第十九話 新羽貞義の心根

 都を一度は落とした北畠秋家軍にしたたかにやられた新羽貞義は北陸まで潰走して勢力を整えようとした。越中あたりでは源平時代の名将、木曽英五仲義の末裔、木曽冠者高義を見つけ一員とした。また朝倉、冨樫、神保、長、椎名、土肥、長尾氏を勢力下につけた。

 さあ、今度こそ決戦だ。秋家を倒すぞ、と張り切った矢先、足柄義氏が桃池、北畠軍を撃破、新しい仕置きを自分勝手に決め、政庁まで作ってしまったという。

「また又太郎に先を越されたか。ちくしょう」

 貞義は義氏との戦争も辞さずの構えで、京都近辺まで来たが、戦闘の雰囲気は微塵もない。それどころか大斧銛太郎が京都からやってきて、

「武蔵守様は上野介様のお帰りを今か今かとお待ちでございます。さあ、早の入都を」

と伝えてきた。喜んで迎えてくれるなら、それに越したことはない。貞義は軍勢を急がし、三日後には都に入った。街頭は誰の仕業か見当はつくが、民衆が大勢出てきて貞義軍を歓迎した。これでは勝ち戦から帰ってきたようである。実際は負けて捲土重来を図っていたところだ。

 室町に出来たという、政庁、通称花の御所は季節の花木が植えられて、華やかな色を演出してた。季節は春。桜が満開である。しかし貞義は花を愛でるよりも「武士の要の場所がこんな女々しいものでいいのか?」と疑問に感じていた。

 正面玄関には足柄義氏をはじめとした足柄一門、さらに、北は東北、南は九州の御家人の代表者が勢ぞろいして待っていた。たいへんな待遇である。貞義が下馬すると、

「生きて再び、お会いできるとは思いもしなませんでしだ」

と義氏が両手を支えた。

「そうだな」

 貞義が答えると、

「酒席が用意してあります。風呂など使ってさっぱりして臨まれたら」

義氏が言った。

「そうする」

 貞義は佩刀を小姓に渡した。その姿を見て香諸尚は、

「今なら斬れますぞ」

と義氏に囁いたが、

「その時期にあらず」

と義氏は取り合わなかった。


 酒席は大勢の御家人が詰めかけたため、義氏と貞義は会話ができなかった。そこで、頃合いを見計らって、別室に移動した。

「まずは上野介様の無事の後帰着、お喜び申し上げます」

「よせ、又太郎。誰もいぬ席じゃ小次郎で良い」

「では、そういたしましょう。小次郎殿、あの日縁側で交わした約束はなりましたな」

「そうだな、にっくき宝条を倒した。俺はこれで満足だ」

「いえいえ、そんなことでは駄目です。足柄と新羽で日の本の武士を一つにしなければいけません」

「宝条のようにか?」

「そうです。御恩と奉公、これこそ御家人の生きる道」

「わしは政治は不得手じゃ。戦でこそ力が出る。政は其方に任す」

「何をおっしゃっているのですか。私が死ねば征夷大将軍は小次郎殿ですぞ」

「えっ? 万寿丸ではないのか」

「義益は幼く、また残念ながら器量なし。将軍を継がせられません」

「そうすると足柄と新羽で将軍職を譲り合うのか?」

「いえ、そのとき最も器量があるものが就任すれば良いと心得ます」

「そう、うまくいくか? 将軍争いの内乱が起きるのではないか」

「そのときには我らとっくに死んでおります。関係ない、関係ない」

 義氏は笑った。

「そのことより上皇のことです」

「なんだ」

「あのお方、必ずまた謀反をするでしょう」

「そうだな」

「我ら日の本に生まれた者、上皇に手をかけることはできません。かと言って、流罪にすると、また徒党を組んで上皇を救出する者が出てくるでしょう」

「まだ乱は終わっていないということだな」

「そうです。御家人すら結束していません。そのためにはもう一つの大きな敵が必要と考えます」

「どういうことだ?」

「何かとてつもない大きな敵が我々御家人を襲えば、国中が結束するのではないでしょうか? 例えば元寇のような」

「それはやめとけ。あとで褒賞に困り宝条は劣化した。外の国は駄目じゃ」

「私は明国を考えていたのですが」

「絶対やめたほうが良い」

「では誰を敵に?」

「北畠秋家かな。だが一度奴は負けている。求心力が低下しているな。縄兄弟。上皇を餌にして反乱させる手もあるが。いかんせん小者だ。残るは……」

「残るは?」

「樫木正成」

 貞義は言った。

「河内殿は身代が小さいし、大きな戦の経験がない」

「じゃあ、面倒くさい。俺がその役承った」

「駄目です。身内の争いは平大将軍が戒めています」

「じゃあ、無理に戦争をすることないんじゃないか。一番の火種の俺たちが協力しているんだから」

「そうですね。少し、考え直します」

 義氏はそう言うと席を立った。


「どっちにしたって、上皇が三たび立とうというのなら俺に声をかけてくるに決まっている。足柄と新羽が決戦すれば、勝者が征夷大将軍だ。義氏も回りくどいことしないで俺と戦争すればいいんだ。気をつかいやがって。いざとなったら銛太郎のところの海賊になればいい。生きていける。官位など俺には不要なものだ」

 貞義は寝転がる。

「そういえば、義直はどうした。目立ちたがりの奴が酒席に出てこないなんて珍しい。風邪でもひいたか?」


 その頃、足柄相模守義直は激しい船酔いと戦っていた。

「うぇー、気持ち悪い。おろしてくれ」

 それを難破嵐丸が宥める。

「もう海のど真ん中ですぜ、降りれません。それに対した波じゃないから、すぐ慣れます。しばらくの辛抱ですよ、将軍!」

「将軍?」

「俺たちの間では平大将軍の血を引いた大将を将軍とお呼びしています」

「この、戦下手の弱虫が将軍か」

 義直は笑った。

「将軍などより、相模守より、三郎であった頃が一番良かったわ」

「今はお嘆きも出ましょう。しかし、いずれ日の本のためになる日がきます」

「慰めてくれるのだな、嵐丸。ありがとう」

 義直は気力で立ち上がった。

「我どんな、汚名を着せられても日の本のために死ぬべし」

 重い言葉で言った。

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