第54話 一つの成功と大きな失敗

 学校から帰ってくると、カナリとシルファは昨日と同じ、遺跡近くの森の中にいた。部屋の中には落ち葉がちらほら。部屋の窓が開いているわけもなく、全部穴から入ってきたものだろう。


「はぁ……はぁ……なんだシオン、帰ってたのか。早かったな」

「調子悪くて、最後の科目が自習だったし帰ってきた」


 昨日の魚が原因かなぁ。喋る魚なんて食ったの初めてだったし、きっと胃がビックリしたんだろう。そう思っておこう。

 二人は揃って汗をかき、肩を上下させている。


「二人でなにしてたんだ?」

「カナリねーちゃと追い駆けっこしてたの! カナリねーちゃすごいの! ぜんぜん追いつけなかったのよ!」

「シルファもな。なんどか追いつかれそうになった」

「へー、そりゃすごい。それで落ち葉があったのか。はい、カナリ。シルファも」


 汗をかいた二人に飲み物を渡す。カナリには微炭酸飲料を、シルファにはオレンジジュースを。陽が当たってたせいかそこまで冷えてなかったけど、運動した直後に冷えすぎた飲み物ってダメなんだよね、たしか。

 それに、運動したあとの微炭酸って最高だよね。こう、スカッとするというか。刺激が心地いいというか。カナリもガブ飲みだ。シルファは炭酸がダメみたいで、昨日飲ませてみたら面白い顔をしてたな。


「……げふっ」

「カナリさん、下品ですよ」

「ねーちゃげひーん!」

「はいはい、悪かった」


 まったくだ。シルファが真似したらどうする。にしても、二人で追い駆けっこか。もう痛みも引いたのかな。


「もう大丈夫なんだな」

「九割五分ってとこかな。そろそろ次を考えなきゃいけないな」


 次か……俺たちが次にやることは、なにも変わってない。森遠墓所を出て、セルドストに向かわないと。


「それと、返事があった。山道のほうから狼煙が見えたぞ。たぶんサラとセリ」

「火事の煙を見間違ったとかじゃないよね」

「薄くなってたが途切れ途切れで煙が上がってたし、規則的なもんを感じた。それに、昼過ぎに風船を飛ばした直後だったからな」

「そっか、気付いてくれてたんだ……」


 それはとても嬉しいことだ。反応したってことは、二人もここに向かってくれているはず。そうなったら……


「にーちゃとねーちゃ、帰っちゃうの……?」

「シルファ……」


 カナリめ、自分から話すのを躊躇ったな。それとも、俺に任せるという意味なのか。でも俺は、なんて答えればいいんだろう。

 ここでシルファと一緒にいることはできない。それはカナリも同じ。じゃあ、ついてこいと言ってもいいのか? ここはシルファの集落で、墓守としての役目もある。でも……もしシルファが、一緒にいたいと言ってくれたら。一人でいるよりも、俺たちといるのが楽しいと言ってくれたなら。


「わかったの!」


 俺がなにかを言う前に、シルファは元気に、いつもと変わらず、笑顔を見せた。


「シルファ……その、一人で辛くないの?」

「大丈夫なのよ。シルファはここにいなきゃいけないの。外に出ちゃだめなの。それにね、一人はもう慣れたのよ」

「それは慣れちゃいけないものだよ」

「でも、慣れるものなのよ。それにね、ときどき人も魔物もくるの。だから楽しいの。でもね、にーちゃとねーちゃその中でも特別だったのよ。最初は弱いからつまんないなーって思ったけど、今までで一番楽しかったのよ」

「シルファにとっては魔物も遊び相手か……」

「そうなの。だから一人は慣れたけど、つまんなくはないのよ。じゃあ、シルファは出口の魔物の様子を見てくるのよ!」

「あ、ま、待ってくれシルファ」


 駆け出そうとしたシルファを、思わず呼び止めてしまった。


「その……ここから出て行くとき、遺跡を案内してくれないか? やっぱり、シルファのご両親に手を合わせたいから」

「うーん……わかったの。でもでも、シルファの側から離れないってお約束なのよ? シルファがいないときは、近づいちゃダメなの」

「うん。わかった」

「行ってくるの!」

「あ、危なかったらすぐ戻ってくるんだからね!」


 わかったの、と走りながら返事をして、シルファはあっというまに木々に隠れ、見えなくなった。


「……あれでよかったのか」

「よくはないよ。でも、俺たちはここにいられない。前に進む。それとも、二人してシルファと一緒に暮らすか?」

「……バーカ。穴だけのくせに」

「そうだよね。――よし! カナリは高周波ブレードの修行をしててくれ。学校にいる間に、ちょっといい手を思いついたから試してみたい」


 墓標代わりに使っていたというわりには、まだまだ使えそうな武器が何本かあった。それを使って、作ってみたいの武器がある。


「学校って勉強するとこじゃなかったのか」

「異世界の勉強ってことで。カナリって、剣の分解とかできたよね」

「それなら、前にサラから教えてもらったけど。でも詳しくはないぞ」

「いいよ、わからないところは俺のほうでも調べる。なら始めよう」



 ――――



 シルファが入り口の様子を見に行ってから二時間ほど。カナリと一緒に武器を改造してからちょっと出かけてたんだけど、シルファはまだ戻ってないみたいだな。


「ただいまー」

「おかえり。調子悪いのに、どこ行ってたんだ?」

「近くのケーキ屋。シルファが帰ってきたら、晩飯のあと食べようかなって」

「未練タラタラだな」


 そりゃ未練もあるさ。俺たちが去ったら、シルファはまた一人。楽しい思い出を作るくらいしか思いつかなかった。まぁ、ホールは高くて買えなかったけどね。定番のショートケーキにチーズケーキ、プリン、シュークリーム。もう財布もすっからかん。


「ずっとやってたのか。ソレの調子は?」

「ちょっと握りにくいけど、だいぶいい感じだ」


 カナリが手に持っているのは、少し太目の長剣の柄に、細身の刀身を接いだ武器。だけど刀身をネジ止めした柄は隙間だらけで、そのままだとガタついてまともに使えない。薄い板状のゴムを隙間に詰めたが、それでもまだ少し隙間はある。しかし、その隙間が重要なのだ。上手く作れてよかった。

 ちなみに、ゴムは自転車のチューブを解体して作った。さようなら、リッカの自転車。最近乗ってなかったみたいだし、別にいいよね。


「――ふぅ」


 カナリは息を吐き、刀身が安定しない短剣を握る。正面の木の幹は傷だらけ。もう何度も剣を当てているんだろう。

 太く背の高い木。本来はもっと細く柔らかい、背も低い木らしいのだが、崖に囲まれ風が吹かない環境ならではの成長をしたんだろう。


「弱い弱いって言われたままなのも、癪に障るよな。一度くらいは成功させたい」


 だったらもっと堅い木でやれと言いたい。木の傷跡を見るかぎり、今のまま堅い木で試したら、剣のほうがはじかれるだろうけど。


「すぅ……ふぅ……細かく……細かく……」


 下を向き薄く開けたカナリの目には、なにが映っているのだろう。震える刃を見ているのか、それとも目に見えないものを見ようとしているのか。


「鳥の羽ばたきよりも……虫の羽音よりも……もっと……もっと……もっと……!」


 カタカタという音は徐々に小さくかぼそく、羽ばたきから不愉快な羽音へ。刃が多重に見えることはない。一本の刃が、目に見えぬほどの振動を発する。

 カナリの額には汗が浮かび、アゴから流れ落ちる。そして、キィンという耳鳴りに似た音を立てる刃に落ち――パッと水滴が蒸発した。


「――ッ! はぁっ!」


 剣の先端が木の幹に吸い込まれた。そう錯覚するほど、刃が木の幹を通り抜ける。

 シン……と数分前と変わらぬ静寂を取り戻す森。いっけん、なにも変わらないように見える。だが、目の前に成したことの証があった。


「やっ……た……」


 幹の太さの四分の一ほど切れ目が入った木を見て、カナリがポツリと呟く。


「やった! やった、やったやったやった! 見たかシオン!」

「おお、見てた! さすがカナリ、マーニデオ一のセンスの持ち主!」

「うるせぇなぁ! でももっと褒めていいぞ!」


 二人してひとしきりはしゃぎ、別の木の根元へと移る。

 さっきのよりも背が高く、堅い木。幹の太さも倍はある。きっと種類も違うんだろう。


「これが伐れたら、もう威力は十分だろ」

「そうだな。実戦で使えるかは別にしても、威力は確かだ」

「……え、実戦で使えないの?」

「これ、すっげぇ疲れる。魔力の量とかじゃなくて、制御に気を使うんだよ。時間もかかるし。実戦で使うなら、もっと素早く、正確に制御できないと」

「じゃあ、練習あるのみか」

「おう。だから感覚を忘れないうちに、と」


 再び剣を構え、集中する。さっきのときと同じくらい時間をかけ集中し、カナリは木に向かい斜めに剣を振る。

 今度は途中で刃が止まったが、幹の三分の二くらいまで切れ目が入った。振り切れなかったのは残念だけど、これでも十分、魔物とは戦える……けど、この威力を発揮させるのに要した時間は五分弱くらいだろうか。たしかに実戦で使えるとは言えないな。集中している間はずっと魔力を使ってるわけだし、燃費がいいとも言えない。


「あ、ヤベ」

「どうしたカナリ……って、おおおおおおおッ!?」

「――ッツ!!」


 目の前に迫るのは、メキメキと音を立て倒れてくる大木。しかもちょうど、俺の穴がある場所。カナリが横に動いたことで直撃は避けれたが、衝撃で穴から土やら小石やらが飛び込んでくる。


「死ぬかと思った……」


 大木の幹の半分以上を伐った。そうなったら、切れ目に合わせて自重で倒れるにきまってるよね。うん、やりすぎたね。

 文句でも言ってやろうかとカナリを見ると……なんか、青い顔してる。


「……シオン、木が倒れたところ、わかるか」

「倒れたって……あ」


 気付いた瞬間、顔から血の気が引くのがわかった。

 これはマズい。最後の最後に、なんてことだ……


「遺跡が……!」


 倒した木はよほど重かったのか、他の木をも巻き込み、遺跡の近くでまで土煙が上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る