血だまりのうた

ボスに指示された通りグレープはゲイバー「つぶらな瞳」の裏口から侵入した。


鍵は開いていた。


足音を忍ばせて中に入ると、そっとドアを閉めた。

ボスが言った通り入ってすぐの部屋は休憩室になっていた。


向かい合わせに組み合わされた長テーブルが二つ、パイプ椅子が6脚、壁際にロッカー、他にはテレビ、冷蔵庫、電子レンジがあるだけだった。

テーブルの上の灰皿には吸殻が山となっていた。


グレープは客としてこの店に何度か来たことがあった。ゲイは殺したいほど苦手だが、ボスがゲイで仕事の打ち合わせによくこの店を利用した。


今回のターゲットがこの店のオーナー、サキだと聞いたとき彼はひどく驚いた。「つぶらな瞳」はボスの行きつけだったからだ。


依頼を受けてターゲットを暗殺するのが、グレープが所属する暗殺集団「殺家ーサッカー」のビジネスだった。


誰かがサキを殺すよう依頼したのだろうが店はどうなるのだろう。ボスの行きつけがなくなるじゃないか。


しかし、よく考えてみればそんなことはグレープにとってどうでもいいことだった。グレープはゲイを憎んでいた。

ボスだって例外ではなかった。雇われてるから従っているだけで、人間としては軽蔑していた。


フロアは薄暗がりに包まれていた。

ステージを照らすスポットライトだけが点灯していた。

ステージ上で誰かが椅子に座っていた。恐らくサキだろう。うなだれているように見える。


グレープは近づいていき、正面に回ると様子がおかしいのに気づいた。

後ろ手に手首を縛られ、上半身を背もたれに、足は椅子の脚と一緒にロープで縛り付けられていた。


「おい」


グレープは声をかけた。静まり返ったフロアに彼の声は不自然なくらい大きく響いた。


返事はなかった。


グレープはステージに上った。

髪の毛をつかんで、うなだれている顔を上に向けた。

サキだった。

目を大きく見開いたまま死んでいた。

足元には血だまりが広がっていた。

服はもともと赤いのか、血で染まったのか分からないほど真っ赤だった。

刃物でめった刺しにされたようだ。

服がぼろぼろだった。


「ひでえ・・・」


死体を見慣れているグレープでも、目をそむけたくなるぐらい凄惨な殺され方だった。


当然の疑問が、グレープの頭に浮かんだ。

一体誰がやったのか?


こんなことは初めてだった。自分のターゲットが他の誰かにすでに殺されているなんて。


「手を上げろ!」


背後で声が上がった。


「警察だ! 両手を頭の後ろにまわせ!」


気づいたときにはすでに5人の警官がステージ下から彼に銃口を向けていた。


警察? 何で警察がここにいるんだ?


3人がステージに上ってきた。


「両手を頭の後ろに回し、床に膝をつくんだ!」


グレープは言われた通り、両手を頭の後ろに回し、血だまりをよけて膝をついた。

抵抗はしなかった。

次から次へと疑問が湧き上がり、抵抗しようという思いは生じなかった。


警官の一人がグレープの銃を取り上げ、ボディチェックをした。まるで、彼が殺し屋であることをあらかじめ知っているかのような手際だった。


グレープは後ろ手に手錠をかけられた。


「銃刀法違反の容疑で逮捕する」


されるがままになりながら、疑問が次々と駆け抜けていった。


サキはなぜ死んでいるのか。

一体、誰がやったのか。

警察がなぜここにいるのか。


俺がフロアに入ったとき、こいつらはすでに息をひそめて隠れていた。

あらかじめ俺がここに来ることを知っていて、待ち伏せしていたのだ。


問題はどのようにして俺が来ることを知ったかだった。


答えはひとつしかないように思えた。

誰かが情報を漏らしたのだ。


じゃあ、誰が?


(つづく)

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