第十六話 秋家軍動く

 北畠陸奥守秋家きたばたけ・むつのかみ・あきいえは後太鼓帝の寵臣、北畠新房の長子として生まれた。幼少よりその能力が歌われ三歳で叙爵されたのち、さまざまな官職を歴任し、十二歳までに従三位参議・左近衛中将となった。十二歳で参議はほかに先例がなく、中原師諸なかはらのもろもろの日記『師諸記』では「幼年人、参議に任ずる例」として、十五歳で参議となった四条高顕ともに記されている。


「爺よ、私は鎮守府将軍を解任されたよ」

「なにゆえでございますか? 宝条の残党を津軽で打ち果たしたというのに」

 側用人の浪岡軍時なみおか・ぐんときが憤った。

「中央の政治体制が変わったらしい。足柄や新羽といった田舎者が幅を利かせているらしい」

「それは誰からの書状ですか?」

「父からだ。東北を立ち、鎌倉を落とし、そのまま京都まで来いと書いてある」

「たいへんな仕事ですな」

「それはわかっている。だが父の命令じゃ。やらねばならぬ。義永親王を旗頭にして鎌倉を攻めるぞ」

「はっ」

 秋家勢五万は政庁、多賀城を出立した。


 知将、北畠陸奥守来襲の方に、戦が苦手な足利義直は腰を抜かさんばかりに驚いた。当時鎌倉には義直、足柄義益あしがら・よします(義氏の嫡子、幼名万寿丸)、梅井直常がいたが、戦上手は梅井だけ。人数も少なく。戦わずに撤退した。すんなりと鎌倉に入った秋家軍だったが足柄方の佐武貞義さたけ・さだよしが、秋家軍を攻めたため、秋家は鎌倉を出て、都に進軍を開始した。駿河、遠江、三河、尾張、近江の御家人を配下において、将兵の数、十五万の大軍となった。駆け足で、陸奥から出てきた秋家軍はここでようやく馬の足を止める。かなりの強行軍に北の将兵は疲弊していた。

「一気に攻めたいが、一度体制を立て直そう。南からも援軍が来るらしい。協力して、足柄、新羽を倒さねば」

 秋家は浪岡軍規に話した。


 南からの兵は、肥後の桃池武時ももち・たけときの軍だった。九州の後太鼓派、阿蘇、秋月、蒲池、星野氏を引き連れて関門海峡を渡った。そこで各地の後太鼓派を糾合して三万の兵を都近くまで寄せてきた。足柄、新羽を中心とした駐留軍は十五万。数の上では勝っているが、所詮寄せ集め、いつ誰が裏切るかわからない。それに、足柄方は後手を打った。後太鼓帝を逃してしまったのだ。帝は再び、吉野に上り、状況をご覧になった。

「軍勢の数は同じなれど軍の意気、秋家軍が勝っておる。新房、良き子を育てた」

 後太鼓帝は大喜びだ。

「それに足柄義直も京に逃げたという。奴の首だけは逃すな」

 と先日の足柄義氏との約束をすっかり忘れ去っている。それだけ秋家軍の士気は盛り上がっているのだ。


 一方足柄方の軍議は盛り上がらなかった。新羽貞義が一人、騒いでいる。「足柄は、戦に弱い。俺が、北畠軍を責める」

「しかし、相手は十五万、上野介様は五万」

 縄長智が言う。

「兵の数など、関係ねえ。いかに鍛えた兵を持っているかだ。伯耆殿の兵は弱兵か?」

「何を!」

 二人が剣を抜くのを周りのものが必死になだめる。

「口の悪さは許せ。とにかく、俺の軍が陸奥守を攻める。他に来るものはあるか」

「わしが行こう」

 縄長智が叫んだ。

「縄勢は五千。いい度胸だ。見直したぜ」

 新羽貞義が褒めたが、縄長智は目も合わさない。

「ではわしら足柄は南から来る敵、三万を十万で倒せばいいのですな。これならできそうだ。わはははは」

 義氏はのん気に笑った。周りも笑う。少し、余裕ができたか。

「馬鹿野郎。お前が帝に、ころっと騙されたのが今度の原因だ。笑ってられる場合か」

 新羽貞義がまた怒ると、

「帝は本心から我が意を受けてくれた。許せぬのは北畠新房。奴が帝を焚きつけたのだ」

足柄義氏は珍しく怒りをあらわにした。そして、

「都は守りにくく、攻めやすい。我らから打って出よう」

 と方策を立てた。

「いい考えだ。いますぐ出陣じゃ」

 新羽貞義が叫んで武将たちが出陣する。


「なあ、河内殿」

 縄長智は一緒になった、樫木正成に話しかけた。

「何でござる?」

「この戦、どちらが勝つだろうか? そしてどちらが勝つべきだろうか?」

「難しい問いですな」

「我らは帝をお救いするために、戦を始めた。だが今は、帝に害なす足柄、そして新羽の小倅を担いている。どうも合点がいかぬ」

「伯耆殿、我々は生きていかなくてはならぬ。そのためには妥協も必要だ。忠臣として死ぬのも男の美学だろう。だが我らは生き抜き、子を産み育てていく使命がある。どちらをとるべきかは伯耆殿のお考え次第」

「河内殿はいかがお考えで?」

「正直、迷っている。私は帝に見出されて、ここまでなった。その一方で、足柄武蔵守に大いに魅力を感じている。あれは大器だ」

「邪魔なのは新羽か」

「ところが奴も口は悪いが正論を吐いている。吐きすぎているかな。奴を粗暴者と扱うのはもったいない。案外、頭がキレる」

「ではどうするので」

「しばらく様子見じゃな。攻勢の方に味方しよう」

「そして生き残るか! ははははは」

 縄長智は笑った。

 

 北畠秋家は琵琶湖のほとりで敵を待っていた。報告によれば敵は五万、三分の一だ。琵琶湖の湖畔を半分に割って攻撃しても勝てるだろう。

「軍時、味方を二軍に分け、一方を左から、もう一方は右から攻撃させよ」

「はっ」

 軍時は下がった。その時、右方面から馬のいななきが上がった。

「どうした? 錯乱か」

 秋家が聞くと、

「敵襲です。新羽上野介五万、縄伯耆五千」

「何を小勢で」

 秋家は堂々と将棋に腰掛けていた。

「迅速さが勝負だ。陸奥守の首級を取れ!」

 新羽貞義が突っ込んでくる。

「殿、お引きください」

 浪岡軍時が北畠秋家を誘う。

「うぬ」

 秋家は陣を下げた。新羽、縄勢は秋家の首級を取れず、甚大な被害を被った。新羽は失踪。縄は秋家の手のものに討たれた。

「情勢を見誤ったのう」

 が末期の言葉だった。

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