第十四話 後太鼓激怒

 小鳥三郎高徳は帝恋しさに、都に向かって駆け上る。その俊足は馬よりも早かった。ただし、体力がない。結局は一般人と同じ、半月で都に到着した。

「さて、これからどうしたものか?」

 三郎は考えた。何も考えずに出てきたものの、三郎には官職がない。御所には当然入れない。念のため、門兵に「帝の隠岐脱出をお手伝いした小鳥三郎高徳と申しますが帝に大事なお知らせがあるのですが」と言ってみたが「隠岐のことなら縄伯耆守様に言え」と追い出されてしまった。縄長智は武将団の一員だ。相談なんかできない。三郎は思い切ったことをした。身軽さを生かして御所に飛び込んだのだ。禁裏はだいたい左右対象だ。その端の庭をこっそり歩いていれば、うまくいけば清涼殿に出ることができる。帝も公務にお疲れになって庭を見に出ることもあるだろうと、身をひそめると、ちょうど上手いことに、帝がお姿を現した。

「ピヨピヨ」

 三郎は小鳥の物まねをして帝の気を引いた。

「うぬ」

 帝は沓を履き、庭に出てお出になった。

「帝、帝」

 三郎は小さく声をかける。

「うぬ、お主、見たことがあるな」

「隠岐の御座所で拝謁しました。小鳥三郎高徳でございます。無位無官ゆえ、このような形で参上しました」

「危険を冒して何をしに来た?」

「板東で日の本の武士どもが足柄武蔵守を征夷大将軍とし政権を作り、帝には政の第一線から引いていただこうという会合を開いております。間もなく、樫木河内守を筆頭とした説得団がまいります」

 それを聞いて気のお強い後太鼓帝は持っていた扇子を折ってしまわれた。

「足柄義氏め、わしの名まで上げて厚遇したというのに……それより、朕が見出してやった樫木河内守までが、そちらの味方か、新羽上野介はどうした? あれは足柄と不仲のはず」

「副将軍におなりになりました」

「なんと! 朕の味方になろうという武士は日の本にはいないのか?」

「おります。陸奥の北畠秋家様、鎮西の桃池武時様。それに高野山や比叡山も黙ってはおりません」

「駄目じゃ、数が足りない。吉野に朝廷を逃がそう。あれなれば山岳地帯。やすやすと捕まりはしないわ。そして諸国の武士に、書状を書く。『朕に寝返れば恩賞は願いのままだ』とな。小鳥三郎、その役、受けてくれるか?」

「はい、喜んで」

「三郎に官職を与える。従五位上、備前守である」

「はっ、ありがたき幸せ」

「ならば、書状を書くまで休むがよい」

「はっ」

 後太鼓帝は奥にお入りになった。


 その頃、後太鼓帝説得団、樫木河内守正成、縄伯耆守長智、それに新羽上野介貞義、足柄相模守義直が兵五万を引き連れて都に上った。兵五万、事実上の恫喝である。一行は沼津宿で一泊した。

 新羽貞義の部屋に弟の脇牙義助が慌ててやってきた。

「落ち着かないぞ、義助!」

 貞義は怒ったが、義助は構わずに、

「この書状をご覧ください」

 と貞義に渡す。じっくりと読む貞義。

「これは帝直筆の書状ではないか。帝は又太郎のみを朝敵とし、我らを又太郎に誑かされた愚か者としている。そして今、帰参すれば、恩賞は思いのままとしている」

「はい。差出口を申しませれば、この帰参、希望があります。おおかれ、少なかれ、武将は皆、帝に恩を受けております。一方、又太郎は家柄と、人柄で推し出されただけ。帝方に帰参する武将も多いでしょう。兄者もうまくいけば、征夷大将軍」

「たわけ、俺はその器にあらず。ただ、勝つ方に組みして平大将軍の血筋を後世に残さなければならぬ。手っ取り早いのは、俺と又太郎が対決してどちらかが勝者になることだが、一家では安心できぬ。できれば新羽、足柄両家を残したい。帝が足柄を敵とするなら、俺は足柄に与する」

「変わりましたな。兄者」

「大斧銛太郎の海の平大将軍家の働きの話、父の死、又太郎との対談。それらが俺を変えた。ただの粗暴者では新羽家は守れぬ」

「立派じゃ、兄者。ところで、河内守や伯耆守にもこの書状届いていましょうな」

「それが不安だ。あの二人は、特に帝の信頼が高かった武将だ。下手すれば、今晩わしらと三郎の首級を取って、都に行きかねない。警戒を厳重にしろ」

「義直には?」

「奴も一門だ。それとなく教えてやれ」

「はい」

 義助は動き出した。


 一方、樫木正成と縄長智も会談していた。

「河内殿、これは帰参せぬと不忠者と言われませんか」

「言われるが、仕方がない。帝が勝ったとしても、政治力がないのだから同じことだ。いや、足柄殿を失うだけ損かもしれない」

「では河内殿は足柄方に残ると」

「伯耆殿は?」

「皆が足柄方なら残るしか有るまい」

「いくさのない世界こそ、万民の願い。話し合いで決めようという足柄武蔵守の考えは間違ってはいない」

「では拙者も河内殿につきまする」

 書状の当然届かない、足柄義氏を除く、新政の英雄三人が同意見になったのだからこれ以上強いものはない。足柄義直を含めた四人と、後太鼓帝側の話し合いは一方的に終わり、足利義氏の征夷大将軍就任、新羽貞義の副将軍兼鎮守府将軍就任が決まり、再び、鎌倉に政権ができた。新鎌倉政権は前のご一新で公家というだけで加増されたものから土地を削り、市松円陣入道のように、不幸な目にあった武士達を手厚く扱った。公家達は不満だらけだったが、武士達には当然、好評で、新鎌倉政権は良き船出を切った。

 だが、治らないのは後太鼓帝である。帝は三種の神器を持って公家達と吉野へと逃走されてしまった。すると、足柄義氏が鎌倉を新羽貞義に任せて、都に入った。そして、足柄義直、香諸尚などの優秀な文官を登用し、新政策をどんどん作って実行していった。それは民に取って、よい施策だったので、新政権、ことに足柄義氏の人気は上がり、吉野に隠れた後太鼓帝の人気は地に堕ちた。

「このままでは足柄に帝位を奪われかねぬ。策を練らねば」

 しばし、考え込まれる後太鼓帝。

「まあ、ゆっくり隙を見せれば良いわ。待てば海路の日和あり」

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