第二話 平大将軍の末裔

 足柄又太郎吉氏あしがら・またたろう・よしうじは足柄家の当主である。先代の明氏は三年前に逝った。以来、家政全般は又太郎が見ることになったのだが、いかんせん鷹揚で呑気な性格の又太郎は家臣、領民に好かれているものの細かい経理、経済が全くできない。それを補助するのが弟の足柄三郎義直あしがら・さぶろう・よしただである。彼は兄と反対に金銭感覚、人材指導に優れ、彼を持ってして足柄家は立っていると言われる。それに又太郎と義直は仲が良い。兄は弟に諸役を任せ、弟は兄を立てる。これだと又太郎が全くの阿呆のように見えるが、それは違う。彼は天性の政治的勘の良さを持ち、幕府を牛耳る宝条氏、特に宝条の本筋である得宗家と好を通じ、一応の信頼を得ていた。彼の妻は宝条一門の青橋家から嫁いでいる。塔子とうこと言う。夫婦仲は円満で、昨年には長男、万寿丸まんじゅまるが生まれている。足柄家はその血統から言っても政治的立場から言っても全ての御家人から一目置かれる家なのである。


「さて、昔話でも聞こうとするか」

 又太郎が上機嫌で杯を空ける。

「はい。少々長くなりますがお話いたします。良いですか」

 銛太郎が伺いを立てる。

「おう、良いとも」

 又太郎は快諾し、銛太郎は話し始めた。

「源重朝様に国を追われた平大将軍は、大海賊の難破時化丸殿に助けられ、その仕事である、海賊追討に従事しました。やがて時化丸殿は病死し、大将軍がその後を継ぎました。ある時海上で、重朝様のご次男、経朝様に出会い、その苦境を知り、嫡男源太郎様をお譲りします。これぞ、皆様や新羽様の始祖、恐れ多くも明光様でございます」

「うぬ、その辺はよく知っておる。先を話せよ」

「はい。源太郎出仕後、海上でご次男、源次郎様が誕生し、すくすくとお育ちになり、大将軍の仕事を継ぎました。そして東の海と西の海の交易を盛んとし、莫大な利益を得ました。源次郎様は商才がおありだったようです。各国々に商館をお置きになりました。しかし日の本にはなぜか置きませんでした。源次郎様は兄上の居る、日の本がお嫌いなのでは、と誰もが思ったそうです。しかし、実際は今生で逢うことの出来ぬ兄上を思い、多くの和歌を残されていたことがその死後わかりました」

「切ない話だののう」

 又太郎は一筋涙した。

「続けよ」

「第三代は源次郎様のご嫡男平太郎様がお次ぎになりました。平太郎は堅実堅守のお方で源次郎様の遺徳をよく守り、その財や交易路の堅持に務められました。次は平太郎様の嫡男、平一郎様です。この方は苦難の人生を歩まれました。そう、蒙古が日の本に襲来した時です。その時にお後を継がれました。蒙古の皇帝オマエス・汗が日の本を襲うといち早く知った平一郎様はいろいろな伝手を使ってそれを阻止しようとしました。しかし、それはならず、蒙古襲来となった時、平一郎様は自らの船団を率いて、大嵐の夜、蒙古軍船に奇襲をかけ、ご自分の命と引き換えに日の本を守りました。皆様は『神風』が蒙古船を破壊したとお思いでしょうが、実際は違います。平一郎様の命がけの戦いで蒙古を蹴散らしたのです」

「ほう、しかし蒙古はもう一度参ったぞ。その時も神風が吹いたぞ」

 又太郎が尋ねた。

「それは平一郎様の弟、平次郎様が、兄上と同じことをしたのです。この時、家臣ども皆が止めたそうです。平次郎様を失えば、大将軍のお血筋が海上から消えて無くなってしまうからです。しかし、平次郎様は行かれました。そして、それこそ、神風の如く蒙古船団に突入し、自らの命を賭して日の本を守りました」

「と、言うことは平大将軍の血筋は……」

「足柄家と新羽家にしか残っておりません。ですから両家反感し合うのではなく協調し合うことを私は望みます。源家将軍のように三代で潰してはなりません。両家には源平両氏の血が流れているのです。それをお忘れなきよう」

 銛太郎の長い述懐は終わった。又太郎始め足柄家の人々にとってはしんみりとした酒になってしまった。

「ところで海上は今どうなっておる」

 又太郎が聞いた。

「はい、幸いに難破時化丸の子孫である難破嵐丸というものが優秀で、それを我が父始め皆で支えあって往時の勢いを取り戻しつつあります」

「そうか、海のことは海賊が一番知っているということだな」

 又太郎は遠い海を思ったか又涙した。随従する家臣郎党どもも涙せぬものはなかった。ただ一人三郎義直だけが硬い表情を浮かばせていた。

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