石垣島ロンド

1.


「いえ、カレはきっと殺す。だって前にも人を殺してるから」


敷島は風雨が激しさを増す中、八重山警察署に向かって軽トラックを走らせていた。

台風が近づいていた。石垣島は、今夜には暴風域に入ると天気予報が告げていた。

ヨナミネはワイパーの速度を上げた。


ソヨンの告白を頭の中で反芻していた。

ニシノはやはり名前と年齢を偽っていた。

本名木口九一、19歳。

彼女によると内地(日本本土)で起きたゲイバー殺人事件の犯人だと言う。


その事件はヨナミネ夫妻も知っていた。手口が残忍であること、被害者がゲイであること、犯人の足取りがつかめないことなど話題性に事欠かず、しばらくの間、メディアを賑わせていた。


八重山警察署までは車で15分の距離だった。

フロントガラスを叩く激しい雨に視界の輪郭が歪んだ。

安全のために走行スピードを落とすべきだったが、自分の敷地に今も殺人犯がいると思うと、気持ちが急いてアクセルを踏む足に自然と力が入った。


雇う前に身元確認をしっかりやるべきだった、敷島は悔いていた。

あまりの人手欲しさに、まあ大丈夫だろうという軽い気持ちで迎え入れてしまった。

同じ敷地で生活するのだ、もっと慎重になるべきだった…


警察署の建物前は広い駐車場になっていた。

パトカーが3台停まっていた。他に車はなかった。

ヨナミネは正面入り口に一番近い場所に駐車した。

車を降りると傘をさし、建物に駆け込んだ。

それでも横殴りの雨に腕や足元がびしょ濡れになった。


ヨナミネは受付にいた女性に事情を説明した。

内地で起きた殺人事件の犯人、木口九一が住み込みで働いていること。

西野龍平という偽名を使用していること。

年齢も22歳と偽っているが実際は19歳であること。


ヨナミネは今すぐに来て逮捕してほしいと切迫感を込めて訴えた。


警察はすぐに動いてくれると期待したがそうではなかった。


情報提供ありがとうございます、少々お待ち下さい、受付の女性はそう言って立ち上がると、私服の男を一人連れてきた。


男はパンチパーマで眉毛が細く、目も同じくらい細く吊り上がっていた。

襟付きのシャツを第二ボタンまで開け、胸元に金のネックレスがのぞいていた。

右手に扇子を持ち、仰ぎながらヨナミネに近づいてきた。

警察官というよりはヤクザの下っ端のような出立ちだった。


「お話し聞かせてもらえますか」


下っ端は言った。

真剣な受け止め方ではなかったし、それどころか面倒そうな響きが混じっていた。


ヨナミネは取調室に通された。


「そこすわって」


警官はヨナミネにパイプ椅子をすすめ、扇風機のスイッチを入れた。クーラーはなかった。

扇風機がカタカタと音を立てて回った。

ヨナミネは机を挟んで警官と向かい合った。

警官は扇子を左手に持ち替え、仰ぎ続けた。左手に扇子、右手にポールペンというスタイルでヨナミネに質問をしながら調書を取っていった。

ヨナミネは何だか自分が容疑者になって取り調べを受けている気分だった。


「あの、取りあえず木口を逮捕してもらえないでしょうか」


「逮捕って、そんな簡単にできないですよ。逮捕状とるのに時間がかかるんだから。まずは任意同行になるけど、もし本当にこの男が木口なら凶悪犯だからね。こっちも頭数そろえて行かないと」


「とにかく来てもらえませんか。家に殺人犯がいるかと思うと怖くて怖くて」


「まあ、そうしたいんだけどね、なんせこの天気でしょ? あちこちで事故やら何やらトラブルが起きてね。みんな出払っていないのよ」


「じゃあ、いつ来てもらえるんでしょう?」


「まあ、事件の管轄は内地だからさ。とりあえず、そっちにも連絡とってみるよ。行ける日が決まったら連絡入れるから」


不条理劇の舞台にいる気分だった。家に殺人犯がいて助けを求めているのに、この警官はまるで気にも留めていない。

警察の対応とはこんなものなのだろうか。

それともこの警官が呑気なだけのか。

それとも私の言うことを信じていないのだろうか。


このまま帰れって言うんですか? 台風の中、わざわざ車をとばしてきたのに、ヨナミネの声は怒りで震えていた。


「あれ、あなたとばしてきたの? スピード違反になっちゃうよ」


警官はもうおしまい、と言うように斜にすわり、苛立ちを現すように扇子の仰ぎを早めた。


ヨナミネは無言で席を立った。こんな警官に食い下がっても無駄だ。

彼には殺人よりスピード違反の方が現実的なのだ。

凶悪犯は映画やドラマや小説の中にしか存在しないのかも知れない。



2.


次の日、台風一過で沖縄全域は快晴となった。

ヨナミネは那覇に飛んだ。

沖縄県警本部に行き、そこで初めてまともに取り合ってもらえた。


内地でのゲイバー殺人は発生から半年以上が経過していた。犯人が未成年につき非公開での捜査となったため行き詰まりを見せていた。


沖縄県警はヨナミネを取調室に案内し、詳しく話を聞いた後で、すぐに所轄の警察署に連絡をとった。

ここから警察の対応は早かった。

明日、内地から所轄の警官がやって来ることになった。

沖縄県警と合同で木口を逮捕すると言う。


「明日、所轄の警官と打ち合わせをします。

ヨナミネさんも参加してください。木口が住んでる建物の間取り、周囲の地理について詳しく教えてほしい。その話をもとに何人の警官をどこに配置すればいいのか決めていきます」


わかった、とヨナミネは答えた。


ヨナミネは八重山警察署に明日の午後2時に来るように言われた。


本来なら今夜は本島に泊まった方が楽だったが妻ひとりを家に置いておくのは不安だった。

ヨナミネはその日のうちに石垣島に戻った。


家に帰ると妻に報告した。

その夜、夫婦は一睡もできなかった。


(つづく)











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