第48話 跳兎族の少女とカナリの×××
浅瀬から続く小道の先。そこは水のニオイがしない。鬱蒼とした森の青臭い緑のニオイが立ち込めている。ムワッとはするけど、煙で溢れいていたフルグドラムに比べたら、なんて清々しい空気だろうか。
その緑の中の開けた場所に、一軒の小さな小屋が建っていた。今はカナリが小屋の中で、水に濡れた服を着替えている最中だ。着替えは全部、馬車に置き去り。みんな揃って着替えまでは俺に預けてくれないからね。信用ないね。
「ここまで連れてきてくれて助かったよ。それに着替えまで貸してもらえるなんて」
「いいのよ! 弱そうだから助けるの!」
「困った。強くないのは否定できない。えっと、シルファちゃんはここに住んでるの?」
ここまで案内してくれたのは、目の前で俺を珍しそうに見ている少女だ。ピョンピョン跳ねながら首だけ出した俺の周りを回っているのを見ると、跳び兎の一族というのも頷ける。子供らしいと言ったらそれまでだけどね。大人でもこうピョンピョンしてるんなら、ちょっと落ち着けと言いたい。
「狩りで使ってる小屋なの。泊まることもあるから着替えもあるけど、家はもっと向こう。あとね、シルファはシルファ=シーフォなのよ。チャンじゃないのよ」
「そういう意味のチャンじゃなくてね? うーん……まぁいいか」
ここでは子供をちゃん付けで呼んだりしないんだろうか。シルファたんでもいいんだけど、それはそれで説明が面倒そうだ。それにセリたんがいるしね。たんは特別なのですよ。特別であるべきなのですよ。
「それでさっきの話なんだけど、ここは『
「そうなの。お墓のお掃除に行った帰りに、にーちゃを見つけたのよ」
「にーちゃ?」
「シオンにーちゃはねーちゃ? 男の人じゃないの?」
「ああ、兄ちゃんってことね。男の人で合ってるよ」
なんだろう。ここまで素直に兄ちゃんとか呼ばれるのは嬉しいかもしれない。リッカのやつ、妹のくせしてたいして呼んでくれないからなぁ。
「タイミングがよかった。でも、なんで掃除なんて?」
「そういうお役目なのよ。お墓、一杯あるの。お掃除も大変になってくの」
ふーん。墓守とか、そんな役目なのかな。
お墓か……ピラミットとか古墳とか、そういう類の遺跡なのかね。だから、森遠墓所か。
ここは森と言っても、そこまで平地に広がる森じゃない。立地が特殊すぎる。遠い森の端を見渡すと、壁、壁、壁、そして壁。四方が高い崖に囲まれている。例えるなら、ギアナ高地の陥没穴の特大版、広大な
ちなみに森遠というのは、この窪地にある遺跡へ外から人がくるには遠いから、という意味。そのまんまだね。
「それだけ人里から離れてる、ってことでもあるんだよな……一番近い街まで、どれくらいかかるの?」
「三日くらい歩けば着くのよ。でも、今はダメ。魔物が入ってきて、出口を塞いでるの」
「ここで足止めは痛いな。どれくらいいるの?」
「んとね。沢山なの!」
両手を広げるシルファに絶望を覚える。それで笑ってるシルファもすごい。
「シルファも魔物と戦う……んだよね」
「当たり前なのよ。そうじゃなきゃ死んじゃうの」
……だよね。それがそっちの世界だもんね。
シルファの横には掃除道具のほかに、背負っていた武器が置いてある。長い柄に、薙刀の刃の部分を巨大にしたような、これまた長い湾曲した刃がついている。柄と刃の部分をあわせたら、完全にシルファの身長を超えている。
それに、俺を引っ張ったあの力。やっぱりサラちゃんクラスにSTRが高いんだろう。獣人族だからなのだろうか。こんなちっちゃな女の子なのに。……実はセリたんも強いのかな。
「そのうち倒すから待ってて欲しいの。弱いから死んじゃうのよ」
「……わかったよ」
現地を知ってる人がそう言ってるんだから、従っておこう。
魔物が数体で、しかも一箇所に固まってくれてるんなら、カナリがガルスを召喚すればいけるかもしれない。でも、数もわからないんなら無茶はできない。気を失ったところで後ろから魔物が~なんて考えたくない。強いんだけど、やっぱり使い勝手は微妙だよなぁ。
それに、小さな子に急いで魔物を倒してくれと頼むのも気が引ける。頼むなら、シルファの家に着いてから大人に頼んでみよう。早くしないと、サラちゃんが崖から飛び降りて追ってくるかもしれないし。
「シルファも聞きたいことあるの。シオンにーちゃって、なに?」
「なにときたか……シルファは御伽噺の勇者って知ってるか?」
「知らないの。なーにそれ」
それは説明が面倒な。俺自身、自分を御伽噺の勇者とは言いたくない。でも、そう説明するのが一番楽なのも事実。それが通じないとなると。
「俺はね、異世界――別の世界の人間なんだ。カナリを手伝うために、こうして穴が空いたんだ」
「イセカイとかはわかんないけど、カナリねーちゃのお手伝いさんなの?」
「そういうことなの」
知らないんなら、本当のことを言ってもいいよね。俺はそう思ってるんだし。
「あ、カナリねーちゃ出てきたのよ」
「ずいぶん時間がかかったな。あれ、シルファはカナリは女の人ってわかったんだ。……もしかして臭い?」
「んーん、違うのよ。服が透けてて、おっぱいあったの見たの。ちっちゃかったけど」
歩いてる最中にでも見たんだろう。川から上がって、濡れた薄手のシャツ一枚になってたからね。水を吸って重くなった上着は俺が預かった――というか押し付けられた。乾燥機にかけていいかもわからなくて、絞って部屋に干してある。
「そだね。ちっちゃいけどおっぱいあるもんね」
「小 さ く て 悪 か っ た な !」
頭が後ろから、がっしり掴まれた。そして回すな世界が回る。やめろぅ、口から変なもん出すぞ。
「おおう……ぐわんぐわんする……」
酷い。散々回しといて、ポイっと捨てられた。目を回す俺を余所目に、カナリはシルファの隣に……となり……に……
「おおう……」
あまりの衝撃に、言葉を失った。シルファの隣に座ったのは、紛れもなくカナリだ。カナリなんだけど……
「スカートだ……」
カナリのスカート姿なんて、初めて見た。しかもシルファと同じ民族衣装風。母親のだろうか。スカートは長いけど、上着は丈が合わないのかおヘソも見えてるよ?
「女物しかなかったんだよ。文句あんのか? ああん?」
「べ、別にないけど?」
そんなに威嚇しなくてもいいじゃないか。
ヘソなんて宿屋で見たことあるけど、服装だけでこんなに雰囲気が変わるものかと、驚いただけだし。スカートだからか、足も広げずしおらしく座ってるし。それに、ほら、なんというか……
「……まぁ、似合ってるんじゃないか?」
「――っ!? そんなことは聞いてねぇよ! コレも洗っとけ!」
カナリの投げた濡れた服が、パツーンといい音を立てて顔に当たった。張り付いたシャツやズボンごと、頭を引っ込める。顔に纏わりついてるのは……カナリの使ってたサラシか。
「シオンにーちゃの顔、赤くなってるの」
「思いっきり顔に当たったからね」
……あのね、濡れた布ってのはね、凶器なんだと覚えておけ。あと、俺は洗濯係じゃないぞ。セリたんの洗濯物だったら、はいよろこんでー! くらい言うよ? いや口には出さないけど心で叫ぶよ? 別にいいけどさ。いいけどさ!
「あ、おいカナリ。そこに洗濯物、落ちてるぞ」
座ったカナリの側に、濡れた白い布が落ちている。小さいし、ハンカチだろうか。
「あ? 渡した分で全部――」
「シルファが持ってってあげるの!」
カナリが手を伸ばす前に、シルファがハンカチを持ってきてくれた。ええ子やね。
ぐしゃぐしゃのままだとシワになるよな。そう思って布を伸ばしてみる。
「おおう……」
三度目のおおう。今度はトキメキのおおうだった。というかハンカチじゃなかった。パンツだった。パンツだった。
濡 れ た パ ン ツ だ っ た。
「……しっとりしている……」
「――――ッッッ!!」
このあとどうなったかって?
返事なんてあるわけないよね。もちろん殴られたよ。
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