第50話 ヒントはどこに転がっているかわからないものだ

 温泉はいい。それは癒しの極致。頭の中を空っぽにしてお湯に浸かれば、日々の疲れが吹き飛ぶってもんだ。


「あ゛~~~~~……」


 肩まで浸かると、幸せが声となり喉から出てくる。おっさん臭いと言われようが、そんなもんは温泉の前では些事にすぎない。

 温泉に入るカナリたちに涙を流したのは、二人の裸を見れなかったからじゃない。俺も温泉に入りたかったからだ。本当だよ?


「椅子に座ってるだけで疲れるもんかねぇ」


 ディスプレイの穴から、カナリの声が聞こえてくる。湯船と反対に穴を向けてるので、俺の裸は見えていないはず。そっちには、さぞや綺麗な夜空が広がっていることだろう。

 俺とカナリの位置が変わったわけじゃない。仕組みは簡単、俺の家の湯船に、温泉を汲み入れただけ。ディスプレイを風呂場に持っていいって、穴を湯船に向ける。あとはカナリが穴をそっちにある温泉に沈めれば、穴を通ってお湯が湯船に溜まる。

 風景がいつもの風呂場ってのが悲しいけど、そこを差し引いても温泉の価値は高い。


「見えないところでがんばってんだよ。隊商の移動中、叔父さんとこでバイトしてたし。肉体労働だったからな」

「壊したワイヤーと重機だかの弁償だっけか」

「おかげで小遣い稼ぎどころじゃなくなった。はぁぁぁぁぁ~……」


 疲れた体に温泉が染みる。筋肉痛だし、シルファに握られた手首も痛いし。

 ワイヤー一本と、ロックイーターを引っ張ったせいでフレームの歪んだ重機の弁償。バイト代を全額弁償にまわすわけじゃないけど、何割かは天引きされる。しかし、数ヶ月働いて返せるような金額じゃないのよねー……


『大学に行きながらウチで働くか、卒業したらウチで働くか、高校の間に決めておけ』


 叔父さんに昨日、言われた。約束どおり理由は聞かれなかった分、でっかい貸しになってしまったようだ。

 やったぜ。将来なんてどうするか考えてなかったし、就職先が決まったぜ。それもこれも、ぜーんぶ穴が空いたおかげだ! ……はぁ。


「シオンの親父さん、穴についてなんか言ってたか」

「あ~、話してなかったっけ……なかったね。色々忙しかったし。結果は収穫なーし。買ったはいいけど、当時持ってたパソコンのスペックが足りなかったってオチ。買い換えた頃にはクソゲー評価も出てたし、やらずじまいで押入れに行き」


 そんで、プレミア価格がついたころにはすっかり忘れてたと。まっ、ディスクが消えてちゃって、もう売れなくなったけどね。


「親父さんはルキティアル戦記ってのをやってなかったってことでいいんだよな。勇者になりそこねたな」

「……勇者なんて、そんなポンポン出るもんでもないってことだ。時間の無駄だったよ」


 時期的にも、十年前の勇者が親父だとは思ってなかったけどね。

 実は、聞いたのって出張に行く当日の朝だった。覚悟を決めて聞いたのに、情報はなにもない。プレイだってしていない。……ああ、心底安心むだあしだ。


「サラたちに連絡取る手段は考えたか? オレは思いつかなかったぞ」

「一応ね。明日、試そうと思う。明日から学校も始まるし、カナリにやってもらうことになるけど」


 パシャパシャと水を叩く音がする。足湯でもしてるんだろうか。……全部脱いでたりはしないよな。でも覗くのも怖い。うーん……


「難しくないよな、それ」

「え? あ、ああ。こっちの機械を使えとかじゃないから安心しろ。かんたんかんたん。あとで教えるよ。それに、それとは別に考えることもある」

「なんだよそれ」

「名付けて、『カナリのイイ感じな攻撃方法を考えよう』だ」

「……そのまんまだな」


 はっはっはっ。いい名前が思いつかなかった。リッカにでも頼めば厨二的な名前を付けてくれただろうか。


「カナリの攻撃って、たいして効きもしない攻撃とリスキーな攻撃の二種類しかないだろ。その間が欲しい」

「そりゃあ、オレだって思ってるけどよ。サラみたいになれって言われてもイヤだぞ?」

「サラちゃんとは別方向で考えてる。せっかく素早く動けるんだ。そこにある程度の攻撃力が加われば、そこらの魔物相手にサラちゃんを頼る必要もなくなるだろ」


 今から筋トレしてどうにかなるもんでもないからね。サラちゃんのSTR筋力は、もはや天性の素質とか才能の域だ。

 だが、カナリも負けていない。カナリのAGI敏捷だって超がつく一級品だ。サージャオ戦しかり、そこらの魔物に負けるようなものじゃない。そこに盗賊のナイフという逃げ道を知るマジックアイテムもある。そこに魔物を倒せるような攻撃力があれば、不足の自体が起こったときの対応力が段違いに広がる。

 ロックイーターの疣足のように、想定を超えるような魔物の力もあることもわかったし、力は必要だ。


「まぁ、どうすればいいか考えはまとまってないけどね。明日は始業式だけだし、ヒマ潰しにもちょうどいい。……そろそろ風呂から上がるから、大人しくしててくれよ」

「はいはい」


 湯船から上がり、肩を回してみる。……うん、軽くなった気がする。手首の痛みも和らいでるな。

 着替えてディスプレイを抱え部屋に戻る途中――


「シオンー、お風呂にそんなの持ってってどうしたの。……まさか、二次元の嫁を写して『混浴だー』とかしたわけじゃないよね。感電するよ?」

「俺はどんな変態だ。ジュースかかって壊れたから、風呂のついでに拭いてただけだよ。リッカは今から風呂か」

「そうだよー。……ホントに変なことしてないよね」

「してないって。そうそう、風呂に入るなら教えてやる。今日の風呂は温泉だぞ」

「なに、入浴剤使ったの? めずらし」

「そんなとこ。無色透明だけど、効能は保障する。じゃ、おやすみ。明日寝坊すんなよ」

「そっちこそ、ゲームばっかりしてないで早く寝なさいよね」


 ふん、余計なお世話だ。せいぜいゆっくり浸かって筋肉を癒すがいい。



 ――――



「バカじゃないの! バカじゃないの!? なんであんな時間まで寝てんのよ!」

「俺のせいにするなよな! そっちだって大量に目覚ましかけてたのに、けっきょく寝てただろ! 俺が起こさなかったら、二人して遅刻するとこだったんだぞ!」

「あー! こんなことで皆勤賞逃したくない!」

「なら走れ!」


 カナリに今日やることを教えて、そのあと世間話をしていたら寝過ごしてしまった。その結果、こうして始業式当日に二人して通学路を走るはめになっていた。

 校門を抜け、予鈴の鳴る廊下を走る。リッカと別れ、自分の教室のドアを開けると担任はまだいなかった。


「セーフ!」


 机にカバンをかけていると、廊下からリッカの悲鳴が聞こえた気がした。けど俺は大丈夫だった。だから問題なし!


「ギリギリだったな。あの悲鳴、リッカちゃんも一緒だったのか?」


 後ろの席から声をかけてきたのは、坊主頭をした相田カスカという同級生。野球部の主将で、どこが微かだとツッコミたくなるほど存在感が濃い。顔の掘りも髭の剃り跡も濃い。名が体を現さない代表である。


「一緒だったよ。そっちは朝から元気そうだな」

「朝練で早起きには慣れてるからな。夜中までゲームでもしてたのか?」

「ゲームだったらよかったんだけどね~。友達と通話してたら遅くなった。あと、ウサギさんから目覚ましの音がうるさいって文句が出た結果、時計が壊れた」

「なんだそりゃ」


 ほんとだよ。朝起きたら目覚まし時計に石が投げられて壊れてた。犯人はリッカでもカナリでもなく、シルファ。シルファは音に敏感らしく、目覚まし時計の音が気に障ったようだ。石で目覚まし時計が破壊されて、俺もよく起きなかったもんだ。明日はリッカに一つ時計借りよ。

 あ~……硬い椅子に硬い机。学校が始まったんだと実感する。めんどくせ。


「ウサギって、まさか女じゃねぇだろうな」

「……違うよ?」

「本当か? 違ったらバッピな。距離は三十センチな」

「それバット直撃じゃん。ただの暴行じゃん」

「おまえのボールを!」

「ジャストミート!」


 手をがっしりと組む。ただのバカである。楽しいのである。なにが楽しいかわからないけど、楽しいのである。

 ちなみにバッピとは、バッティングピッチャーの略だ。俺のローにあるボールをバッティングさせるわけではない。


「ゲームといや、聞いたか? あのメーカー、新作出すかもって噂よ」

「聞いた聞いた。いつものガセじゃねーの?」

「来週、メーカーから発表があるって」

「マジか」


 それは期待できるかもしれない。ただ期待しすぎると、裏切られたときのダメージが大きいのでほどほどにしておこう。季節の変わり目とか、変な事件があると、いつも噂になるし。


「VRでとかだと厳しいよなー。買えてないし」

「俺も買ってない。そもそも金欠だ。あとアレな、専用コントローラーとか出て欲しいよな。机にボタン一杯のコントローラーにジョイスティック、フットペダルとかな」


 こういうバカ話はいい。心が洗われるようだ。最強のモンスターはどいつか、とか無駄に盛り上がれる。今年で進級に受験とか考えたくないね。……あ、俺はもう関係なかった。


「それでVRとか、最高じゃねぇか。パイロットの気分になれる。コックピット視点で、敵機を真っ二つにズバッ!! とかやってみてぇなー」

「いいよな。やってみた――」

「どうしたシオン。あ、担任きた」


 日直の号令も上の空に、頭の中はある考えで一杯になる。

 いやー、ヒントはどこに転がってるかわからないね。もし上手くいけば、これ以上ないカナリの武器になるかもしれない。

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