第八話 船上山の戦い

『廃帝後太鼓、隠岐を抜ける』の報が鎌倉にもたらされた時、執権、宝条花時は重い病を患って床に伏せっていた。例え、遊興に耽り、政を疎かにしていたとしても、執権が不在では評定が開けない。そこで花時は執権を辞することになった。しかし、得宗家としての権力は絶対だ。花時は、「次の執権は青橋盛時とせよ」と内管領、佐賀鷹助に命じた。ところがである。鷹助は「盛時はまだ若年。斯様な一大事の発生した時に執権となるは荷が重すぎる」として、自分の腰巾着、賄賂仲間の金沢八時を執権に指名。評定衆の寄り合いで独断にて決めてしまった。一度はそう決したが、それを聞いて怒ったのは花時である。「余の命に従えぬというのか。それなら余は不要の身。出家する」とこの男には珍しく毅然とした態度を取り、佐賀鷹助はともかく、金沢八時を恐怖のどん底に突き落とした。そして、「得宗家がご出家なさるなら拙者も出家いたします」として金沢八時までもが出家し、執権をわずか八日で辞職した。人々は「八時の八日天下」として失笑した。そして宝条一門の主だった連中は、花時に倣って、競うように頭を丸めた。なので鎌倉中、俄か坊主で溢れ返った。そんな中、花時の後見で今度こそ、青橋盛時が執権となった。鎌倉政権、最後の執権である。盛時は若年ながら聡明で、判断力に優れた武将である。足柄又太郎の義兄でもある。廃帝の隠岐脱出、船上山での旗揚げを重大な政権の危機と捉え、自ら、大軍を率いて廃帝を捕らえることを評定衆に諮った。しかし、佐賀鷹助以下堕落の徒と化していた評定衆は、「天下の執権が動くほどのことではない」「廃帝などにもはや力はない」「適当な御家人に追討に当たらせれば事足りる」と事態を深刻に受け止めていない発言が続出し、若い盛時はそれらの意見を覆すほどの力を持たぬため、結局、伯耆守護の鈴木清高に追討を命じることに留めた。この決断が鎌倉政権、宝条得宗家滅亡の大きな転換点となった。


 無事、船上山に辿り着いた後太鼓院は縄二郎長智、小鶴元八郎綱哉、甘粕源五和正の出迎えを受けた。

「院様、よくぞご無事で」

 縄二郎長智は平伏した。

「其方の子息らのおかげで隠岐を抜け出せた。感謝に絶えない」

 御太鼓院は仰った。

「ところで、この戦勝てるかな」

「はい、我が手の者の調べでは、当面鎌倉からの援軍はなく、伯耆守護、鈴木清高の兵、三千が山を取り囲んでいます」

「我が兵は」

 後太鼓院は問うた。

「約二百。そうは悟られぬため、山じゅうに我が家の旗を立て、人数を多く見せております」

「どうした旗じゃ」

「我は石神源氏ゆえ、白旗を上げております」

「それではちと、寂しいの」

 そう仰ると後太鼓院は、硯を持たせ、旗の一つに、帆掛船の絵を描かれた。

「これを、お主の家の旗とせよ」

「ははあ」

 縄二郎長智は感激のあまり平伏した。

「ところでこの寡勢。如何して戦う」

 後太鼓院が仰ると、

「我ら、山賊のように戦います」

 縄二郎長智が答えた。

「山賊。院の軍勢に山賊など、下賤な戦いをさせるというのか」

 後太鼓院の横に控えていた枯草忠顕が怒ると、

「この戦、正々堂々とやっていたら負けます。鈴木清高は近江の鈴木源氏の一族。猛将ぞろいです。正面からぶつからず、地形を生かした戦いこそ、唯一の生きる道」

と縄二郎長智が答えた。

「なにっ」

 忠顕が唸るっと、

「忠顕、控えよ」

と後太鼓院がおっしゃり、

「長智の策や良し。采配は長智に任せる」

 と縄二郎長智に全幅の信頼を置かれた。まだ年若の枯草忠顕は不満顔であったが院がそう仰るので不承不承納得した。


 幕府方の総大将、鈴木左衛門尉清高は焦っていた、伯耆、隠岐の守護職につき、後太鼓院の身柄を任されながら、縄一族にその身を奪還され、船上山に立て籠られるという失態。何としても院を取り返さなければ、鎌倉に顔向けできない。そこに、

「左衛門尉殿、そう、気を急くこともない」 

と一門の鈴木昌綱が近づいてきて慰めた。

「旗色を見るに、敵は多くて千。我が軍の半分にも満たぬ。ここは一気に押して掛かれば造作もない。それに、搦め手には鈴木定宗。後詰には一族の富士見義綱、塩山高貞も居る。汚名は返上出来申す。願わくばそれがしに、先鋒を賜りたい」

 猛将として知られる昌綱の言葉に、清高は勇気付けられた。

「では先駆けを、お頼み申す」

 清高は昌綱を送り出した。船上山は急峻な山。馬は使えない。昌綱隊は徒で頂上を目指す。それを発見した縄勢は、

「矢を放て!」

 と一斉に弓を使った。

「ふん、商人の放つ弱弓。怯むな、打ち返せ」

 昌綱が命じるが、相手は木々に隠れて良く見えない。一方山の上から放つ縄軍の弓矢は昌綱軍を的確に捉えた。

「弓矢は止めじゃ。盾を持って身を守り、敵陣に近付け。斬り合いに持っていくのじゃ」

 昌綱が命令する。その声をじっと聞いていた、縄軍に同行していた、大斧銛太郎は、

「あれが、敵将だな。ひとつ私の力を見せつけてやるか」

と張り切ると、背中の長銛を取り出し、思いっきり、昌綱めがけて投げつけた。

「ぎゃあっ」

 山に轟く悲鳴。銛太郎の長銛は狙い外さず、昌綱の顔面を貫いた。昌綱、戦死である。残された兵卒達は慌てて退却する。その背中に縄軍の弓矢が唸る。初手は縄軍の大勝利となった。

 一方鈴木清高の陣。

「なにっ、昌綱殿戦死だと」

 清高は憤った。

「ならば、搦め手の定宗殿と歩調を合わせて、はさみ打ちじゃ。伝令を出せ」

 声を強める清高。

 その搦め手は縄小太郎智光、小鶴元八郎綱哉、甘粕源五和正が守っていた。小太郎軍を除く軍勢は皆、木に登って、敵の来襲を待っている。その中でも一番高い木に登っていた、小鳥三郎高徳が「来ぞ」と手信号で伝令する。何も知らない定宗軍は山道をぐんぐん上ってくる。そして地上に囮として残っていた小太郎軍を見つけ、

「敵は小勢ぞ、突っ込め」

と定宗号令のもと、小太郎軍に攻めかかる。その時、

「バサバサ」

と大量の投網が木の上から落ちてくる。突然の出来事に動揺した定宗軍は投網に手足が絡まって動けない。

「敵の大将に告ぐ。大人しく降伏せい。さもなくば皆、弓で射殺すぞ」

 小太郎が叫んだ。

「分かった。降参する」

 定宗がこれまた叫んだ。


 定宗降伏を知らない、総大将、鈴木左衛門尉清高は山頂へ総攻撃をかけることにした。船上山を攻め上がる。しかし、その時、空一面に雲が湧き上がり、突然の暴風雨となった。先が全く見えない。一方、縄勢は山から見下ろしているのだから、暴風雨であっても敵の動きが見える。

「弓と槍で、一気に勝負をつけよ」

 総大将の縄二郎長智の掛け声のもと、一気に山を降り、幕府軍を攻め立てた。

「これは不覚。退散じゃ」

 清高は退却を命じ、自分は駒で走って、都まで行ってしまった。後の雑兵どももてんでバラバラである。

 これにて船上山の戦いは後太鼓廃帝の勝利となり、幕府方の富士見義綱、塩山高貞は廃帝に寝返った。

「功績一番は縄二郎長智である」

 後太鼓廃帝はたいへんお喜びになった。

「それに太郎義智と小太郎智光兄弟の活躍も大きいでしょう」

 枯草忠顕が言う。

「それよりも、先鋒の鈴木昌綱を一撃で討った大表のものを朕の前に」

「はっ」

 銛太郎が平伏した。

「直答を許す。そなたはどこの者じゃ?」

「大斧銛太郎にございます」

「ああ、其方か」

「はい」

「ところで其方は足柄、新羽の両家に使えておるのじゃ?」

「両家とも、すぐれた当主を持っています。そして主上の力添えを望んでおります」

「誠か。板東に、朕の味方がいるか」

「はい。私、これより立ち返り、両所にこのこと伝えようと思います。ではご無礼を」

「待て待て、勝利の御酒をいっぱいくらい飲んでいけ。せっかちな者だのう」

 と言って廃帝はお笑いになった。

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