焼き鳥侍


1.

黄昏たそがれのレンガ路と名付けられたこの通りが賑わいを見せるのはまさに黄昏時だった。それまでにはまだ間があった。


繁華街の裏通りを敷島しきしま青柳あおやぎは歩いていた。

両側を飲食店や風俗店がひしめき合っていた。


人通りは少なく、夕方の開店に備えて出勤する者がちらほら見受けられた。彼らはそれぞれが働く店に入って行った。


敷島と青柳はゲイバーのオーナーが殺された事件の聞き込み捜査にやってきた。

手始めはゲイバーの裏口正面にある居酒屋だった。


「ねえ、敷島さん、オーナー殺しの件は他の連中に任せましょうよ」


暑さにうんざりして青柳は言った。

敷島は無視した。


「それより『殺家ー』に集中しましょうよ。脱走した殺し屋捕まえなくていいんですか」


「あいつなら向こうから姿を見せるだろ、俺を殺しにな。お前、巻き添えくわないように気をつけろよ」


敷島はニヤニヤしながら青柳を見た。


「もしかしたらつけられてるかもな」


青柳ははっとして振り返った。

誰もいなかった。


「もう、脅かさないでくださいよ」


「いざとなったらお前を盾にするからな」


グレープが俺の前に姿を見せることはない。

敷島には確信があった。

グレープは殺家ーから命を狙われている。

今、敷島たちを殺せば警察と殺家ーの両方から追われることになる。

グレープが自ら不利な状況を招くとは思えない。

とりあえずは殺家ーとの対決に専念するだろう。


ゲイバーの裏口前に制服を着た警官が立っていた。

事件から2日。

ごくろうさん、敷島は警官に声をかけた。

お疲れ様です、警官は直立不動で答えた。



敷島と青柳は居酒屋の前に立った。

「酒呑処焼き鳥侍やきとりざむらい

開店前だったが入口のドアを横に引くと開いた。


カウンターだけのこじんまりとした店だった。

短い白髪混じりの男が肌着姿で鶏肉を串に刺していた。

敷島たちが入って行くと、手は動かしたまま顔を上げた。


「開店前にすいません」


敷島は警察手帳を見せた。


店主は手を止めたものの、警察の登場にとくに慌てた様子は見せなかった。目と鼻の先で殺人事件が起きた。警察が来るだろうことは予想していたようだった。


「そこの事件のことで、ちょっと話聞かせてもらえます?」


「ええ、実は私も警察の方に話したいことがあったんです」


「話したいこと?」


「いや、私がやりましたってんじゃないんですよ」


店主は誤解を与えたと思い、慌てて両手を振った。


「事件の日にね、不審な男を見たもんですから」


「不審な男と言うと?」


「若くてね、野球帽かぶってさ、うちの前にずっと立ってたんだよね。タバコぷかぷか吸ってさ」


いきなりの有力な目撃情報だった。

敷島は身を乗り出した。


「顔、見ました?」


「ああ、窓開けたらこっちを見上げてね。目が合ったんですよ」


「顔、覚えてます?」


「まあ、こっちも客商売やってるからね。でも、どっかで見た顔なんだよなあ。うちのお客さんじゃないことは確かなんだけどね」


どっかで見た顔…


「モンタージュ写真の作成に協力してもらえます?」


「ああ、あの顔のパーツ組み合わせるやつ」


「今から署まで・・・」


「今から?」


「忙しいとこ申し訳ない。でも、時間が経つと忘れちゃうでしょ・・・」


「確かにね。早く捕まえてもらわないとこっちも君悪くてしゃあないしな。わかりました。ちょっと待ってくださいよ。すぐ、支度しますから」


店主は鶏肉を冷蔵庫にしまい、手を洗った。


「ちょっと上で着替えてきますわ」


厨房の奥にある階段を上りかけ、店主は足を止めた。


「刑事さんたち、今度飲み来てよ。サービスするからさ」


ギブ・アンド・テイクの提案だった。捜査に協力する代わりに店の売り上げに協力してほしいらしかった。


「犯人を逮捕したらこちらで乾杯させてもらうよ」


敷島は言った。


「おっ、待ってますよ」


店主は鼻歌をうたいながら足早に階段を上っていった。


(つづく)

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