第六話 小鳥三郎高徳
足柄の庄に戻った又太郎の元には、二通の書状が来ていた。一通は、新羽小次郎からの怒りの書状である。
『とうとう、帝は隠岐に流されちまったじゃないか。何が日本一大きな駒だよ。あっという間に鎌倉にやられちまったぞ。こっちはもう五年も待ってんだ。あの約束を忘れたか。それに次の帝は寿命院統じゃないか。鎌倉の言いなりなんじゃないか。確かに後太鼓帝は大きな駒になりうるお方だったけど、負けちまったらどうにもならないぞ。今度はいつになったら大きな駒出てくるんだ。これだったら、俺たち二人で旗揚げした方がいいんじゃないのか。よって件の如し』
又太郎は読み終わるとぐしゃっと丸めて屑入れに放り投げた。もう一通の書状は大斧銛太郎からのものだった。
『鎮西は不満の徒多けれど、京にも鎌倉にも遠く、蜂起する気概のあるものはおらず。ただ、桃池武時なる者、廃帝の綸旨よって立つ。伯耆に縄一族というものあり。海運業を大々的に営むものなり。その中に隠岐の廃帝を救うとの動きあり。注視されたし。伯耆にて、我らの秘事に同調するものあり、名は小鳥三郎高徳というなり。播磨に市松円陣なるものあり。廃帝皇子の森永親王の令旨を受けて立つ。皇子も同様に立つ。河内に樫木正成たる土豪あり。赤坂城で挙兵し、奇策で幕府軍と対等に戦うも城燃える。正成生死不明。以上』
「こういう、有益な情報を持って書状というのだよ、小次郎氏」
又太郎は独り言すると、銛太郎の書状を丁寧に火で燃やした。そして三郎義直を呼び、
「三河と丹波の一族に連絡してくれ。また京都で謀反があるかもしれぬ、武具、兵糧の備え、怠りなきよう、とな」
「承知しました」
三郎義直は部屋を出た。
(廃帝が隠岐を出られるかが勝負だ。出れば今度こそ、蜂起の輪が広まる)
又太郎は横になって、ぼんやりと考え事を始めた。
大斧銛太郎は伯耆国に居た。隠岐に流される廃帝後太鼓のお姿を一目見ようという願いと、廃帝をお救いしようという野望を抱く縄一族とはどんなものなのかを探るためであった。海上時代は専ら戦闘の先頭に立って、前に群がる海賊どもを蹴散らしていればよかったのに、地上に揚がれば、戦闘以外に人を見極めるということが大事になる。これも勉強と、銛太郎は思った。
廃帝後太鼓はまだ隠岐には流されていない。風雨強く、港に留まって居ると言う。いっそ、ここで廃帝をお救いし給うか、銛太郎の心の隅に暴力に対する肯定的な思いが沸々と湧いてくる。鎌倉勢相手にひと暴れして、功名を上げたい。そんな思いが去来する。しかし、さすがに一人では多勢に無勢、無理だろう。無駄死にはしたくない。そう思って廃帝の御座所を偵察していると、もう一人、自分と同じようなことをしてる者がいることに気付いた。何者か? 同じく廃帝の行く末を見守る者か。それとも夜陰に紛れ、廃帝を亡き者にしようとする、鎌倉の刺客か。銛太郎はそっと男に近づいた。
「おい」
声を掛ける。すると男は振り向きもせず俊敏に飛んだ。
「どこだ?」
銛太郎は背中の長銛を手に取った。木々の間にかすかに音がする。男は木の高所から高所を移動しているのだ。なんという身軽さ。これは刺客に違いないと思った銛太郎は、耳を澄まして木々の揺れを感じ、敵の居場所を探った。そして、
「えいっ」
とばかりに銛を突き上げた。獲物の感触あり。ドスンと男が落ちてきた。
「廃帝を弑しようとする不届きものめ!」
銛太郎がとどめを刺そうとすると、
「待ってくれ、そなたの勘違いだ」
男が言った。
「わしは廃帝をお救いするべく美作から仲間とともに列に付かず離れずしていたのだが、その仲間とはぐれてしまい、一人ここで廃帝にお味方ここにありの書を手渡そうとしていたものだ。それをそなたは! わしは左足を負傷してしまった。もう歩けない。なんとも情けない。涙が出るぞ」
男はオイオイ泣き出した。困ってしまったのは銛太郎だ。またも早とちりで、味方になりそうな男を負傷させてしまった。
「すまぬ。すまぬ。すまぬ」
身を縮めて謝る銛太郎。
「謝罪は良いから、左足を治療してくれ。武者ならば出来るであろう」
男は痛む足を差し出した。
「誠にあいすまぬ」
謝りながら必死に治療する銛太郎。幸い傷は浅く、間もなく血は止まった。
「本当に申し訳なかった。私は、お名前の方は申せないが、板東のとある方々に随身している、大斧銛太郎でござる」
「わしは備前の住人、小鳥三郎高徳と申す。廃帝をお救いするまではいかねど、お心を強く持たれるよう仲間で顔見せしようと出立したのにはぐれてしまい。やっとの思いで廃帝の御座所にたどり着いたというのに、そなたに敵と間違えられるこの不運。全くわしの人生はついてないことばかりで」
小鳥三郎はまたもオイオイ泣き出した。それを見て、銛太郎は、
「私が貴方をおぶりましょう。そして御座所に行って、貴方の一筆を廃帝に差し上げましょう」
と言って小鳥三郎を元気付けた。
「御座所は鎌倉が守っているぞ。そんなこと出来るのか」
「力と技と勇気には自信があります。貴方を背負っても、銛と斧、もちろん剣だって使いこなせます。さあ、行きましょう」
銛太郎は小鳥三郎をおぶって、御座所にノッシノッシと歩いて行った。
「でも人命を失わない方法が一番です」
銛太郎は番卒に銭を与え、御座所近くまで入れて貰った。鎌倉の奴は上も下も銭さえやれば、なんでも許してくれる。
「ではこの書を廃帝にお渡しください」
小鳥三郎は番卒に書を託した。その内容は、
『天勾践を空しうすること莫れ、時に范蠡の無きにしも非ず』
というものであった。廃帝は心強くし、翌日、隠岐に流された。
「大斧殿、結果的にそなたにわしは助けられた。当面ご同道したいのだがよろしいか」
小鳥三郎は銛太郎に言った。
「ならば、伯耆の縄一族を偵察しましょう。なんでも縄一族の若い者が、隠岐に行かれた廃帝をお救いする計画を立てているということ。しかし、全ての決定権は長である、縄二郎が持っているということ。そして二郎はまだ迷っているということです」
「ならば我らが押しかけ、強引に救出の方向に持って行こう」
「いやあ、それが縄二郎、文字通り、一筋縄では行かぬ狸親父だとか」
「そうか、ではまた様子を探ろうか」
「はい」
そう言うと、銛太郎と小鳥高徳は縄一族の探索に向かった。
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