第55話 死の満ちる場所

 遺跡の近くで上がる土煙。シルファには近づくなと言われたけど、さすがにこれは放っておけない。


「……カナリ、行こう。遺跡に被害が出てたら、シルファに言わなきゃいけない。放っておいたら、もっと酷いことになるかも。シルファにはあとで謝ろう。俺も謝る」

「あ、ああ。そうだな」


 俺たちが行くことで、押さえられる被害もあるかもしれない。

 遺跡に続く道は、倒木のおかげで一直線にできている。疲れたなんていっていられない。カナリは太い木の幹に乗り、遺跡を目指した。


 木々の間を抜け、遺跡の間近まできた俺たちが目にしたのは、開けた広場と古い寺院。できれば何事もなければいい……そう願った俺たちを罰するように、ドミノ倒しのように何本もの枯れ木が崩れ重なり合い、広場の地面を抉っていた。


「やらかした……」


 幸いにも寺院には被害がない。それはよかった。だけど広場には、何十個もの盛り土がある。その盛り土が密集している場所に、枯れ木がバラバラと倒れていた。

 この木屑がかかった盛り土がなにを表しているのか、少し考えればわかる。


「墓が……くそっ……!」


 自分の迂闊さにカナリは地面に転がる枯れ木を蹴る。俺だって同じ気持ちだ。

 枯れ木はカナリの蹴りで簡単に砕ける。周りを見れば、そんな枯れ木ばかり。これじゃ、重い大木が寄りかかったりしたら、簡単に折れてしまう。

 その結果がこれ。カナリの伐った大木の切れ目が、あと十度でもズレていれば、また違った結果になっていただろう。


「……なにを考えても、後の祭りだな。カナリ、運べそうな枯れ木から運んでいこう。細かい枝とかは、穴から俺に渡してくれていい」

「……ああ」


 どうしようもなく苦いものを噛み締めながら、二人で片づけを始める。シルファが作った墓を、このままにはしておけない。

 カナリでも運べそうな重さの枯れ木なら、墓を避けて引きずって退ける。俺はその後ろから、拾える枝をどんどん取り去ってゆく。……けれど、簡単に片づくような量じゃない。人手が足りない。せめて俺がそっちに入れたら、もっと大きな枯れ木も二人で運べるのに……


「…………」

「…………」


 それでも、少しでもシルファの悲しみを減らすために、無言で片づけを続けるのしかなかった。人手がどうとか、俺がどうとか、注文を言える立場も資格もない。

 死者の眠る墓に手を合わせ、土の上にかかった木屑を拾う。


「……?」


 ふと、穴から流れ込んだ空気に、片付けをしていた手が止まった。余計なことを考えてないでさっさと片付けろと心は急かすが、なぜか手が進まない。


 俺は知っている。この空気を、この雰囲気を。でも、どこで感じたことがあるのか思い出せない。婆ちゃんが死んで、墓に遺骨が入れられたのを見たときか? ……違う。そんな悲しみの空気じゃない。寺院だからと、墓参りを思い出したわけでもない。それに、知ったのはつい最近のこと。

 もっと……もっと、こう……


「強い怒りと……悲劇……」


 とても強い感情が、風化せずここには残留している。……そうか、トキレムだ。あの日、魔物の襲撃に遭い、焼け焦げた家と人。残された人の怒りと悲しみ。

 なぜそんなことを思ったのだろう。なぜ感じたんだろう。でも、が一番近い気がする。


「……はぁ」


 ……本当に余計なことを考えた。きっと、集落の人が襲われた状況を、頭の中でトキレムと重ねてしまっただけだ。

 なのに――それだけじゃないと、どこか思っている自分がいる。


「………………おい、シオン」

「あ、ああ、ごめん。すぐに片付ける」

「違う。シルファがここに残るって言ったとき、どうして残るって言った?」

「なんだよそれ。今、聞くことか」

「いいから!」


 カナリの強い口調に、ビクリと体が震える。なんなんだよいったい。昨日の夕飯を思い出せないほど、記憶力が悪くなったつもりはない。ついさっき言われたことくらい、思い出せる。


「……だろ」

「え?」

「シルファは、一人でいるのに慣れたって言ってただろ」

「言ってたね。でも、それは残る理由じゃないだろ」


 どっちかといえば、残ることに我慢できる理由だ。残る理由としては、墓守として遺跡を守るため。ここに一人でいても楽しいことはあるから。この二つだと思う。


「そうかもな。でもな、なんでなんて言葉を使った。ここにはもう一人――いや、一体、いるはずだろ。シルファが残ってなきゃいけない理由が」

「……それは」

「ブレードボア。集落の仇。どうして、ブレードボアを倒したいからって理由が抜けたんだろうな」


 シルファの言葉を思い返す。……言ってない。ブレードボアという魔物の名前も、仇を討ちたいという理由も、シルファは言っていなかった。


「きっと、忘れただけだよ」

「だったらいいな。……シオンはそこで見てろ」


 カナリは割れた枯れ木の残骸を持ち、ある墓の前に立った。ほかの墓よりも大きく盛られた土は抉れ、地面の下から白く尖ったモノが見える。それはどこかで見たことのあるような……ちょっと待てカナリ……!


「墓を掘り返す気か!」

「ああ、そうだ」


 木の残骸をスコップ代わりに、カナリは墓に突き立てる。おい、待て。


「人様の墓を掘るな! そこには……シルファの両親が埋まってるのかもしれないんだぞ!」

「そうだったらいいな! ちょっと黙ってろ!」


 俺の言うことなど聞かず、カナリは土を掘り返し続ける。……ああ、シルファになんて説明すればいいんだ……

 顔を手で覆うが、カナリが掘り返す音は止まない。


「シオン、見てみろ」

「……やめろ、見せるな」

「いいから見ろ!!」


 顔を掴まれ、無理やり墓の中を見せられる。

 ……そこは、死で満ちていた。萎びた皮膚と汚れた白骨。掘り返した土の臭いが、死臭かのような錯覚を引き起こす。


 墓だ。墓だった。だけど……遺骸の上に盛られた土は、人の墓ではなかった。


 それは巨大な獣の遺骸。額から鼻にかけて前方に突き出し、獣のような細長い顔。口から覗く鋭い牙。特に下から伸びる一本の長い牙は、剣のように鋭く尖っている。土の中から見えていたのは、この牙か。


「ブレードボア……なのか……?」

「どう見てもそうだろ。しかも、シルファの仇のブレードボアだ」


 木で遺骸の口を開けると、ブレード状の牙の対となるはずの牙が、根元から折れている。


「長さも形も、シルファの持ってた鎌と同じだよな」

「……そう見えるだけだ。きっと、別のブレードボアがどこかにいる」

「どこに? 守る守るって言ってたわりには、オレを一人にしすぎだよな、シルファは。昨日も今日も、森の中に置き去りだ。ブレードボアが襲ってこないか聞いても、大丈夫としか言わない。そりゃ大丈夫に決まってるよな。こうして死んでるんだから」


 カナリの投げ捨てた木の残骸が、ガランと虚空に響く。

 土はブレードボアを隠すために、盛られていた。


「出口にいる魔物は、ブレードボアを恐れてたんじゃない。シルファを恐れてんだよ」

「だとしても、シルファは、なんでそんなウソを……」

「きっと、ブレードボアのせいにしたほうが都合がよかったんだろ。ほかにおかしな墓があるの、シオンは気付いたか」


 カナリの視線を追い、遺跡の奥にある墓から順に見てゆく。

 奥にある土の盛られた墓は、草が茂っている。しかし、ある堺を越えると、草の生え方がまばらになっていた。目の前のブレードボアよりも後ろ――背後の墓に至っては、少量の草しか生えていない。


「オレも動揺してて、気付くのが遅れた。シルファが持ってきた武器の中には、古くて錆びた武器と、まだまだ使えそうな武器があったよな。それを使って、オレとシオンで武器を作ったんだもんな。覚えてるだろ」

「やめてくれ……」

「遺跡の中に墓があって、武器が置いてあるのかと思ってた。そしたらご覧の通り、墓は外だ。それにあのブレードボアの死体、埋められたのは昨日今日じゃない、少なくとも一年は前だ。だったらおかしいよな。一年も雨曝しで、錆びもしない武器があるのかね」

「…………」

「なぁ、シオン。ブレードボアより後ろの墓には、


 知りたくない。それでも、心の奥底で納得した。

 俺の感じた空気は、きっとこれが理由なのだと。


 ガサリ――と、遺跡の近くにある草むらから音が鳴る。

 出てきたのは魔物なんかじゃなく、残念そうな顔をしたシルファだった。


「あーあ、だから一人できちゃダメだって言ったの。でも、しょうがないのよ。ね、にーちゃ、ねーちゃ」


 そう言って、シルファは笑った。

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