焼き鳥侍
繁華街の裏通りを
通りの両側には飲食店や風俗店がひしめき合っている。
今はまだ人通りはそれほど多くない。
歩いているのはこの界隈で働く人たちだった。夕方の開店に備えて出勤する時間帯らしく、それぞれの店に入って行った。
敷島と青柳は聞き込みにやって来た。
ゲイバー殺人事件の真犯人を突き止める必要があった。
グレープでないとしたら、一体誰が殺ったのか。
犯人の目撃情報を得るために、まずは事件現場となったゲイバー「つぶらな瞳」と同じ通りにある店を片っ端から潰していくつもりだった。
今のところ目撃情報は得られなかった。
犯行があったのは午後2時ごろ、ほとんどの店がまだ閉まっている時間だった。
「ねえ、敷島さん、オーナー殺しの件は他の連中に任せましょうよ」
暑さにうんざりして青柳は言った。
「それより『殺家ー』に集中しましょうよ。脱走した殺し屋は捕まえなくていいんですか」
「あいつなら向こうから姿を見せるだろ、俺を殺しにな。お前、巻き添えくわないように気をつけろよ」
敷島はニヤニヤしながら青柳を見た。
「もしかしたらつけられてるかもな」
青柳ははっとして振り返った。
通りの隅々にまで目を凝らした。
視界に入るのは女性だけだった。
「もう、脅かさないでくださいよ」
「いざとなったらお前を盾にするからな」
グレープが俺の前に姿を見せることはない。
敷島には確信があった。
グレープは殺家ーから命を狙われている。
今、警官に手を出せば、警察と殺家ーの両方から追われることになる。
グレープ自ら不利な状況を招くとは思えない。
とりあえずは殺家ーとの対決に専念するだろう。
警察はグレープを泳がし、双方がやり合うのを傍観する。
どちらかが倒れるまで。
ゲイバーの裏口前に制服を着た警官が立っていた。
事件から二日が経っていた。
ごくろうさん、敷島は声をかけた。
お疲れ様です、警官は直立不動で敬礼をした。
裏口正面に居酒屋があった。
「酒呑処
入り口上の看板には店名と、刀の代わりに焼き鳥を手にした侍のイラストが描かれていた。
開店前だったが入口のドアを横に引くと開いた。
「ごめんください」
敷島がわずかに開けたドアの隙間から顔を覗かせた。
白髪を短く刈り込んだ男がカウンターの向こうで仕込みをしていた。
手を止めて、顔を上げた。
「警察です。そこの件で話聞かせてもらえますか」
敷島は警察手帳を掲げた。
「ああ、どうぞ」
ドアを大きく開けて、中に入った。
カウンターだけのこじんまりとした店だった。
カウンターの上には木札に書かれた焼き鳥のメニューがずらりと並んでいた。
男は肌着姿で鶏肉を串に刺していた。
背は低いが、頑丈そうな体つきをしていた。
看板の侍のイラストに似ていなくもない。
もっとも
「店主さんですか」
「そうです」
快活に答えた。
客に対する威勢のいい挨拶が想像できた。
「お忙しいところすいません」
「いやあ、お待ちしておりましたよ」
「お待ちしてた?」
「もっと早くいらっしゃるかと思ってました。うちなんか目の前だがら色々聞かれるだろうと思って構えてたんだけど」
店主は再び手を動かし始めた。
「あ、でも犯人は捕まったのか。あ、でも逃げちゃったんですよね」
「面目ない」
「わたしね、警察の方に話したいことがあったんです」
「話したいこと?」
「いや、私がやりましたってんじゃないんですよ」
店主は否定するように慌てて手を振った。
「事件の日にね、不審な男を見たもんですから」
「不審な男、と言うと?」
「若くてね、野球帽かぶってさ、うちの前にずっと立ってたんだよね。タバコふかしてさ」
青柳が手帳に書き留めた。
「顔、見ました?」
「ええ。2階から窓開けたらこっちを見てね。目が合ったんですよ」
「顔、覚えてます?」
「まあ、こっちも客商売やってるからね。顔を覚えるのは得意だけどね。でも、どっかで見た顔なんだよなあ。うちのお客さんじゃないことは確かなんだけどね」
どっかで見た顔…
「モンタージュ写真の作成に協力してもらえますか?」
「ああ、あの顔のパーツ組み合わせるやつ」
「今から署まで・・・」
「今から?」
「忙しいとこ申し訳ない。でも、時間が経つとお忘れになっちゃうから・・・」
「確かにね。わかりました。警察に協力するのは市民の義務だ。ちょっと待ってくださいよ。すぐ、支度しますから」
店主は仕込んでいた食材を冷蔵庫にしまい、手を洗った。
「上で着替えてくるんで、そこに座って待っててください」
厨房の奥にある階段を上りかけ、店主は足を止めた。
「刑事さんたち、今度飲み来てよ。サービスするからさ」
それとないギブ・アンド・テイクの提案だった。捜査に協力する代わりに店の売り上げに協力してほしいらしかった。
「今夜お邪魔しますよ」
敷島は言った。
「おっ、待ってますよ」
店主は鼻歌をうたいながら足早に階段を上っていった。
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