第九話 又太郎出陣

 足柄又太郎吉氏が鎌倉の政庁に呼ばれたのは、旧暦四月のことである。同時に宝条一族の名古屋高家も参上した。上席に座る執権、青橋盛時が言う。

「船上山の戦いにおいて、我が軍は数的に有利であったにもかかわらず、惨敗を喫しました。今や、廃帝陣に寝返るものも出る始末。ここは早めに手を打つべしと心得ます。名古屋殿は山陽道から、足柄殿は山陰道から廃帝を攻めてくだされ」

「はっ」

「心得ました」

「両者協力して、廃帝をお捕まえあるよう」


「時が来たようだ」

 屋敷に戻った又太郎は三郎義直に告げた。

「廃帝にお味方するので?」

「そうだ。そのために三河、丹波一族を集め、都の六波羅探題を潰す」

「鎌倉は如何します?」

「小次郎の出番よ。奴の一族は上野、下野に多い。それらを糾合し、鎌倉本陣を攻め立てる」

「さすれば、第一の功は小次郎に?」

「そうはならないんだな」

「何故です?」

「小次郎に我が息子、万寿丸と塔子を“人質”として渡す。そうすると板東の武者達が、わしの息子と慕って、万寿丸のところに人数が集まる。小次郎軍だったはずがいつの間にか足柄軍になるというわけだ」

「なるほど」

「三郎、急いで万寿丸と塔子を小次郎のところへ連れて行け。わしの書状とともにな」

「はっ」

 義直は急いで部屋を出て行った。


「ついにこの日が来たか。待ったぞ、三郎」

「はっ」

「それに、嫁ごと嫡子を人質にとは、殊勝だ、又太郎」

 新羽小次郎貞義は上機嫌だった。

「兄が申すに、小次郎様には一旦、上野、下野に立たれ、一族を糾合して、鎌倉を攻めると良いと申しております」

「うぬ、確かに我が一族、そちらに多い。よく頭が回るのう。又太郎は」

「はい。その際できれば万寿丸を御輿に担いで戦場の雰囲気を感じさせてやって欲しいとの伝言でございます」

「おう、よかろう。又太郎の息子の胆力、見届けてやろう」

「ありがとうございます」

「では、我らがことを起こすのは」

「六波羅探題平定後に」


 足柄又太郎は遠回りではあるが、鎌倉に上り、宝条花時の謁見を名古屋高家とともに受けた。

「足柄殿、貴公はこのところの幕府への反乱、如何思われるかの?」

「不徳のいたすところでございます」

「ところで、足利殿はご嫡子、万寿丸殿を新羽にくれてやったという噂があるが誠か?」

「はい。新羽小次郎殿の胆力に魅せられまして、長年の両家の対立を解消してそのように修行をさせに参りました」

「新羽など、クズ御家人。余は小次郎は鎌倉を裏切ると思っておる」

「新羽ごときの勢力で鎌倉は倒れませぬ」

「それもそうじゃな。足柄氏なら倒せるかな」

「ご冗談を」

「戯言は止そうか。吉氏、高家。全力をもって事に当たり、廃帝を倒せ」

「はっ」

 節刀が送られ又太郎、名古屋高家は退出した。

(得宗、北条花時。うつけを装いながら、侮れぬ)

 又太郎は全身に冷や汗をかいた。


 足柄軍はまず領地である、三河に駐留した。三河党の党首、吉良貫首、梅井忠常、石像頼房のほか、太川一門、昔川一門、日記一門など十万の兵が揃った。これに同じく領地の丹波の将兵を合わせれば十四、五万の勢力にはなるだろう。

「我らは伯耆船上山、廃帝を鎮圧する」

 義直が大音声で気勢を上げる。本当のことを言うのは、丹波に着いてからでいい。又太郎はゆっくりと軍勢を進めた。新羽小次郎に将兵を集める時間を多くやるためである。足柄と新羽、元は同じ出でもたいへんな差がついてしまった。一方は廃帝討伐軍の一方の大将。もう片方は無役の上に、宝条に睨まれている。果たして、きちんと将兵を揃えられるのか? だが、まあいい。そのための万寿丸だ。息子の元には必ず、板東の御家人たちが付いてくる。そう、信じるしかない。

 丹波篠村に着いた。又太郎は主だった将軍を集めて、初めて胸の内を打ち明けた。

「鎌倉を離脱し、廃帝にお味方する。ついては都の六波羅探題を討つ。鎌倉は新羽小次郎に守られた万寿丸が討つ」

 おう、と歓声が上がった。

「いよいよご決断されましたな」

 吉良貫首が言う。

「おう、今こそ、源平両党の血を継いだわしが武家政権を握る」

 梅井が問う。

「廃帝のお立場は?」

「はじめは、好きにやってもらおう。だが所詮は天上人。下情には通じるまい。その時が我らの出番だ」

「新羽小次郎の処遇は?」

「わしの下につくような男ではあるまい。惜しい男だが、我々とは相容れぬであろうな」

「では」

「言うまでもない。いずれは戦わなくてはならない」

 又太郎は悲しそうな顔をした。

 そこへ、伯耆国から大斧銛太郎と小鳥三郎高徳が現れた。又太郎はたいへんに喜んだ。

「又太郎様、お久しゅうございます」

「おお銛太郎大儀であった。船上山の話でも聞かせろよ」

「はい。伯耆の縄二郎長智、商人ながら豪胆なること、武士以上。聞けば石神源氏の裔とか。その二人の息子、太郎義智と小太郎智光も若年ながら天晴れな働きでありました」

「そうか」

「それに、この小鳥三郎。身が軽く、敵情視察にはもってこいです」

「ささ、三郎殿。一献召し上がれ」

 又太郎は酒を注いだ。

「ありがたく頂戴いたします」

 又太郎は感慨深げに、

「そうか。廃帝は良き味方を持ったの。我らも負けてはおれん」

 と気勢を上げた。

「では又太郎様も!」

「六波羅探題を討つ!」

 翌日篠村八幡宮で足柄又太郎吉氏は配下の者たちに、今度の出陣の本当の理由を述べ、反乱の狼煙を上げた。


 都の南北六波羅探題は恐慌をきたしていた。

「足柄吉氏謀反。総勢十五万の兵がなだれ込んできます」

「近江源氏の鈴木道世一万の兵で来襲」

「播磨の市松円陣入道五千の兵で攻めてきます」

 探題北方の宝条中時は、

「もはやこれまで、帝をお連れして東へ行こう」

と南方の宝条時升に行った。

「おう、それしかない」

 と御所から帝(黄金帝)をお連れして、東国目指して逃走した。廃帝方は鈴木道世が後を追った。足柄勢は都の鎮撫に努めた。足柄勢は乱暴狼藉を働かなかったので、都人は「あらえびすにも良き心ある者あり」と歌った。

 さて都を逃走した北条方だが南方の探題、北条時升が近江で野伏と戦闘し、斬り殺され、残った一族は鈴木道世に行く手を阻まれ、番場というところの蓮華寺で一族揃って自刃した。帝は鈴木道世に守られて都に戻られた。

 こうして、都は後太鼓廃帝側に落ちた。

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