第二十話 再配置
花の御所が本格的に動き出した。
まず、副将軍兼鎮守府将軍新羽上野介貞義が鎌倉に下り、鎌倉将軍府を立てることになった。
「新羽殿、板東を独立した国と考えてください」
足柄義氏は言った。
「いや、そうとも言ってられない。陸奥守に再任された北畠秋家が父親の北畠新房の見張り役となって、一緒に陸奥に連れて行くらしい。秋家は素直な公家武将だが、新房は食わせ物。その用心が鎌倉だろう」
「おっしゃる通り、なぜ秋家を陸奥守に重任させたのか。不思議でならぬ」
「人事権はお主にないのか?」
「武士はな。ただ、秋家は公家だ。どうにもならぬ。せめて秋田城介と多賀城介に良き武将を選んでおきました。秋田城介は樫木正成、多賀城介は市松円陣入道」
「西が手薄になるではないか」
「ふふ、縄の兄弟を育てたり、大斧銛太郎に学問を教え、一廉の武将に育てるなど楽しみがいっぱいだ」
「苦労をこちらに任せおって。ところで三郎の姿をずっと見ないが、病か?」
「三郎は勝手に森永親王を弑し奉ったので放逐いたした。上皇様も溜飲を下げられたことであろう」
「お主、非情なことをしたの」
「日の本の平和のためにござる」
「うぬ。承知した」
そう言うと貞義は鎌倉に旅立って行った。
小鳥三郎高徳はヒマを持て余していた。浄土寺の境内である。後太鼓上皇はここで謹慎させられている。従者も少なく制限され女房殿も、阿野恋路は外され、中宮喜子のみ、なんともお寂しい境遇であるが、腹に逸物ある上皇のことだ。早くも次の謀反を考えているのかもしれない。だが表面上は穏やかに庭を眺めておられる。上皇はそこにぶらぶらしている小鳥三郎を見つけた。
「三郎、いや備前守よ」
三郎は走ってやってきて、平伏した。
「三郎、参りました」
「少し、付き合え」
上皇は酒を出してきた。
「ありがたく頂戴いたします」
「おう、飲め。少し、話をしよう」
「はい」
「全国の御家人はほとんど義氏に付いてしまったな」
「残念なことにございます」
「なぜじゃろう?」
「さようですなあ。上皇様と、義氏の器量はどちらも壮大なものにございます。秋家、貞義は一段下がります。あとは正成の器量が大きいですが身代が小さい。人は金になびきます」
「それはわかる。人には恩賞を与えると喜んで働くからな。それより余と義氏の差じゃ。教えてくれ」
「上皇様は公家に厚く恩賞を与え、内裏改築など、都のうちばかり、改革しようとしました。義氏はその何倍もいる御家人。その下の民を愛しました。単純な論理です。人が多い方が勝ちまする」
「そうか。余は武士たちより、政権を取り返そうとしたが、それは間違えで、御家人を取り込めばよかったのじゃな」
「宝条を潰すのは良き戦略でございました。義氏もそれに同意しております。しかし、上皇様が立たれた時からの功臣、市松円陣入道らに対する扱いは差しでがましゅうございますが残念の一言に尽きます。入道がお味方につけば勝負も変わったかもしれません」
「うぬ。備前は状況をよく見ている。では聞く。余が再び天下を取ることはできるか?」
「義氏、貞義が悪政をするか、政権維持能力がなければ不満はくすぶり、上皇様再興の声も上がるでしょう。しかし、あの二人仲が悪そうで、考えが妙に一致しています。血のなせる業でしょうか? それに政治能力も高そうです。期待は薄うございますな」
「そうか。でも余にはまだ、満々たる闘志が残っている。この気持ち、どうすればいい?」
「人生何が起こるかわかりません。その日に備えて研鑽するがよろしいかと」
「運を天に任すのか。余はそれは好かん」
「ならば私がまた全国の様子を探ってきましょう。義氏はどれだけ信頼されているか。上皇様の評判はどうか」
「うぬ、頼む」
「では私からもお願いが」
「何じゃ」
「頭を丸めとうございます」
「出家するのか?」
「はい、その方が動きやすくございます」
「分かった。住職の明光を呼べ」
「いや、上皇様に剃ってもらいとうございます」
「分かった」
こうして小鳥三郎高徳は後太鼓上皇のお手で得度し、小鳥法師となった。この姿で全国を飛び回るのだ。まずは火種の大きそうな奥州に行くことに決めた。
陸奥国衙の一室で北畠親子が話している。
「父上、わたくしは武蔵守に命を救われた身。それを仇で返そうとは思いません」
北畠秋家が怒鳴っている。美青年がもったいない。怒鳴られているのは秋家の父、新房である。
「我が息子ながら頭が硬いのう秋家。何のために兵数の多い、陸奥守に重任したのだ。また鎌倉を破り、都に進出するためではないか」
「敵が弱かった前回と違い、秋田城介に樫木正成、多賀城介に市松円陣入道を置かれ、鎌倉には新羽貞義。勝てる道理がありません。ここはおとなしく、情勢の変化を待たれるのが得策」
「お前は若いからいい。わしや上皇様には時間がない」
「ならば逆に問いましょう。義氏の政に非はありますか」
「……ないわな」
「ならば、無理にことを起こさなくても」
「奴はわしを斬首しようとした。許せぬ」
「それは私情です。現に罪二等許されているではないですか」
「わしの矜持が許さんのじゃ」
新房が脇息を蹴った。脇息は秋家の額をかすり出血した。
「軍時、父上を座敷牢へ入れろ」
「はっ」
浪岡軍時が新房を抱えた。
「頼りの秋家が義氏に恩を感じていては駄目だな」
小鳥法師はそっと国衙を離れた。
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