第45話 二章・エピローグ――朧に輝く太陽の下 [改]
次の日、レイデンスから聞いた事の顛末は、さらに謎が深まるものだった。
「覚えていない?」
「うむ、そう言っておる。指輪型のマジックアイテムや琥珀色の玉――ロックイーターの卵を受け取ったというのは覚えておるが、それが誰にもたらされたのか、バーナードもロラーナも、覚えておらんそうだ」
それはそれは……なんとも最後までスッキリしないことか。
自警団に捕まったバーナードは、ロラーナちゃんが説得しても、最初は黙秘を続けていたという。だが、鎌をかけると違うと否定し、勝手に喋り始めるらしい。チョロイ。
鉱山に持ち込んだのが卵とわかったのは、街にとっても大きな収穫だった。幼体のうちに倒せたということは、繁殖された可能性が低いということ。しかし、生まれた当日であんな大きさまで成長したというのも謎だ。その謎の人物に、なにか細工をされていたのだろうか。
まぁ、もう確認のしようもないことだけども。バーナードと直接話すつもりなんて、こっちにゃないし。
「ロラーナは違和感に気付いていたようだが、問おうにもバーナードに操られ、言いなりになっていたようだ」
「そうですか。バーナードはこれから、どうなるんですか?」
「己の罪を認め反省するようであれば、機会を与えてもいいと思っておる。もちろん、何年も先のことだがな。だが、あのままであれば……」
言い淀むレイデンスに、続きを促すつもりはない。どうせ檻から出られないってところだろう。その判決が甘いのか厳しいのか、俺が決めることじゃない。カナリも何も言わないし、その判決で納得したのだろう。
「……勇者殿には、なんと感謝をすればよいか」
レイデンスが俺たちに頭を下げてくる。止めて欲しいね。
「やめてくださいよ。勇者だなんて柄じゃありません」
ホント、気持ち悪い。俺を勇者なんて呼ばないでくれ。
カナリが望んだから協力しただけで、手を貸すつもりなんてなかった。本心を言えば、勝手にやってろって思ってた。
だから、俺より相応しいやつがいるじゃないか。
「頭を下げるなら、俺じゃなくてカナリにお願いします」
「お、オレぇ?」
「そうだよ。カナリがいなかったら、ロックイーターは倒せなかった」
俺は
「もちろん、従者殿にも感謝しておる」
「これは従者じゃなくて、カナリが勇者って名乗ったほうがいいじゃないか?」
「やめろ。それこそオレの柄じゃない」
「カナリさんが勇者なら、私が従者になるってことですよね。それ、いいじゃないですか。一生ついていきますよ」
「シオンの従者でいいよ、従者で」
本気で嫌そうだな。まっ、今はこれで十分か。
「シオン殿たちは、このあとセルドストに向かうということだったな」
「ええ。カナリの足を治療しないといけないので」
次の目的地は、湯の里と呼ばれる集落だ。そこには、怪我に効く温泉があるという。
ロックイーター戦で怪我をしたカナリは、今も足に包帯を巻いている。歩けはするが走れはしない。このままでは、いざとなっても逃げることができないからね。
それに、十年前の勇者に関係していることでもある。貰った資料には、勇者はセルドストの近くにある街に向かったとあり、ついでにしても都合がいい。
「セルドストを通るっていう隊商に、入れてもらえることになりましたし。口を利いていただいて、ありがとうございます」
「なに、礼としては安いものだ」
隊商に入れてもらう料金も、レイデンスが支払ってくれた。他にも治療費という名目でお金をもらっている。街を救った報酬として好きな金額を払う言われたけど、それはカナリが金のためにやったんじゃないと断っていた。
「隊商には三人分、空きを作らせておる」
「それで十分……三人?」
俺の分の空きって必要じゃないよな。そっちから見れば、俺は場所も取らない穴だし。護衛もメシもいらないし。
疑問に思ったところで、応接間の扉が開く。そこにいたのは、大きなカバンを背負うセリたんだった。ああ、三人目って、そういうことね。
「わたしが一緒ですと~、ご迷惑ですか~?」
「そんなことあるわけがないでっす! もう心臓が小躍りしてるよ! でも、いいの? また危ない目に合うかもよ?」
「まだまだ一緒についていきますよ~。やっぱり~、カグラさんの世界のモノは~、興味がつきません~。それに~、今はコネを作れたとは言えませんから~」
科学力なんかは
「そんでいつか、シオンさんって名前で呼んでもらうんだぁ!」
「目標が低いのか高いのか、判断つかねぇ」
そこのハードルが一番高いと思っとるんです。はい。
そろそろ隊商に合流しないといけない時間なので、レイデンスと部屋で別れ玄関へと向かう。正直、レイデンスに感謝されてはいたけど、本心じゃないと思ってる。領主としてじゃなくて、バーナードを見てきた者としては、きっと他に言いたいことがあったはず。それもあって、治療費と隊商の件以外のお礼を貰うつもりはない。それに、街を救った気なんてしてないから。
「セリたん、セリたん」
「はい~、なんですか~」
「いやね、また一緒で嬉しいなーってのと」
「と~?」
「前に、変なこと言っちゃったでしょ。この街のこと知りもしないでさ」
思い出すと、今でも頭を抱えて布団にもぐりこみたくなる。
「だから、俺にできることをしようと思って。それにはセリたんの力が必要なんだ」
「いったい~なにをしてくれるんです~?」
「俺の世界の鉱山の採掘方法だとか、その情報を調べてセリたんに渡すよ。……俺も詳しいわけじゃないし、そっちでどこまで再現できるかわからない。その判断をしてくれる人が必要なんだ」
「あらあら~。あの男に感化されましたか~」
「違うよ。そうじゃない」
だって、俺も最初に思ったことだから。この街、煙臭いなーってさ。今も太陽も朧に見える。それに、実はバーナードを放っておいたほうが将来よくなってた、なんて結果だったら癪だし。俺にできることしようと思ったわけです。
「お金は払いませんよ~?」
「いいさ。俺だって手探りだし、正確な情報をあげられる保証もないから」
だから、お礼もお金もいらないんだ。四十年前の勇者もやったことだし、真似してみてもいいだろうってだけ。
「まぁね、もっと話をしてけば、仲良くなれるかな~って打算もないわけじゃないけど」
「それを言わなければ~、少しだけ見直したんですけどね~」
「それは残念」
しょうがないでしょ。そういう性格なんだから。
俺の言ったことを考えているのか首を傾けているセリたんから、カナリを呼んで側へと戻してもらう。
「足、大丈夫か」
「こうして歩けてるし、問題ない。なんだ、気にしてんのか?」
「そりゃ気にするさ」
少しだけ足を引きずり歩きづらそうにしている姿を見ていて、気にしないわけがないだろ。
「……絶対に守るって言ったのにな」
「シオンのせいじゃねぇよ。オレが無茶したせいだ」
そう言われても、納得できるもんじゃない。そっちに出れない俺は、カナリの盾にもなれなかった。
……遠いなぁ。すぐ近くに穴で繋がっているはずなのに、果てしなく遠い。俺、どうやってカナリを守っていけるんだろう。
「心配すんな。シオンはオレを守ったよ」
「なんだよそれ。無意味な慰めはいらないぞ」
「無意味じゃねぇし。オレがここに立っていられるのは、シオンが願ってくれたおかげだってこと。本当だからな」
助けて欲しくない奴の手を借りたけど、とカナリは口にしたけど、俺にはそっちも意味不明だ。でかいガルスを召喚するのに、なにか代償があったのだろうか。俺がどうにかできる代償ならいいんだけど。
それに、まぁ慰めであっても、俺のおかげで助かったと言ってもらえたのは嬉しいことではある。こうして一緒にいられるのは、嬉しいことだからね。
「温泉で治るといいな」
「よく効くらしいからな。さっさと治るのを期待してる。……覗くなよ?」
「サラちゃんにカメラ渡しとく」
「殴るぞ」
「まぁ怖い」
それは冗談として。約束どおり聞かせてもらおう。
「全部終わったぞ」
「だな。疲れた」
「なんであんなに怒ってたのか、話してくれるんだろ」
「……すげぇくだらない話だぞ」
「…………」
別にいい。それでも知っておきたい。そうじゃなきゃ、カナリを守るために、どんな騒動から逃げなきゃいけないかわからないから。
無言に耐えかねたように、カナリは頭を掻きながら話し始める。
「……はぁ。まぁ、なんつーか。許せなかったんだよ」
「だからなにが」
「バーナードがやったことがだ」
「それはサラちゃんから聞いた。その前が聞きたいんだよ」
なぜ許せないと思ったのか。それが知りたいんだ。
正義感かと聞いて、カナリはコーヒー一杯分はあると言った。きっとロラーナちゃんに奢ってもらったコーヒー分。そして、それが全てだとは思っていない。
俺の勝手なイメージで悪いけど、コーヒーを奢ってもらった知り合いだからと言って、あそこまで怒るとは思えないから。
「……絶対に巻き込んじゃいけない奴を、巻き込もうとした」
「誰のこと? ロラーナちゃん? それともサラちゃんとか。セリたん……は巻き込まれたとは言えないし」
「あーもー! お前だよ」
はて。カナリの近くにいるのはサラちゃんとセリたんしかいない。お前と言われるようなのは……
「もしかして俺?」
「他に誰がいるんだよ。そーだよ、シオンだよ。シオンを巻き込もうとしたのが許せなかった。どうだわかったか!」
「そんな大声で言わなくても聞こえるから。でもなんで俺?」
「がぁぁぁぁっ! 知るか!」
「いだだだだだだだっ!?」
痛い痛い痛い。鼻を摘むな。目の次は鼻が標的かコラ!
「ふんっ!」
「いっだいっ!?」
おーイテ。最後に一捻り入れて、サラちゃんに押し付けていきやがった。
そんなドカドカ歩いたら、足の怪我に響くぞ、ったく。
「ねぇサラちゃん。あれってテレ隠しだったりするの?」
「半々ですかねー。私もテレ隠しで捻っていいですか? 本気で」
「やめてね。サラちゃんにやられたら、鼻がもげる」
あとそれ、テレじゃなくてピキだよね。青筋浮かばせるタイプのピキ。ピキ隠しってなんだよ。聞いたことねーよ。
「指に油が付きそうだからやりませんけどね」
「そういう思春期の男の子が気にしてることを言わない」
カラアゲとか揚げ物大好きだけども。あぶらとり紙とか持ってますから。洗顔とかちゃんとしてますから。
「鉱山の事故で、死者が出たじゃないですか。カナリさんはそれが許せないんですよ」
「いきなりマジメな話にもってった」
「私、いつでもマジメですけど」
「それはそれで困ったもんだ」
マジメに冗談を言ってるんだと思っておこう。
「それってやっぱり、正義感からくる話……じゃないんだよね」
「そうですよ。バーナードは死者が出るようなことに、私たちを巻き込もうとした。だから怒ったんです」
「わかるけど、なんで俺に関係あるの?」
「察しが悪いですねー。カナリさんは、シオンさんを死者が出るようなことに巻き込もうとしたことを怒ってたんです。シオンさんのために怒ってたんです」
……ああ、そうなの。
「シオンさん、前に人が死んでるの見て吐いてたんですよね。平和な世界の人みたいですし。そんなシオンさんを、死者の上に成り立つようなことに巻き込みたくなかったんじゃないですか。しかも戦争でも魔物と戦うでもない、こんなくだらないことで。勇者にはもっと相応しい場面があるとか思って――」
「サラー! 余計なこと言ってんじゃねぇよ!」
「はーい。……正解みたいですね」
そう言って、サラちゃんは前を歩くカナリの側へ言ってしまった。でも、ちょうどいい。
「俺のために、ね」
頬が強張る。上手く表情が作れない。
なんという皮肉だろう。俺は無意識に、六人も殺しているのに。その上に成り立っているのが、俺とカナリなのに。俺は守られるような価値はないのに。だからカナリを守りたいのに。
俺のために怒るより、自分を大事にして欲しい。
「――――」
カメラはいらないので温泉には一緒に入りましょーとか、カナリがサラちゃんに絡みつかれる。深夜に戦闘したのにそんな元気があるなら、なにかあったら走れないカナリをサラちゃんに背負ってもらって、逃げてもらおうか。一緒に行くのは大きな隊商だけど、危険がないとは言い切れない。
「……ああ、勝手すぎる」
今回の出来事で確信した。御伽噺は関係ない。俺は勇者じゃない。勇者も従者も、相応しいのは遠くて近い場所にいる。その二人は、手の取り合える場所にいる。
――勇者カナリと従者サラ。
なんてことをずっと考えている自分が嫌になる。
どうか次に行く場所では、なにも起きませんように。開いた玄関から覗く煙った太陽に、俺は願った。
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