宣戦布告
警察官の衣を被った殺し屋が歩いていた。
グレープは警察官の制服を着て歩き回るのがこれほど目立ち、不自由だとは想像していなかった。
警察官と言うのは大抵パトカーやバイクや自転車に乗っているものであり、一人で歩き回ったりはしない。
着替えるにしても、警察官がデパートやスーパーに制服で入店すれば人目をひくし、まして衣料品売り場で買い物をしていたら不審者以上に不審である。
警察官がデパートの警備員に連行され警察を呼ばれたら洒落にならない。
従って新しい服を購入して着替えるという選択肢は除外しなければならなかった。
目立たぬように裏道を選んで歩いていたグレープは住宅地内の公園のそばに、違法駐車の車をみつけた。
ガラスにスモークのかかったベンツだった。
同業者の匂いがした。
運転席の窓ガラスからちらりと中を覗くと無人だった。
今度は額をつけ車内をじっくり観察した。
缶コーヒーがドリンクホルダーに、雑誌と煙草が助手席に置いてあった。
グレープは車を盗むことにした。
と、突然、尻に衝撃が走った。
「何してんだコラ」
これまでの人生で背後から尻を蹴られるほど、油断したことはなかった。と同時にこれほどの屈辱を味わったこともなかった。
グレープはひとまず無言で屈辱を飲み込んだ。
ガラス窓に映る声の主を見た。
そこにいたのはベリー3兄弟のブルーベリー(以下BB)だった。
BBの顔に驚きの表情が張り付いた。
「サツかと思ったらグレープじゃねえか! お前、パクられたんじゃなかったのか!?」
BBは中学のときからシンナー中毒になり今では歯も脳みそも溶けていた。ベリー3兄弟中、最も馬鹿でそれゆえに何をしでかすか分からない危険人物だった。
「ここは駐車禁止だ」
「何言ってんだ、バカヤロウ。ふざけた格好しやがって」
「あいにく俺は警官だ」
「ハハァ、さては、お前が警察の犬だったんだな? いや、でも待てよ、犬が犬をパクるってのも変だな」
「馬鹿にかまってる暇はない。罰金を払ってもらおう」
「ヘッヘッヘッ、お前が犬だろうが何だろうが、どうでもいい。ボスにお前を始末するように言われてんだ」
銃を取り出そうとBBはスーツの内側に手を伸ばした。
「アチャッ!」
ジークンドーの達人グレープの前蹴りがBBの顎をとらえた。その蹴りの速さは師ブルース・リーを上回り、肉眼で捉えるのは不可能とも言えるレベルだった。
BBの足元がフラついた。
その間にグレープは2ステップで BBとの距離を詰め、スーツの内側で銃を握らんとする腕を掴んだ。
グレープが無理矢理引っぱり出すと、腕の先には銃が握られていた。
パン!
銃声が弾けた。
BBが引き金を引いたのだ。
銃弾はしかし、あらぬ方向に飛んでいった。
BBの闇雲な抵抗はグレープの怒りを増長したに過ぎなかった。
グレープはBBの腕をひねり上げた。
「アチャー!」
掛け声と共にメリッという音がした。
折れた腕は握力を失った。
銃が地面に落ちた。
「ひいいいっ」
痛みとグレープの強さに対する恐れから BBは殺し屋らしからぬ悲鳴を上げた。
殺し屋の間でグレープの強さは伝説だった。
つまり、その強さを目の当たりにした者はいなかったにも関わらず、とにかく強いと伝えられていた。
今、 BBは伝説を目の当たりにした。
そして、腕と共に心もへし折られた。
「アチョッ!」
掌底が BBの顎を見舞った。
BBは気絶した。
地面に倒れた BBを見下ろしながらグレープは呼吸を整えるため、ホゥゥと深く息を履いた。
BBの両足を抱え、公園の公衆トイレに引きずっていった。
5分後–
二人がトイレから出てきたとき、グレープとBBが入れ替わっていた。つまり、BBの服をグレープが、警官の制服をBBが身に着けていた。警官は相変わらず気を失っていた。
グレープは警官をベンツのトランクに放り込み、運転席に乗り込んだ。
車内はハンドルも握れないほどの暑さだった。エンジンを始動させ、エアコンを全開にした。
助手席にあった BBの煙草に火をつけた。
一口吸って煙を吐きながらつぶやいた」
「CABINなんてケチなタバコ吸いやがって」
公園には誰もいなかった。
夏休みなのだから、子供の姿があってもいいはずだ。
外で遊ぶには暑すぎるのか。それとも家でゲームをするのが現代っ子の遊び方なのか。
俺が子供の頃は、公園で野球をやったり、ケイドロやったり、秘密基地を作ったりしたもんだ。
グレープは目を細めて、煙を長く吐いた。
やはりボスは俺を殺ろうとしてる。
当然だ。
サツに面が割れた殺し屋は使い物にならないし、かと言って足を洗わせるにはあまりにも「
しかし、俺は「殺家ー」イチの殺し屋グレープだ。ヤられるのを黙って待ってるわけじゃない。
俺が本気を出せば、一人で組織を壊滅させるのも不可能じゃない。
グレープは窓を開けて吸殻を捨て、ベンツをスタートさせた。
宣戦布告だ。
(つづく)
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