兄弟喧嘩
「兄貴、久しぶりに兄弟喧嘩でもするか」
ボスの銃は敷島に、敷島の銃はグレープに向けられていた。グレープの銃はばあさんの側頭部にピタリとつけられている。
グレープが楽しそうに笑った。
「兄弟ね。なるほど、どうりで似てるわけだ」
「腹違いだけどな。兄貴のお袋は何で死んだんだっけ?」
敷島はグレープに向かって構えていた銃を足元に捨てた。
ゆっくりとボスの方を向いた。
表面上は冷静に見えたが、実はそれを欠いていた。
ボスの一言が敷島の怒りに触れたようだった。
「やろうじゃねえか」
敷島は言った。
「兄弟喧嘩を」
敷島は拳を構えファイティングポーズを取った。
ボスも銃を捨てた。
全員の視線が2人に注がれた。
警官隊はグレープに向かって銃を構えているものの視線の先はグレープにはなかった。
グレープも、ばあさんもその他の連中も敷島とボスに注目していた。
「面白くなってきたぜ」
グレープはつぶやいた。
ボスも拳を構えた。
2人はパンチが届く距離まで近づいた。
先に手を出したのは敷島だった。
ジャブ2発、ストレート、フック、ボディブローすべてが命中した。
素人のパンチではなかった。
ボスは早くもフラフラになった。長年の不摂生が祟り、思うように身体が動かなかった。ときおり大振りのパンチを繰り出すが空を切るばかりだった。
敷島は容赦なく殴り続けた。
ボスの口や鼻から血が流れた。
その血を見ると敷島の殴打はさらに激しさを増した。
幼い頃、2人は共に遊び、笑い合った。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
どこで弟は道を間違えたのか。
こうなる前に敷島にできることはなかったか?
弟を殴ることは敷島自身を殴ることでもあった。
殴りながら自責の念は募るばかり、それゆえ殴ることをやめられなかった。
ボスの顔は変形し、血塗れになっていた。
腹違いとは言え兄弟、どことなく自分に似た顔。敷島には血に染まりゆくのが自分の顔に見えてきた。
敷島の修羅の如き暴力に誰もが圧倒され、呆然とするばかりだった。
やがて我に帰った潜入が背後から敷島を引き離した。
「もういいだろ!」
敷島は肩で大きく息をしていた。
「もういいだろう」
潜入はなだめるようにもう一度言った。
敷島の力が抜けた。
憑き物が取れたようだった。
落ち着いたのを見計らって、潜入は敷島を放した。
ボスは動かなかった。
あるいは死んだのかも知れなかった。
潜入はボスの傍らに行き、膝をついて口元に耳を近づけた。呼吸はあった。
「手を挙げろ!」
警官隊の中から声が上がった。
潜入が声の方を振り返るといくつかの銃口が彼に向けられていた。
潜入捜査は極秘の任務、知っているのは敷島と上層部のみだった。
現場の警官たちにとって彼は殺家ーの一員だった。
潜入捜査官=チェリーは両手を挙げて頭の後ろで組んだ。
「撃つな!」
敷島は警官隊に向かって叫んだ。
「彼は警官だ!」
(つづく)
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