第十三話 足柄擁立

「それにしてもすごい人数だね」

 小鳥三郎高徳が物見台から鎌倉に入場してくる武士たちを見ている。

「それだけ武蔵守様が人気があるということだろうな」

 大斧銛太郎が答える。

「これだけの人数、鎌倉に収まりきるのかな」

「それは香様がきっちり采配するだろうよ」

「その香様、義氏様がたいへんお気に入りだそうで」

「なんでもできてしまうからな」

「義直様がご嫉妬しておられるとか」

「今までの自分の仕事を奪われれば、面白くないだろうな」

「香様、戦も得意らしいですよ」

「義直様は鎌倉将軍府を宝条時雪に奪われた」

「新しい人事が見ものですな」

「うん、そうだな。……あれは?」

「どうした?」

「新羽の小次郎様!」

「新羽上野介様だって!」

「来るはずのない人が来た。これは何かあるぞ」

 銛太郎は慌てて物見台を降りた。慌てて、小鳥三郎もかけて行く。


 足利武蔵守義氏は来訪してきた武将をねぎらっていたが、新羽上野介の来訪を聞くと玄関まで出てきた。

「上野介殿!」

「又太郎、日の本を安泰にするために来てやったぞ。手厚くもてなせよ」

「もちろんのことにございます」

 義氏は頭を下げた。


 二日後、政庁を予定して造られた建物の大広間に来訪した武将が集まり、初の会合が開かれた。司会は足柄義直。上座には足柄義氏、左隣に新羽貞義、右隣に市松円陣入道が並んだ。下座には北は東北、南は鎮西の歴々が並んでいた。招聘したものの七、八割は来訪している。都の樫木正成や縄長智も来ている。大物できていないのは陸奥守の北畠秋家くらいである。

「さて、屋台骨の腐った、宝条氏の鎌倉政権は帝と我らの力に屈し、滅亡いたしました。それから二年、日の本は良くなるどころか悪くなる一方であります。これはひとえに、帝の政治が公家に向けて行われているからであります。かつて、源大将軍は武士を中心とした政治体制を作り、これを維持してきました。宝条が長くその力を維持できたのも、その仕組みのおかげであったからです。ところがご一新で、仕組みが崩れた。新たな仕組みはできない。公家は政をおろそかにして、遊んでいる。これでは日の本は良くならない。ここで提案いたします。我が兄、足柄武蔵守を征夷大将軍に、新羽上野介殿を鎮守府将軍とした、新しい幕府をこの鎌倉に作ろうではないか」

 足柄義直は大音声で叫んだ。満場が拍手で大きく揺れる。その中、樫木正成が冷静に質問する。

「大恩ある、帝の立場はどうなるのでござるか?」

 足柄義氏が答える。

「わしとて、帝の大恩は忘れぬ。ただ、その大恩が一方に偏りすぎていることをわしは憂いる。はっきりとはもうさんが女狐に帝は誑かされておる。それを正すには、帝に政の一線から離れていただくしかない」

「ご納得されましょうや?」

「それには河内殿、あなたの力も必要だ。我らと共に、帝ご説得をお願いしたい」

「承知しました。それで国が良くなるならば」

「ならば決まりよ。女衆、酒をもて」

 あとは宴会となって朝まで大騒ぎになった。そんな中、足柄義氏、新羽貞義、市松円陣入道、樫木正成は密談をしていた。

「あの帝をどうやって、ご納得させるかが問題だ」

「できれば穏便に済ましたいが」

「また、都を捨て逃走し、しかるべきところで挙兵ということもある」

「どこになるかの?」

「まずは東北、北畠秋家。九州の桃池武時」

「いずれも遠方。たどり着く前に捉えてしまえばいかがかと」

「そうだな」

「いっそ、帝を弑し奉れば良いではないか?」

「それはできぬのが日の本のお約束」

「面倒くさいのう」

「上野介殿、面倒くさいのが政にございます」

「性に合わんわ。いっそ大乱にでもなるがいいさ」

「わしらは良くても民が困ります」

「そうか、そうだな。ここは我慢だな」

「とりあえず、帝に、武士の総意を認めた文書を提出しよう。その後、必要あれば、わしと帝の信の厚い河内殿でご説得しよう」

「俺と円陣入道はどうしたらいい?」

「最悪の場面に備えて軍勢をまとめて欲しい」

「承知した」

 密談は終わった。


 密談を床下でそっと聞いていた大斧銛太郎と小鳥三郎高徳はなんだかガックリしてしまっていた。

「我らが命がけでお助けした帝を弑し奉るなんて」

「それは大げさにしてもお助けした甲斐がないなあ」

「帝は英邁と聞いたけど、政治力はないのかな?」

「きっと、お付きの公家、女房たちがいけないんだよ。義氏様に進言しよう」

 二人は義氏に面会を求めた。

「おう、銛太郎に三郎殿如何した?」

「今日の会合のことでございます」

「うん? なんじゃ、申せ」

「帝は英邁なお方。政治だって良きものができまする。悪いのはお付きの公家や女房たちでございます。どうぞ、それらをお側から遠ざけてください」

 二人は頭を下げた。

「うぬ、両名の気持ちはよく分かる。しかしな、権力に腰巾着がつくのはやむをえないことだ。わしにもどうしようもできない。今いる君側の奸を排除しても、次の君側の奸が生まれるだけだ」

「では、伺います。殿が天下を取っても君側の奸がつくのでしょうか?」

 銛太郎が聞くと、義氏は表情をキッと変え、

「つかすものかよ」

 と大声で答えた。

「では殿の方が、帝より一枚上手ということで」

「わしは清廉潔白で知られた平大将軍の子孫ぞ。忘れたか銛太郎!」

「ご無礼しました」

「分かったら疾くされ、わしは機嫌を損なった」

「はっ」

 二人は退出した。

 しばらくして、義氏は、

「平大将軍の子孫が皆、清廉潔白だとは限らない。この義氏、天下を取るためなら悪にも手を染めるぞ。義直と諸尚を使ってな」

 と独り言した。


「私は足柄義氏に誑かされているのかもしれない」

 樫木正成は縄長智の前でぼやいた。

「そうですか、武蔵守様は、度量もあり、我らに優しい」

「それは天下を取るための作り笑顔かもしれません」

「えっ?」

「腹の中が読めぬ男です」

「茫洋としておりますからな」

「新羽上野介のようにわかりやすければいいのに」

「彼に天下は取れぬでしょう」

「そうですな」

 二人は笑った。


「銛太郎殿、やっぱり私は帝にお味方したい」

 小鳥三郎が話しかけた。

「そうだろうね。あれだけ熱心に帝を追いかけた貴方だ。帝を見放すことはできまい」

「うん、だから私は都に行く」

「止めないよ。だが友情も消えはしない」

「ありがとう。さようなら」

 小鳥三郎は去った。まさか、このことが大乱の原因になるとは二人は知らなかった。

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