マインド・ボム

九一は救急車で石垣島の病院に運ばれた。

応急手当を受けると、すぐに沖縄本島の病院に移送された。


腹の傷は深かったが、処置が早かったため命に別状はなかった。


ソヨンも九一と同じ病院に搬送された。

ケガはなかったが、妊娠5ヶ月になるソヨンの精神的なショックは計り知れなかった。

様子を見るため入院となった。


2人とも回復次第、本土に移送され、敷島が取り調べることになっていた。


敷島は署で新聞を読んでいた。

ありとあらゆる事件が紙面に踊っていた。

でも、なぜだろう、記事を読んでも何も感じなかった。


これまでは、事件を報じる記事を読むと推理が勝手に働いた。

ひとつひとつの事件が五感を刺激し、現場の様子が目の前に立ち上がった。

どの事件も自分が解決しなければならない、そんな思いに駆られた。


しかし、今は何も感じなかった。

記事はただの字面に過ぎなかった。

読んだところで、それらはありふれた事件であり、解決するのは他の誰かであって自分ではなかった。


「殺家ー」を殲滅し、九一も逮捕した今、やり残したことはなかった。

木口九一の取り調べをする以外には。

それだって警官としてと言うよりは1人の人間として向き合いたかった。

傷つき、未だ彷徨う若い魂に、許しと癒しと救いを与えたかった。

それは警官の仕事ではなく、年長者としての努めだった。

弟にしてやれなかったことを木口にしようとしてるんだろ、広道は敷島に言った。

その通りだった。


「敷島さん」


新聞から顔を上げると青柳が険しい表情で立っていた。


「何だ」


「いま木口が入院している病院から連絡がありまして…」


「どうした。容体が悪化したのか?」


「いえ」


「じゃあ、なんだ」


「医者が木口の行動を不審に思ったそうです」


「だから何なんだ。結論から先に言え」


「改めて木口の血液検査をしたそうです」


「それは結論じゃねえだろう。何のために検査をしたんだ」


「医者はマインド・ボムを疑ったそうです」


敷島は眉をひそめた。


「で?」


青柳は勿体ぶるように一呼吸おいた。


「…陽性でした。木口はマインド・ボムに感染していました」


敷島は手にしていた新聞を広げたままデスクの上においた。


「感染源は…、まさか…?」


「はい、妻の方も検査しました、陽性でした」


(つづく)

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