第53話 死者の眠る場所

 さーて、どうするべきか。

 今のままじゃ、カナリが高周波ブレードを会得することができない。枝より硬くて金属より柔らかい素材の刀身に、振動を伝えないような柄。……そんなもの、あるのだろうか。

 昨日はシルファのガシガ料理を食べて、すぐに寝ちゃったからな。家で調べ損ねた。かといって、ここじゃ調べたくないしな。


「……はぁ」


 吐いた息が白い。エアコンの効いた教室じゃ眠くなるからって、屋上に出たのは失敗だった。春を過ぎれば昼食時に賑わう屋上も、今はだーれもいない。コンビニで買ったメンチカツパンも、寒すぎて半分しか減ってないし。思考まで凍りつきそう。さっさと校舎に戻って、購買の自販機でホットコーヒーでも買おう。

 こんなことなら、カスカを『高周波ブレードを作ろうじゃまいか』とか誘ったほうがよかったかもしれない。


「あ」


 屋上から退散して階段を下りていると、ダンボールを抱えた女子生徒を見つけた。どこかで見たことある顔。たしか一年のときにクラスが一緒だった、海藤かいどうミカさん。黒髪におさげにメガネ、地味コンボ炸裂で逆にクラスでも目立っていた。それは今もお変わりないようだ。

 ここで会ったのも、なにかの縁。それに、海藤さんの親は医者をやっていたはず。


「こんにちは久しぶり。手伝うよ。どこに運ぶの?」

「か、神楽くん……!?」

「早くしないと腕が抜けそう」

「その、理科室なんだけど……あと、重くないよ」

「そう? ああ、言われてみれば意外と軽いね。さ、いこう」

「あ、ま、まって」


 理科室は三階にあるからまた戻ることになるけど、昼休みの時間はまだ残ってる。缶コーヒーで無駄金使わないで済むし、いいや。

 ちらりと覗いた中身は、試験管とか木製の器具ばかり。量もそんなに入ってない。これなら女子でも運べるだろう。だからって受け取ったものを返すつもりはないけどね。軽いし。ついでだし。


「これ、どうしたの?」

「次の科目、理科だから日直は運んでおけって、先生が」

「もう一人は? 日直って二人だよね」

「その……連絡きたときには、もういなくて……」

「ふーん。じゃあ俺はその代わりってことで。ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」


 唐突すぎただろうか。よく考えると、海藤さんとこんな風に話したことなかったな。最近、見知らぬ人と知り合う機会が多くて、そこんとこがマヒしてるかも。


「き、聞きたいことって?」

「海藤さんの家って、医者の家系なんだよね。医療器具に最近興味がありまして、色々と教えてくれたら嬉しいな」

「神楽くん、医療関係の大学に進学したいの? ふふっ……」

「どうして笑うのさ」

「ご、ごめんね。なんか、似合わないなーって思って」


 思ったよりズバッとものをいうな。俺が医療関係って、そんなに似合わないだろうか。似合わないね。即否定レベルで。


「進学とかじゃなくて、超音波メスってあるだろ? 知ってれば教えて欲しいなって」

「……? なんでそんなのに興味があるの?」

「それは……だってカッコイイじゃん。超音波でメスだよ」

「ふふっ……」


 また笑われた。大変遺憾である。


「うん。その理由のほうが神楽くんらしい。相田くんとや他の男子と、いっつもそんな話してたよね。昔のマンガを持ってきて、最強のぱおぺい? を決めよう、とか」

「そんな時代もありましたねー」


 そういや、カスカとも一年から一緒だったな。バカな話を聞かれていたとは、ちょっと恥ずかしい。


「今は強い医療器具はなにかってところ?」

「そんなところ。で、どう?」

「私も詳しくないし、ネットで調べたほうが早いと思うけど……普通のメスより出血が少ないとか、それくらいしか知らないわ」

「そっか……やっぱり、メスの刃の部分だけ振動するんだよね」

「そうじゃなきゃ、手術なんてできないもの」

「刃の部分をどういう仕組みで振動させてるとか……はわかんないよね」

「それこそ超音波メスの設計書とか、医療器具のメーカーじゃないとわからないと思うよ」

「だよねー。ありがと」

「ううん。こっちこそ、ありがとう」


 理科室の机にダンボールを置いて、お手伝い完了。けっきょく、知りたいことはなに一つわからなかった。収穫は、海藤さんが意外と話しやすい人だったという点くらいかな。

 まぁ、仕組みがわかっても魔法で扱えるレベルまで落とし込むのは難しいかもだし。別で考えないとねー。できれば単純に。やっぱり包丁なんかじゃなくて、ちゃんとした武器が欲しいところだな。


「っと……ごめんね」


 理科室を出るとき、廊下から入ってくる女子とぶつかりそうになった。……なんか睨まれたんですけど。こえーこえー。

 あ、予鈴だ。昼休みも終わりか。けっきょく、残ったパンを食べる時間はなさそうだな。



 ――――



 家に帰り穴を覗くと、そこはシルファの家じゃなかった。温泉でもない。残念。

 そこは森の中。昨日の森よりも、もっと鬱蒼としている。


「で、ここはどこ?」

「遺跡の近くだよ。ほらあそこ、屋根が見えないか」

「見えるね。あれが遺跡か」


 木の隙間から、石造りの屋根が見える。ここが森遠墓所なのか。ピラミットみたいな建造物ではなく、古い寺院みたいだな。


「掃除の手伝い?」

「いや、遺跡の掃除をしていいのはシルファだけなんだと。そういうしきたりだってさ。それに一族の墓もあるから、見て気持ちいいもんじゃないだろって」

「世話になってるし、一回くらいは手を合わせておきたいとこだけどね」

「ここから出るときにでも、シルファに頼んでみな」


 カナリの足の調子もよさそうだし、ここから出ていくのも近いか。出口の魔物を倒す日を聞いて、その前にでもできないか頼んでみようかな。


「じゃあカナリはなんでここにいるんだよ」

「昨日、シルファに言ってあったろ。使えそうな武器はないかって」

「遺跡に武器があるの? もしかして伝説の武器とかだったりするのかな」

「ないだろ。なんか、沢山持ってくるって言ってたし」


 沢山って、どういうことだ? 昔の戦争で使った武器が収められてるとか、そういうことだろうか。どういった由来の遺跡なのか知らないし、ありえそう。


「――ただいまなの。あ、シオンにーちゃも帰ってるの! おかえりなの!」

「ただいま。そしておかえりシルファ」

「うんなの!」


 両手一杯に武器を抱え、シルファが遺跡から帰ってきた。

 あー、癒される。セリたんとは別の意味で癒される。元気っ子もいいね。見てるだけで、こっちも元気になる気がする。


「シルファの持ってるのが、遺跡にあった武器?」

「遺跡じゃなくて、集落で使ってた武器なのよ。お墓の代わりに刺してたの」

「……それ、使っていいの? 思い出の品ってことでしょ」

「いいのよ。シルファが覚えてるの。みんなお墓で眠ってるし、シルファには鎌があるの。それに、これはみんな武器なのよ。人じゃないの」


 こういうときの表現は、リアリストで合っているのだろうか。

 長剣に短剣に槍、杖なんてのもある。種類も豊富で色々と試せそうだ。だからって使っていいよと言われて、そう簡単に……って、カナリがもう受け取っちゃってるし。


「集落のみなさんすみません、使わせてもらいます」


 遺跡に向かって、手を合わせて頭を下げておく。


「今日こそ川でお魚を捕ってくのよ」

「魚かー。網とか仕掛けがあるのかな」

「ううん。川の近くに竿が置いてあるから、にーちゃとねーちゃも一緒に釣るのよ」

「釣りなんて山を下りて以来、やってねぇな」

「俺なんて、川で釣りをするの始めてだ。……ブレードボアが襲ってきたりしないよね」

「だいじょぶだいじょぶなの!」


 ……シルファがそう言うなら、信じておこう。それに、こんなに楽しそうにされたら、断るに断れない。苦笑いをしながらも、カナリも考えは一緒のようだ。


「持ってきた武器は、俺が一旦預かるよ」

「おー! それは楽ちんなの! じゃあじゃあ、ねーちゃと手を繋げるの!」

「オレぇ……? 別にいいけどさ」


 頬を掻きながら、カナリはシルファの手を握る。


「はい、にーちゃもなの!」

「俺もか。はい、どうぞ」


 差し出されたシルファの手を握る。シルファの手は掃除をしていたせいなのか、少し冷たかった。


「そんなに笑って、どうした」

「えへへ……とーちゃとかーちゃが帰ってきたみたいなの。うれしいの」

「……くっ」


 あ、カナリが顔をそらした。


「お魚たくさん捕って、一緒に食べるのよ」

「おー! ほら、カナリも」

「お、おー」


 サラちゃんとセリたんには悪いけど、シルファと出会えてよかった。そう思った。思って、しまった。


「どーしたのにーちゃ。泣きそうな顔してるのよ?」

「気にしなーい、気にしなーい。シルファが気にすることじゃなーい」


 心配したのか、ギュッと俺の手をシルファが握る。その手は、とても熱かった。


 ――そして今日のオチ。


「タス……ケテ……」

「キェェェェェェアァァァァッ! サカナガ、シャベッタァァァァ!!」

「お魚なんだから、喋るにきまってるの」

「死ぬ間際にな。助けてソレしか言わないけど」


 あまりにもピンポイントすぎるだろ。なんだよそれ。なんで魚が喋る。

 この世界を作った神って、あったまおかしいんじゃねーの?

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