第十六話 秋家軍動く
「爺よ、私は鎮守府将軍を解任されたよ」
「なにゆえでございますか? 宝条の残党を津軽で打ち果たしたというのに」
側用人の
「中央の政治体制が変わったらしい。足柄や新羽といった田舎者が幅を利かせているらしい」
「それは誰からの書状ですか?」
「父からだ。東北を立ち、鎌倉を落とし、そのまま京都まで来いと書いてある」
「たいへんな仕事ですな」
「それはわかっている。だが父の命令じゃ。やらねばならぬ。義永親王を旗頭にして鎌倉を攻めるぞ」
「はっ」
秋家勢五万は政庁、多賀城を出立した。
知将、北畠陸奥守来襲の方に、戦が苦手な足利義直は腰を抜かさんばかりに驚いた。当時鎌倉には義直、
「一気に攻めたいが、一度体制を立て直そう。南からも援軍が来るらしい。協力して、足柄、新羽を倒さねば」
秋家は浪岡軍規に話した。
南からの兵は、肥後の
「軍勢の数は同じなれど軍の意気、秋家軍が勝っておる。新房、良き子を育てた」
後太鼓帝は大喜びだ。
「それに足柄義直も京に逃げたという。奴の首だけは逃すな」
と先日の足柄義氏との約束をすっかり忘れ去っている。それだけ秋家軍の士気は盛り上がっているのだ。
一方足柄方の軍議は盛り上がらなかった。新羽貞義が一人、騒いでいる。「足柄は、戦に弱い。俺が、北畠軍を責める」
「しかし、相手は十五万、上野介様は五万」
縄長智が言う。
「兵の数など、関係ねえ。いかに鍛えた兵を持っているかだ。伯耆殿の兵は弱兵か?」
「何を!」
二人が剣を抜くのを周りのものが必死になだめる。
「口の悪さは許せ。とにかく、俺の軍が陸奥守を攻める。他に来るものはあるか」
「わしが行こう」
縄長智が叫んだ。
「縄勢は五千。いい度胸だ。見直したぜ」
新羽貞義が褒めたが、縄長智は目も合わさない。
「ではわしら足柄は南から来る敵、三万を十万で倒せばいいのですな。これならできそうだ。わはははは」
義氏はのん気に笑った。周りも笑う。少し、余裕ができたか。
「馬鹿野郎。お前が帝に、ころっと騙されたのが今度の原因だ。笑ってられる場合か」
新羽貞義がまた怒ると、
「帝は本心から我が意を受けてくれた。許せぬのは北畠新房。奴が帝を焚きつけたのだ」
足柄義氏は珍しく怒りをあらわにした。そして、
「都は守りにくく、攻めやすい。我らから打って出よう」
と方策を立てた。
「いい考えだ。いますぐ出陣じゃ」
新羽貞義が叫んで武将たちが出陣する。
「なあ、河内殿」
縄長智は一緒になった、樫木正成に話しかけた。
「何でござる?」
「この戦、どちらが勝つだろうか? そしてどちらが勝つべきだろうか?」
「難しい問いですな」
「我らは帝をお救いするために、戦を始めた。だが今は、帝に害なす足柄、そして新羽の小倅を担いている。どうも合点がいかぬ」
「伯耆殿、我々は生きていかなくてはならぬ。そのためには妥協も必要だ。忠臣として死ぬのも男の美学だろう。だが我らは生き抜き、子を産み育てていく使命がある。どちらをとるべきかは伯耆殿のお考え次第」
「河内殿はいかがお考えで?」
「正直、迷っている。私は帝に見出されて、ここまでなった。その一方で、足柄武蔵守に大いに魅力を感じている。あれは大器だ」
「邪魔なのは新羽か」
「ところが奴も口は悪いが正論を吐いている。吐きすぎているかな。奴を粗暴者と扱うのはもったいない。案外、頭がキレる」
「ではどうするので」
「しばらく様子見じゃな。攻勢の方に味方しよう」
「そして生き残るか! ははははは」
縄長智は笑った。
北畠秋家は琵琶湖のほとりで敵を待っていた。報告によれば敵は五万、三分の一だ。琵琶湖の湖畔を半分に割って攻撃しても勝てるだろう。
「軍時、味方を二軍に分け、一方を左から、もう一方は右から攻撃させよ」
「はっ」
軍時は下がった。その時、右方面から馬のいななきが上がった。
「どうした? 錯乱か」
秋家が聞くと、
「敵襲です。新羽上野介五万、縄伯耆五千」
「何を小勢で」
秋家は堂々と将棋に腰掛けていた。
「迅速さが勝負だ。陸奥守の首級を取れ!」
新羽貞義が突っ込んでくる。
「殿、お引きください」
浪岡軍時が北畠秋家を誘う。
「うぬ」
秋家は陣を下げた。新羽、縄勢は秋家の首級を取れず、甚大な被害を被った。新羽は失踪。縄は秋家の手のものに討たれた。
「情勢を見誤ったのう」
が末期の言葉だった。
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