午後の決闘

「あそこだ」


広道が決闘の場として提案したのはデパートの屋上だった。

仮面ライダーショーが開催される場所だ。

正義の味方、仮面ライダーとして悪の組織と闘い、連戦連勝を重ねてきた場所。縁起がよかった。

あそこなら勝てる。


「あのデパートの屋上なら誰にも邪魔されることはない」


グレープはニヤリ笑った。


「なるほど。そういうことか」


グレープはデパートの前で潜入に出くわしたのを思い出した。


「…お前、ここで敷島と会ってたんだな」


広道は答えなかった。

答えなど求められていない。


「いいだろう」


グレープは言った。


「武器は?」


グレープが聞いた。


「素手だ」


広道は答えた。


「素手? ガキの喧嘩か?」


「俺は武器を持ってない。お前は使いたければ使えばいい」


「自信あるのか?」


「ある」


そう答えた広道の強さをグレープは思い返していた。

一度だけ相対したとき、確かに彼は強かった。状況に応じた攻撃対応は実戦で鍛えたとしか思えない柔軟性と独創性にあふれていた。

グレープは武者震いを覚えた。

うれしかったのだ。対等に渡り合える相手と出会えたことが。

こんな思いは殺し屋になってから初めてだった。


「気に入ったぞ。素手で受け合おう」


2人は横並びになり、一定の距離を開けてデパートに向かった。


建物に入るとすぐ左手にエレベーターがあった。

2台あるエレベーターのうち、向かって右側のドアの前に立った。

若い女性がヘビーカーを押しながらやって来たが、左のエレベーターを選んだ。

右の方が早く到着すると思われたが、男二人の間に漂う異様な空気を感じ取った。

「危険、ちかよるな」の見えない看板が立っていた。


広道とグレープは無言でエレベーターの階数表示を睨んでいた。


5、4、3、2…


ドアが開いた。


降りる人を待って二人は乗り込んだ。

横に並んでドアの方を向いた。

ドアがゆっくりとしまった。


一拍おいて、エレベーターが上昇を始めた。

二人は再びフロアの表示板を睨んだ。


2、3、4…


エレベーターの上昇は死へのカウントダウンでもあった。

死のステージはすぐそこまで近づいているが、エレベーター内の時間は引き伸ばされたように長く感じられた。


これから殺し合う二人の思考は無だった。

ゆえに二人は無言だった。

エレベーターの上昇にともなう気圧の変化が空気をさらに重くした。


5、6、7…


途中のフロアでとまることなく、エレベーターは一気に上昇した。

二人の男が乗るこのエレベーターを止める者はいなかった。

危険人物が乗り込んでいることを察しているかのようだった。


「屋上です」


機械的なアナウンスが流れ、エレベーターが止まった。ドアがもったいぶるような間をおいて開いた。


「あそこだ」


広道が指差したのは、かつて彼が仮面ライダーとして活躍したステージだった。


横並びで距離を保ちながらゆっくりステージ向かった。

二人の肩の高さまであるステージだったが、両者とも地面を蹴り、ステージに手をつくと足を掛けて一瞬で飛び乗った。


二人は向かい合った。

彼らの間には縮まることのない一定の距離が保たれている。


グレープはジャケットを脱いだ。

左胸のガンホルダーに銃が収まっていた。

グレープは銃を取り出し、ニヤリと笑って銃口を広道に向けた。


広道は銃口を睨んだ。

動揺は一切なかった。

グレープは撃たないと言う確信があった。

撃つならもっと前に撃てたからだ。


実際、グレープは弾倉から全ての弾を抜いて銃を放り投げた。次にズボンの右裾を引上げた。くるぶしの上にナイフが仕込んであった。


引き抜くと、柄についているボタンを押した。刃が飛び出した。

目にも留まらぬ速さで宙空を二、三度刺した後、逆手に持ち替え、横に切り裂いた。


「アチョー!」


掛け声が漏れた。

どうだ、とばかりにニヤリと笑った。

広道の表情に変化がないのを見て取ると、ナイフの刃をしまい放った。


グレープはこれでどうだと言わんばかりに両手を広げた。


「こんな日を待っていたぜ。素手で渡り合える奴と巡り合う日をな。素手で殺すことほど残酷で興奮するものはない」


グレープは親指で鼻の頭をこすり斜に構えた。

右足を前にして爪先を立てた。

両手の中指、薬指は折り曲げ、人差し指と小指を立てていた。

顔には自信に満ちた笑みを浮かべていた。

ブルース・リーの似姿が見え隠れした。


グレープはブルース・リーを始祖とするジークンドーの使い手だった。


広道は考えた。

自分は何で行こう。

酔拳はない。酒がないからだ。

蛇拳?

いや、違う。


これでいこう。


広道は脚を開き腰を落とした。

掌を耳の後ろに当て肩を開いた。

そして、


「ヒーッヒッヒッヒッヒ!」


声を挙げて笑った。


グレープの唇が吊り上がった。


「笑拳か、笑止」


グレープも負けじと鳥のような奇声を発した。


「キエエエーツ!」


グレープはワンステップで一気に距離を詰めた。


「キャヒヒヒヒー!」


2人の拳が交わった。


(つづく)












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