第十七話 足柄逃走

 戦陣を組む、桃池武時軍の状況を見て、足柄義氏は義直にぼやいた。

「敵陣は意気が上がっているのう」

「そのようですな」

「いくら数で勝っていても必ず勝つとは限らないのう」

「ごもっともですな」

「じゃあ、こっちは逃げようか」

「へっ?」

「諸尚、撤収の支度じゃ。わしはここで一兵も損ねたくない。そのことを考えて早急に手配しろ」

「はっ」

 諸尚は返事をすると、仕事に取りかかった。一方、足柄義直はこのところ兄、足柄義氏に信用されていない。事務仕事は香諸尚の方が上だし、とにかく義直は戦に弱い。二度も鎌倉を敵に奪われている。失地回復には戦で良き働きをするしかないのだが、今ひとつ武に秀でたところがない。いいとこなしである。

 尚も桃池武時の陣を眺めていた足柄義氏に物見の下から大斧銛太郎が声をかけた。

「殿、十万の兵を無事に逃す方法がありますぞ」

「ほう、どうやって?」

「海賊どもに、空船を持ってきてもらうのです。平大将軍のご子孫の願いです。きっと聞いてくれるでしょう」

「だが、どうやって知らせる。海賊は遠い海だろう?」

「海賊の通信網を甘くみさるな」

 そう言うと、銛太郎は狼煙を上げた。七色の派手な狼煙だった。

「これで、明日には空船が食料と水を積んで大量にやってくるでしょう」

「しかし、派手な色だの」

「あの色が意味を持っているのです」

「そうなのか」

「はい」

「では港のある摂津に退却」

 香諸尚の指示で、足柄軍は湊まで、戦わずして逃げた。桃池武時は足柄を追わず、都に入場した。都の確保が一番と考えたのである。


 翌日、摂津の湊は巨大な空船でいっぱいになった。足柄義氏は満足そうに扇子をはたいている。そこへ、一人の若者が参上する。

「殿、海賊を預かります、難破嵐丸でございます」

「おう、其方が嵐丸か。気苦労が多いであろう。ご苦労である」

「ありがとうございます」

「今、四海は平和か?」

「至極平和です。我々の仕事も貿易が主となっております。ところで、武蔵守様にお願いがあります。地上より、平大将軍のお血筋をお一人いただけないでしょうか? 私の様な、根っからの海賊では決めかねる問題も多く、あの頭脳明晰の平大将軍のお血筋であれば、それも解決できると思います」

「うーむ、足柄も男が少なくての。義益は我があと取りだし、先日生まれた長寿丸は赤子。あと男は……ああそうだ、義直がいる。誰か、義直を呼べ」

「はい」

 義直が来た。

「義直、お主は今日から海賊の海賊の長だ。四海の平和を守り、貿易で資産を増やせ」

「へっ?」

「何をカエルのつぶれたような声をしている。これが海賊の海賊の大将、難破嵐丸じゃ。身分はお主が上じゃが、仕事は嵐丸が上じゃ。よく教わるんだぞ」

「私には何のことだか分かりません」

「これ、兄の心を知らぬ奴め。お主は帝に命を狙われておるのだ。ほとぼりが冷めるまで海に身を潜めろ」

「どれくらいでしょうか?」

「さあな。そればかりはわしにもわからぬ」

「そんなあ」

 そういうわけで、足柄義直は海賊の海賊の長になった。初めは泣いて暮らしていたが、そこは有能な、義直。やがて一大勢力になる。

 さて摂津湊から無事逃げ出した、足柄義氏一行はどこに向かうのか。

「我らは鎮西に向かう」

 義氏は宣言した。

「鎮西は桃池武時の本拠では?」

 梅井直常が尋ねると、

「だから、ガラ空きなのよ。それにわしに同調してくれる御家人も多い。心配は尽きぬが、行ってみねばわからん。ははははは」

 と笑ってごまかす義氏。本当に大丈夫なのだろうか。果たして船団は鎮西と本州の最も近い場所、長門国赤間関にて、協力者、少弐甲斐しょうに・かいの出迎えを受けた。そして筑前に入り、地元棟方神社の棟方四方むなかた・しほうの支援を受けた。そして、筑前多々良ヶ浜で桃池武時の弟、桃池武則ももち・たけのりと対戦する。圧倒的勢力で武則を破った義氏は返す刀で、帝方の大友公平を叩いた。これを伝え聞いた鎮西の衆はこぞって義氏についた。その数三十万。義氏は直ちに都に向け出立した。さらに途中の鞆の地で、先の帝、黄金上皇の宣旨を受けた。これで帝と対等に戦える。義氏は自身を深めた。

 その頃、北畠秋家は播磨白旗城で、市松円陣入道と対峙していた。圧倒的有利を誇る秋家軍に、入道は徹底した籠城とゲリラ戦を演じ、秋家を足止めさせていた。さすが、したたかなる老将である。その間に体制を立て直した足柄軍は、四国の細川、土岐、河野氏らの水軍の協力を取り付け、難破嵐丸率いる海賊軍とともに、海路を進んだ。

 水軍を全く持っていなかった秋家軍は大いに狼狽し、陸から攻めてきた少弐甲斐の軍に大敗を喫する。さらに、海上を見張っていた秋家本隊は和田岬から上陸した足柄連合軍にあっという間にやられ、大将、北畠秋家は生け捕りにされた。このまま、足柄連合軍は都に入り、桃池武時を蹴散らし、先に京都入りしていた樫木正成の出迎えを受けた。

「新羽方は?」

 と尋ねる義氏に正成は、

「上野介殿は北陸に潰走、現在陣を整えております。伯耆殿は討ち死に。あとは嫡男の太郎義智が受け継いでおります」

「そうか、伯耆は死んだか。商人ながら勇猛な男であった」

 と言って義氏は涙を流した。

「あとは帝に都にお戻りいただこう。恐れながら約束の儀、破られたことをお叱り申し上げねばならぬ。そして首謀者北畠新房の首級を取らねばならん」

 これに対し、正成は、

「陸奥守様は以下がなされます?」

 と質問した。

「にっくき、新房の子息なれど、勇猛果敢、古今に居らぬ名将だ。それに官位も上位の公家だ。丁重にいたすよ」

 と義氏は結論を出さなかった。

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