出すとゴロンとひっくり返って寝そべった。
「しかし、何か早々に手を打たねば、左馬頭さまもお困りでしょう」
家宰の香諸尚が問いかける。
「太川義春に昔川義国でも送ったらいいだろう。兵は五十万あれば足りるな」
「同数でございますな」
「それで良い。わしは直夏の顔を思い出して気分が悪くなった。寝る」
と義氏は寝てしまった。しかし、この投げやりな選択が最悪の事態を招く。
「なあ、都に御家人はたくさんいるのにわざわざ一門の我々がこの戦に出るのって、馬鹿らしいと思わないか」
太川義春が昔川義国に言う。
「そうだよな。大身の近江源氏、鈴木道世入道あたりにやらせればいい」
昔川義国が答える。
「道世は大将軍のお気に入りだ。羽ぶりもいい」
「大将軍は御家人たちに甘くはないか?」
「足柄一門と言っても地盤は強くないからな。御家人にそっぽ向かれたらおしまいだ」
「新羽の小次郎なら、遠慮なく御家人を使うだろうな」
「それなら相模守様だって遠慮はしないだろう」
「そういえば、ちょっと耳にしたのだが、今度の宮内様の出陣、裏で相模守様が糸を引いているらしい」
「そうなのか? 放逐されたと伺ったが」
「いやいや、平大将軍ゆかりの海賊衆の長になっておられるらしい」
「ええっ!」
「大将軍はお優しいし戦も強いが、政が大雑把で支障が出てきている」
「それに香諸尚なんて、新羽の捨てたものを重用している」
「それに比べ相模守様はお厳しいが細かいところに目が届く」
「こうなればいっそ」
「そうだな、同心するぞ」
丹波への道中で太川義春と昔川義国までもが変心してしまった。
「なんだと、援軍が逆心を起こしたと!」
足柄義益は知らせを聞いて、泡を吹いて倒れた。
大将の器量が戦でははっきり出る。いよいよ幕を開けた丹波戦いは圧倒的な数の差と気力の差が出てあっという間に勝敗が決してしまった。足柄義益は這う這うの体で父のいる都へ逃げ帰った。
同じ頃、加古川に陣を張っていた新羽軍の兵士たちは、海上の向こうに黒く長い列を見つけていた。
「あれはなんだ?」
「まさか、海竜!」
「そんなものはいない。あれは船団だ!」
早速、新羽貞義にこのことが伝えられる。
「……」
何事か考える貞義。そして、
「あのような大船団。平大将軍の海賊集団に違いない。摂津大阪の河内守殿が危ない。全軍陣を解いて大阪へ急ぐのだ!」
ついに足柄義直を大将と戴く、海賊集団がその牙を剥き出したのである。
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