ジャッキー・チェン vs ブルース・リー2

ジャッキー・チェンを始祖とする笑拳がブルース・リーを始祖とする截拳道(ジークンドー)にどこまで通用するのか。


そもそも笑拳は相手を倒すための武術であり得るのか。

映画の為に作られたサーカス的なパフォーマンスに過ぎないのではないか。


否。

広道にとって笑拳は正真正銘の武術であった。

彼の笑拳はジャッキー・チェンにその源流を求めたとしても、ジャッキーのそれとは全く異なっていた。


広道にとっては笑拳も酔拳も蛇拳も結局のところ同じ拳だった。

違うのはそれぞれの拳を使うときの精神作用だった。

笑いや酒のもたらすポジティブな力や蛇の冷酷さ。

それらの精神作用が拳にも影響を及ぼすのであり、拳そのものが、与えられた名前によって異なるわけではなかった。


そして、強力な精神に裏打ちされた彼の拳に敗北の2文字はなかった。


たとえジークンドーの使い手だろうと殺家ー随一の殺し屋だろうと広道は負けるつもりはなかった。


アチョー、アチョッ!


ヒャハハハッ! ヒー!


2人は次々と拳や蹴りを繰り出した。

グレープが突き出した掌底を広道が斜になって避け、すかさず裏拳を放った。

グレープは上体を逸らして裏拳をかわし、広道の腹めがけて前蹴りを放った。

広道は上体をくの字に折り曲げ蹴りをかわし、バク転をしながらグレープの顎にトーキックを放った。

グレープは後ろに倒れ込むようにしてそれを交わすと、飛び起きた勢いで頭突きを放つも手のひらで止められた。


お互い決定打はなかった。

技の饗宴が延々と続くのみだった。


渾身のハイキックをかわされると、グレープは後ろに大きくステップを踏み距離を取った。

両者とも呼吸がかなり乱れていた。

暗黙の了解に基くインターバル。

2人は大きく息を吸い、吐き、呼吸を整えた。


広道は考えた。

拳を変えるか?

どうせこのまま続けていても埒はあかない。

試してみる価値はある。

酔拳は酒が無いからもとより使えない。

残るは蛇拳。

蛇の冷酷さをもって相対する。

獲物が目の前にいる、だから喰い殺す。

感情が入り込む余地のない、自然の摂理に基づく圧倒的なまでの残酷さ。


それは警官として広道がもっとも使いたくなかった拳だった。

蛇拳を使うとはすなわち殺し合いをするということ。

警官として(警官ではなくても、だが)たとえ悪人が相手でも殺すことがあってはならなかった。


ゆえに広道は実戦での蛇拳を封印してきた。

しかし相手は殺し屋でジークンドーの使い手。


やるか

やられるか


もはや蛇拳の封印を解くしかなかった。


広道は腰を落とした。

肘を曲げた右腕を起立させ、さらに手首を直角に曲げて指先を相手に向けた。左手もやはり指先を相手に向けて右肘の下に添えた。

広道の両腕は首をもたげ相手を威嚇する蛇となった。


グレープがニヤリと笑った。


「蛇拳か」


グレープもかまえた。


「ホーゥゥゥッ!」


奇声とともにかかろうとした。


そのとき、1発の弾丸がグレープの右足を貫いた。

グレープはバランスを崩し、地面に横転した。


銃弾が飛んできた方向を見ると、敷島が銃を構えて立っていた。



(つづく)














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