第三話 鎌倉にて
翌朝。
「では、しばしお暇いたします」
銛太郎が右腰に剣、左腰に大斧、そして背には長大な銛をつがえて足柄家の館を出発した。
「少し遠回りだが、海筋を行かれよ。平地が多くて楽だ。なんなら鎌倉も見てみるがよい」
又太郎が忠告する。
「はい、そのように」
銛太郎は素直に頷いた。
(果たして、新羽の小次郎様、奇矯なお人と聞くが、実際はいかなるお人であろうか。それに島太郎様。分別のあるお方と聞いたが、果たして)
銛太郎は考えつつ街道を進んだ。平塚、茅ヶ崎、藤沢を見聞し、鎌倉に到着する。鎌倉では鶴岡一萬宮に参拝した。軍神、源義亘を祀った神社だ。遠い昔、陸奥のさらに奥で、俘囚、安倍家、竹原氏と戦い一万の首級を取ったことから一萬太郎と異名を取った武者。一万は大げさだと思うが、相当の強者であったことだろう。自分もかような、異名を得たいものだと銛太郎は思った。しかし、それはそれとして、鎌倉の町の風紀の乱れは何であろう。訳の分からない怨霊にとりつかれたようだ。悪い予感がする。ここは早く出よう、と思っていると、
「何だ貴様、そのいでたちは」
巡邏の兵卒が銛太郎の行く手を遮った。
「はい、兵法の修行の旅の途中、一萬様にお参りをいたしました」
平気で嘘をつく銛太郎。しかし兵卒は引かない。
「兵法だと、その割にはいい衣装を着ているではないか。それに、漁師でもないのに長大な銛。疑わしい、ひっ捕らえよ」
兵卒の隊長が叫ぶと、二、三十人の兵卒が銛太郎を取り囲んだ。この程度の数なら銛太郎にはどうということはないのだが、場所が悪い。鎌倉で一悶着起こして、足柄、新羽両家に縁のある者と知れた日にはひと騒動起こりかねない。困った。銛太郎が窮していると、街道の奥から牛車の行列がやってきた。先ぶれの武士が事情を尋ねに来る。それが牛車に戻る。すると、先頭の牛車が前に進んで来て、御簾が上がった。中には白粉をつけた公家のような男の顔があった。
「兵法の修行じゃと?」
甲高い声で、男が聞く。
「はい」
と銛太郎が答えようとすると、
「直答は許さん。平伏せよ」
お付きの武者がすっ飛んできた。そういう諸事には疎い、銛太郎は困惑した。すると御簾の男が、
「良い良い、直答を許す。面白い」
と甲高い声を上げて喜ぶ。そしてもう一度、
「兵法の修行とな」
と聞いた。
「はい、諸国を旅し、やっと鎌倉まで来ました。ここで一萬様にお参りをし、修行の達成を祈願いたしました。決して鎌倉に害を与えるつもりなぞございません」
平伏して釈明する銛太郎。
「面白い。実に面白い。武者の鏡よ。そうだ、世の守り人にも、剣客がおったの」
白粉の男がお付きの武士に尋ねる。
「
「そうじゃ、そうじゃ。そのもの、これと勝負させい」
白粉男は大はしゃぎだ。
「しかし、私は実技の剣しか知りません。命のやり取りとなってしまいますが」
銛太郎がずいっと後ずさった。むやみに人は殺したくない。しかし、
「構わん、構わん。はよう火山坊を」
白粉男が急かす。すると、大柄な銛太郎よりさらに大きな僧形の巨漢が薙刀を持って現れた。左腰にはしっかり剣を佩いている。
「火山坊狩人、参りました」
「よし、真剣勝負じゃ。勝った方には銭をやろう」
白粉男が叫ぶ。
「いざ」
薙刀を構える火山坊。
「うむう」
鎌倉なんぞに来たばっかりにとんでもないことになった。相手が弱ければ適当にあしらって、拳でも腹にぶち込んで気絶させればいいが、火山坊という奴、強そうだ。仕方ない。銛太郎は長大な銛を背から外した。長い薙刀には長い銛が一番だ。
「さあ、始めっ!」
白粉男が掛け声を上げる。じりじりと間合いを縮めてくる火山坊。その刹那! 火山坊は薙刀をさっと捨て、刀の柄を手に取った。居合切りだ。薙刀は囮だったのだ。二人交差する。
『カチーン』『カチーン』
金属のぶつかり合う音が二度した。
火山坊の刀は、銛太郎の左手の大斧に防がれ、火山坊の腹には銛太郎の刀の柄が食い込んでいた。二度目の音は銛が石畳に落ちた時のものだった。とっさに銛太郎は火山坊の真似をしたのだ。
「勝負あり」
お付きの武士が言う。
「なんや、血がぶひゃーと飛び出るのと違うのか。つまらんのう。闘犬の方がやっぱりましじゃ」
白粉男はバラバラと銅銭を撒き散らすと、御簾を下ろして牛車を動かせた。
「まあ、勝ちは勝ちじゃ、好きにせい」
捨て台詞を吐かれたが、これで自由の身を確保出来た。銛太郎はお付きの武士に、
「あれはどなたですか」
と聞いた。すると、
「執権様だ、控えよ」
と怒られた。これが、銛太郎と得宗、
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