第52話 そうそう上手くはいかないもので

 俺たちはまず、そこら辺に落ちていた枝を手に持ち、魔法で揺らすことから始めた。


「振動……揺れる……」


 イメージを頭に思い浮かべ、枝に魔力を流し制御する。カナリは特に表情も変わってないし、使ってる魔力の量にも問題はなさそうだ。

 ゆっくりと左右に揺れる枝は徐々に勢いを増し、多重に見える。そのまま枝を振り木に当てると、パパパンッと音を立て、枝が折れた。


「こんな感じか?」

「えーと……たぶん……?」


 俺も高周波ブレードについて書かれているサイトを見ながらだから、すぐに返事はできない。たぶん、とか、いいかも、とか曖昧なことしか言えない。

 高周波ブレード、超音波ブレード、振動剣――どれもこれも、細かく振動させ削切させる。振動の熱で対象を切断すると書いてあるところもある。医療用の超音波メスなんかは実在するし、動力を魔法に置き換えられればいけるとは思うけど、んなもんの変換式なんてわかんないしなぁ……


「振動の幅はもっと小さく。枝が二本にも三本にも見えるんじゃなくて、一本のまま細かく振動してる感じ……かな」

「そこまで制御できっかな……わかった。やってみる」


 カナリはまた枝を持ち、目を閉じ集中している。

 枝が折れたのは、大きく振動して何度も木に当たったから。強度不足も関係しているかな。武器の性能は関係ないかと思ってたけど、硬いモノじゃないと意味がないかもしれない。

 枝ならよくしなるし練習にはいいかと思ってたけど、そこも考えなきゃな。


「……ふっ!」


 さっきより振り幅が小さくなった枝を、また木に当てる。今度はパパンッと音を立てた。さっきよりも木を叩く音が細かくなっている。だけど、まだ目標には遠い。もっと細かく、もっと音を一瞬に。何度試しても、上手くいっていない。


「……逆に枝だとしなりすぎるのかな? カナリ、枝じゃなくて武器を使ってみてよ」

「武器か。っても、ナイフしかないぞ?」

「レイピアはどうしたんだよ」

「川に落ちたときに捨てた」

「あー……鉄の塊だしね」


 泳げないなら、川の中で武器なんて重しなだけだよね。盗賊のナイフが残っただけいい。カナリの生命線でもあるし。


「あと、このナイフで試したくない。ヘタに魔力を流して、効果が消えたりしたら怖い」

「そこまでデリケートなのか」

「さぁな。だけど、どうなるかわかんないのは本当。だから使いたくない」


 そこまで心配することなら、ナイフに余計な負担をかけるもあれか。だったら、別の武器を探さないと。


「あとでシルファに聞いてみよう。それにしてもカナリ、ずいぶん調子がよくなったみたいだね」

「ああ。痛みは消えてきた。もう少しで走るのも逃げるのも大丈夫だ」


 軽く飛び跳ねてみせるカナリに、先日までの違和感は感じない。温泉がよかったのかな。そういや、俺も筋肉痛が治ってるな。手首の痛みもないし。さすが温泉。


「あとさー、気のせいじゃなければ、魔力が強くなってないか? 氷の爪楊枝が、氷の串になってたけど」

「まぁ、な」

「ロックイーターと戦って、成長したってこと? でかいガルスを召喚したんだろ」

「たしかに、あれ以来強くなったのは認める。ほんの少しだけど」

「また同じことがあったら、もっと強くなるんかね」

「かもな。でも、絶対にイヤだ。あんなこと、また起こってたまるか」

「なぁ、なにがあったのか教えてくれよ」

「イヤだ! 絶対に話さない。シオンは知らなくていいことだ」


 そこまで嫌がることか。なんだろう、代償になんかあるのかな。ふっふっふ、力が欲しければお前の体を差し出せ! くっコロ! みたいな?

 ……ないな。カナリが言いそうなのは、くっ、殺せ! じゃなくて、くっ、殺してやる! だな。あと、本当にそんなんだったら相手は俺が殺す。


「んなことより、シオンはなんか持ってないのか。武器になりそうなもん」

「家にあったかなー。武器……武器ね……」


 剣なんかが家にあるわけもなく……あ、あった。武器として使っちゃいけないからこそ、スーパーなんかでも普通に売ってるやつが。


「ちょっと待ってて」


 階段を降りて、台所へ。たしか流しの下にしまってたはず。もう捨てる予定だったのが……これか。

 発見したブツを、部屋に戻りカナリに渡す。


「なんだ。あるじゃねぇか」

「武器じゃなくて包丁ね。料理するときの刃物だから」

「どっちも一緒だろ」

「一緒じゃないから。魔物を斬ったナイフで料理とか、ちょっと勘弁してもらいたい」


 気分的にも、衛生面的にも。

 カナリに渡したのは、柄まで一つの金属でできた包丁。もうトマトも上手く切れない包丁だけど、練習で使うんだから切れ味はいらない。


「んじゃま、これで試してみるか」


 包丁を構え、揺れろと念じる。最初に大きく、徐々に小さく。枝を使っていたときよりも振動の幅が小さい。やっぱり、枝が柔らかすぎたのか。

 小さく、細かく、もっと、もっと……そして――


「ッ、はぁ!」


 カナリは大きく息を吐き、包丁を地面に落としてしまった。包丁を握った手を押さえ、震えている。いやカナリが震えてどうする。


「ど、どうした。怪我でもしたのか?」

「手が痺れる! かゆい! くすぐったい!」

「あー、なるほど……」


 しなる枝と違って、刃の部分を振動させたら柄にもモロに伝わるよね。そりゃ手も痺れる。これは盲点だった。を振動させる仕組みを考えないとダメなわけか。


「おいシオン、これダメじゃないか?」

「諦めんよ! なんでそんな簡単に諦めるんだよ! もっと頑張れよ!」

「騒がしいし暑苦しい」


 そりゃ熱い心を持つ男の真似をさせてもらいましたからね。


「実際のところ、いい線いってたとは思う。たぶん。さすがマーニデオ一族の中でも、センスを認められてただけはある」

「んな世辞はいい。で、ここから先はどうすんだ」

「まぁ、俺のほうで色々と考えてみるよ。今日は風船飛ばして集落に帰ろう」

「だな。崖に囲まれてる分、ここは夜が早い」


 空はまだ青いけど、太陽は崖に隠れ、窪地には影が差している。暗くなってまでここにいる意味はない。振るわせるだけならどこでもできるわけだし。

 風船を作っていると、獲物を肩に担いだシルファが帰ってきた。


「あー! また遊んでるの! シルファも遊ぶの!」

「遊びじゃないんだけどねー。ほい」


 膨らませた風船を一つ糸を結んで、獲物を降ろして近づいてきたシルファに渡す。シルファはぷかぷかと浮かぶ風船を受け取ると――


「やーーー!」


 まあ、なんと元気がよいのでしょう。叩いて速攻で割りやがった。


「楽しいの!」

「……よかったね。あとで割れにくいボールあげるからね」

「やったぁぁぁ! なの!」

「喜んでもらえてうれしいよ。それで、シルファはなにを捕ってきたんだ」


 地面に降ろされた獲物は、細身の四足の動物だった。大きさはシルファより少し小さいくらい。でも、わかるのはそこまで。だって首から上がないんだもの。落ち着けー俺。いつも食ってる肉だって、解体されて店にならぶんだからね。


「ガシガ捕ってきたのよ。血抜きもしたの。中は家に帰ってからするの」

「がしが? うーん……シカに似た生き物かな。尻尾とか、テレビで見たことある形してる」

「ちっちゃい角があって、可愛いのよ」

「そのセリフを狂気と捉えるのは、俺が平和な世界の住人だからだろうか」


 こっちにいるシカだって可愛いけど、食べても美味しいって聞くしね。そして俺は狩人とかになれそうにない。あんなつぶらな目で見られたら、絶対に逃がしてやる自信がある。


「ボールくれるお礼に、にーちゃにはコレあげるのよ! ご馳走なの!」

「お、嬉しいな。いったいなにを……」


 シルファが腰に下げた袋から取り出したモノを見て、自分の表情が固まったのがわかった。いやー、きついっすよシルファさん。


「はい、どうぞなの」

「うひぃ!?」


 穴に入れられ、机の上にゴロリと転がったのは、ガシガの頭だった。

 シカだねー。形はシカっぽいねー。角もあるもんねー。でもねー、なんで目が四つあるのかなー。ちょっとー、そんな虚ろな目で見ないでくれます? って、聞こえてないですよね。はっはっはっ! ……あ、ダメだ。我慢できません。


「んなはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 部屋から逃げ出しましたよ。ええ。吐かなかったことを褒めて欲しい。

 ちなみに、シルファが料理してくれたガシガ料理はとても美味しかった。頑張って食べたよ。でも頭はシルファに返しました。

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