第十一話 帝の帰都

 足柄又太郎軍らの活躍で、都の宝条氏本拠地、六波羅探題は崩壊した。さらに、又太郎の嫡子、万寿丸の元に集まった勢力が新羽小次郎の指揮のもと鎌倉政権を滅亡に追い込んだ。時代は次の施政者を求む。それはもちろん、今は船上山にいる。後太鼓廃帝である。

「朕は都に戻るぞ。忠顕、長智支度せい」

「はっ」

 後太鼓廃帝は縄軍を中心とした軍勢に守られながら都に向かった。途中、播磨では樫木正成、市松円陣入道の出迎えを受けた。喜ばしい対面である。

 都に戻った後太鼓廃帝は、自らの廃位と黄金帝の即位を否定し、後太鼓帝として元に復した。そして、黄金帝のもとで行われた人事、政策を全て破棄し、幕府、摂関政治を廃した天皇親政を行うことを剣を天にかざして舞い踊りながら宣言した。これを『剣舞の新生』と言う。後太鼓帝が万物の長を司るのである。

 同時に論功行賞が行われたが、これがあまりに公家寄りだったため、武士の間からたいへんな不満が持ち上がる。ただ足柄又太郎吉氏は従四位下に叙し、鎮守府将軍・左兵衛督に任じ、また三十ヶ所の所領を与えられた。後には従三位に昇叙、武蔵守を兼ねるとともに、天皇の諱「義治」から偏諱を受け義氏と改名した。大厚遇である。三郎義直は左馬頭に、同じく万寿丸も元服前だというのに、鎌倉滅亡の功績一番として従五位下左馬頭を拝領した。足柄家は後太鼓帝の信を一身に背負った。

 一方、新羽家は小次郎が従四位下に叙され、右馬頭に任官した。さらに上野、越後、さらには、播磨介となった。弟の脇牙義助は駿河守となった。小次郎は足柄に処遇で劣るのがたいへん気に入らない様子であったが、叙勲は素直に受けた。

 樫木正成は記録所寄人、雑訴決断所奉行人、河内・和泉の守護となる。縄長智は伯耆守となった。この辺あたりまでは武士も報われた。悲惨だったのは市松円陣入道で、一度は与えられた播磨守護職を公家の権力争いから取り上げられてしまった。これは円陣が組みしていた森永親王が帝の寵愛を受ける三位局、阿野恋路との政争に敗れたからだと言われている。現に三位派の縄長智や枯草忠顕は恩恵を得ている。円陣は怒って播磨に帰った。このように武家の中にはその働きに合わない処遇の者たちが多数出た。これは全て、後太鼓帝が政を公家中心に戻し、武士はその従者だという考えを持っていたからである。足柄又太郎改め足柄武蔵守義氏の元には、こうした不満を持った武士が多数訪れていた。いずれも、足柄義氏を次代の武家の棟梁と慮っての行動だった。一方、新羽小次郎改め新羽左馬助貞義の元には叙勲に浮かれた武士達が集まって、毎日のように宴会を開いていた。家宰の香二郎諸尚はしきりに諫言したが「今は浮かれていい時だ、黙れ」と斬り付けられそうになったため、諸尚はこともあろうに宿敵の足柄家に逃げ込んでしまった。酔いが覚め、正気に戻った貞義が諸尚の返還を足柄家に求めても「本人が戻りたくないと言っております」とのつれない返事が返ってきた。「ふん、どうせ飛んだ食わせ物だ。これからは義助を家宰にすれば良い」と貞義は唇を噛み締めながら言った。

 足柄家にとって、香二郎諸尚は予想以上に使える男だった。特に、武士どもの扱いが非常に上手い。これによって「いざ、事あれば足柄家へ」という雰囲気が武士たちに蔓延した。足柄義氏は一言も口に出さなかったが、義直ら側近は義氏が征夷大将軍となり、幕府を開くいう野望を抱いていた。現在、征夷大将軍には帝の長子、森永親王がなっている。

 森永親王は奇矯な性格で足柄義氏と反りが合わなかった。というか一方的に嫌っていた。だから六波羅探題崩壊後も都に入らず、独自の動きを見せていた。お気に入りの武将はは倒幕を共に戦った市松円陣入道や樫木正成、それに新羽貞義ら武闘派が多かった。

 また後太鼓帝の寵姫、三位局阿野恋路との中が険悪で、そのとばっちりを受けた市松円陣入道ら親王派は恩賞面で冷遇された。さらに、阿野恋路の讒言から父、後太鼓帝とも疎遠になってきた。皇位継承権も失った。また新政権でも足柄義氏を警戒し、半ば強引に征夷大将軍に就任し、親戚関係にある北畠新房とともに東北地方の支配を目的に義永親王を長にし、新房の子、秋家を陸奥守として補佐させる形で、陸奥将軍府を設置することを進言し、採択された。その年の暮れには成永親王を長とし、足柄義直が補佐する形で鎌倉将軍府が設置される。これは明らかに後太鼓帝が森永親王を警戒しての判断といえよう。

「義氏を殺す」

 森永親王は家臣に宣言し、暗殺団を送ろうとした。しかし、情報は外に漏れており、後太鼓帝の名により、縄長智らが親王を取り押さえ牢に押し込んだ。足柄義氏は涼しい顔で知らんぷりをした。


 そんな足柄義氏の元に、市松円陣入道がやってきたのは親王逮捕の三ヶ月後のことだった。

「武蔵守さま。わしは主としたった森永親王様を失い、恩賞もなく、惨めに暮らしております。すべての原因は三位局、阿部恋路のなせる技でございます。奴は主上をたぶらかし、己の好きなように政を動かしています。まるで女帝です」

「英邁な主上が、なぜそのようなものをそばに置くのかの?」

「やはり色でございましょう」

「主上も人ということか?」

「恐れながらそういうことかと思います」

「ところで、わしを嫌った森永親王様の忠臣である、貴方がなぜわしの元に来られた?」

「つらつら天下を慮るに、主上は女狐に誑かされ、新羽貞義は宴会三昧。縄長智は所詮商人の出自。樫木正成は小領主に過ぎず。天下を治める器量は武蔵守様、貴方しかいない」

「これは高く見積もっていただきましたな」

「どうか、天下を」

「いや、今すぐに動くのはまだ早い。天下が親政に倦み、万事にほころびが出た頃、きっと旗を上げるものが出る。それを倒して、正義の軍として立つのが一番の良策。入道殿、今しばらくお待ち下さい」

「あい分かりもうした」

 そのあと酒宴を開き、主従の誓いを立てて市松円陣入道は帰って行った。

 一人になった足柄義氏は考える。

「で、誰が立つのだ?」

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