第51話 さぁ修行を始めよう

 帰宅部の俺は部活に集まる必要もなく、早々に家に帰りつく。学校で思いついたアイデアを、早くカナリに話してみたい。

 どういう反応をするだろうか。ありえないと一蹴されるだろうか。でも、俺の世界ではありえない魔法ちからを使えるカナリだ。カナリのセンス次第では、強力な武器になる――はずである。


「ただい……ぬ?」


 部屋のドアを開けた途端、異変に気付いた。真冬の部屋なのに、ほんのり温かい。もちろんエアコンは切ってある。そして、じんわりと顔に纏わりつく、この湿気はなんだ。


「パソコン大丈夫か、これ……」


 上着を脱ぎ、タイを弛めながら、机に向かう。いつもならさっさとパソコンの電源を入れるところだが、今は怖い。

 蒸気の発生源は机の上に置いてある、なぜか背面を見せ裏返っているディスプレイから。


「……俺が帰ってきたの気付いてないな、これは」


 窓に近づくと、穴からは染み一つない、しっとりと濡れた腕が生えていた。腕は机の側にある窓に向かって、雫を机や床に垂らしながら伸ばされている。あーあー、あとで拭かなきゃ。

 窓の鍵を開けようとしてるんだろうけど、あと数センチのところで指が届いていない。


「ふむ」


 肩まで伸ばされた腕は、脇まで見えている。静かに机の一番下の引き出しを開け、ビデオカメラを取り出すと、録画を開始した。呪いのビデオ顔負けのリアル。これ、テレビ局に売ったら金にならないかな。

 カメラを回しながら、窓の鍵を動かし、指にかけてやる。


「やった! 届いた!」


 どこかで聞いたことのある声だ……この怪現象の正体は……!


「くそっ、シオンもさっさと帰ってこいよな」


 いや知ってるけどね。カナリだってわかってるけどね。そしてもう帰ってきてますよー。

 カナリの腕は鍵を開けると窓を開け、縁に手を掛けてガタガタとディスプレイごと窓に近づく。ディスプレイの横にいる俺には気付かない。

 目的は外に置いてある飲み物か。何度も手を引っ込めては距離を測り、また伸ばす。だが、窓と違い距離が違う。どう伸ばそうが届きそうにない。最後にはうな垂れるように力が抜けた。まったく……さっさと俺に気付けば、飲み物くらい取ってやるのに。


「……ガルスなら」

「やめて!」


 引っ込めようとした腕を掴んで阻止する。ガルスなんて呼ばれたら、部屋の中がめちゃくちゃになる。あとそんなことに魔狼を召喚するな。


「なぁぁぁぁッ!? は、離せ! アイシクルランス!」

「うおっほう!?」


 かすった! 脇腹かすった! 氷の爪楊枝がワイシャツ突き抜けて壁に刺さった! ってか、なんか爪楊枝でかくなってない? 焼き鳥の串くらいになってるんだけど?


「俺だカナリ! 俺の部屋なんだから俺に決まってるだろ!」

「シ、シオン……?」

「そう! シオンだ! 怖くないぞー」


 髪を濡らしたカナリと目が合う。ほーら、俺だ。だから落ち着け。魔法なんて使うな。


「……(ニコッ)」

「は、ははっ、わかってくれた?」

「ウィンドブラスト」


 額でなにかが弾けた。いだい。まるでデコピンを食らったような……


「帰ってきたんなら、帰ってきたって言え」

「言ったからね? ……八割弱くらいだけど」

「あとその手に持ってるのなんだ」

「ビデオカメラですがなにか?」


 もう一度、額でなにかが弾けましたとさ。



 ――――



 痛む額をさすりながら、穴から外を見る。

 そこは森の中。着替えたカナリのほかに気配はない。魔物が出たときに逃げられるよう、集落にも近い。さっきまでシルファもいたが、『今度はシルファがご馳走するの!』とか言って森の奥に入っていってしまった。


「これ、返しとくぞ」


 カナリが寄越したのは、空になったヘリウム缶と風船の入っている袋。それと、煙玉という花火の空袋だ。


「上手くいった?」

「ああ。朝に試したら崖の上までいってたし、こっちを見てたんなら気付いてもおかしくない。誰かが見てたんならな」


 地面から狼煙を上げても、崖の上を越える頃には風でかき回され薄くなる。それなら、狼煙の上がる場所をもっと上にもってくればいい。だから風船に狼煙代わりに導火線を延ばした煙玉を付けて、空に飛ばしたってわけだ。崖の上で色付き煙が出れば、それだけ目立つ。

 ヘリウム缶は昨日のうちに百貨店で買っておいたし、風船はサージャオ戦で使ったのが余っていた。煙玉は時期が時期なので探すのに苦労したけど、近くの駄菓子屋でやっと見つけた。シケってなくてよかった。俺の財布も飛んでいきそう。


「見てくれたかどうかは運だからね。缶も煙玉もまだあるし、夕方にも飛ばしてみよう」

「そうだな。あとシルファが風船欲しがってたぞ。何個か割られたから、頑丈なの頼む」

「割れない風船とか、なかなか無茶をおっしゃる」


 シルファには母さんが買って速攻で飽きたバランスボールでもあげよう。あれなら多少雑に扱っても割れないだろう。飛ばせないけど、よく弾むし遊び道具にはなると思う。


「で、オレになにをさせたいんだ?」

「昨日話してた、新しい攻撃手段の提案をね。できるかどうかも含めて試してみたい。とりあえず、これを見てくれ」


 ディスプレイの穴を、パソコンに繋いだほうのディスプレイに向け、とあるゲームを起動する。多少動作が重い気がするけど、タイトル画面からデータをロード。そこには、一体のロボットが写っていた。


「へー……これがゲームか。すげぇな。それで、この鉄のゴーレムみたいなのを召喚させるのか?」

「そんなことができるなら、やってみてもらいたいところだけどね。操縦までできたら文句なし」

「操縦ってなんだよ。ムリだぞ」

「わかってる。言ってみただけ。待ってて、セッティングしなおすから」


 機体のカスタム画面に移り、火力重視の重量型のセッティングを変更してゆく。頭から足まで、カナリに合わせるように軽量型に。見せたいのは武器だし見た目は関係ないんだけど、そこは雰囲気ってことで。


「銃火器系は全部外して……と、できた」

「ずいぶん弱そうになったな」

「カナリがそれを言うか」


 組み上げたセッティングは、細身の二脚軽量機。スピード重視で近接武器オンリー。マシンガンあたりを装備させたいところだけど、それもなし。敵機の攻撃の当たり所が悪ければ、一発で落ちかねない脆い機体。


「最初はこの武器だ」


 作った機体では重量ギリギリの武器、巨大な杭打ち機パイルバンカー。トレーニング用の画面で、無抵抗の仮想敵デコイに打ち込む場面をカナリに見せる。


「鉄の杭を別に用意して、カナリの魔法で打ち込む――ってのはできないか?」

「できねぇよ。あんな杭を動かせるような魔力、オレにはない。そもそも鉄の杭なんて、重くて持てないぞ」

「だよねー。まぁ、これは元から期待してなかった」


 どっちかっていうと、サラちゃんに似合う武器だ。カナリには似合わない。

 もう一度セッティング画面に戻り、次の武器に換装する。


「次はチェーンソー。回転するノコギリだ。ノコギリを別に用意して、カナリの魔法で回して相手を切り刻む」

「杭よりはマシだけど、それでも重いな。もっと薄くて小さくないと」

「もうちょっと筋肉つけろ」

「うるせぇ。ノコギリだけ用意してサラに投げさせろ」

「それはそれで効果が期待できそうだ」


 軽口を叩き合いながら、次の武器へ――そして何度目かの換装をへて。


「シオンこれは?」

「えーと……高周波ブレードだな」

「こうしゅうは?」

「凄く細かい波というか、振動だな。刃を細かく振動させて、相手を斬る武器」

「ふーん。これならいけるかも」


 カナリが興味を示したのは、奇しくも俺がカナリに合いそうだと思った武器と同じだった。これなら武器自体の性能は関係ないだろうし、刃が当たっている間だけ魔力を使えればいい……はず?


「よし、じゃあこれでいくか。どこまで近づけるかは、カナリのセンス次第」

「ん。原理はよくわかってないから、ちゃんと教えろよ」

「俺も手探りになるけど、りょうかい」


 こうして、思わぬところからヒントを得た特訓が始まった。

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