第44話 とても酷いが、それでもマシな顛末
舞台は街の中心部――レイデンスの屋敷前へと移る。
太陽を隠す薄曇の空の下、屋敷の前に大挙して押し寄せる集団。その数は百五十名を超えている。そのほとんどは、鉱山の事故で親しい者を失ったか、事故で満足に動く体を失った者たち。
「僕たちの街に、鉱山は必要ない!」
「「「必要ない!」」」
「空を汚す工場も必要ない!」
「「「必要ない!」」」
集団の後方で声を張り上げ、集団を煽動しているのはバーナードだ。バーナードの声が止むと、足を返せや家族を返せ、金をもっと寄越せ、子供のためになど、各々好き勝手に街の批判を叫び始める。
バーナードは後ろに下がり、疲れた喉に水を含ませる。レイデンスが屋敷にいるという情報は掴んでいる。なのに、一向に姿を現さない。ならば持久戦だと思い、叫びを上げる集団を静かに見る。
「……思ったより集まらなかったな」
前日に起きた鉱山の事故。ロックイーターの出現により、死者も出ていることを街の住人は知っている。そのことで、今までレイデンスに中立、反対にしても周囲の意見に流されていた者が、もっと集まるものとバーナードは思っていた。だが、追加で集まったのは五十人程度。それは想定とは異なった方向へと進んだせいだ。
ロックイーターは自警団により倒された。夜も明けぬ頃、ロックイーター討伐のニュースは喧伝され、悲壮に暮れた街を包んだ。しかも、死者も出さずに達成したという。
よもや倒されるとは思っていなかったバーナードだが、心は焦るどころか、嬉しい誤算に湧いていた。
「やっぱり、この街は強い。それが証明されたんだから、喜ばないとね」
それだけの力が街にはあったのだと、素直に、本気で喜んでいた。そして、それほどの力があるならば、鉱山に頼らずとも上手くやっていける、と。一点だけ気になる部分があるとすれば、教会のほかに御伽噺の勇者が協力していたという噂。そんな御伽噺に頼らずとも胸を張ればいいのに、と己のやったことを棚に上げ噂は噂だと頭の隅に追いやる。
「それに、鉱山にたいする棘は植えつけられたからね」
鉱山に現れたロックイーターは倒された。しかし倒されたからといって、それで終わりではない。
フルグドラムの周辺は、もとから洞窟があったならまだしも、硬い岩石を食い破ってまで現れる魔物はいない。だからフルグドラムは鍛冶の都となりえた。だが、そこにロックイーターという魔物が現れた。それは静かな水面に大波を生んだに等しい。地を掘り返しただけで魔物が出てくるという事実は、鉱山で働く者にとって恐怖でしかない。
ロックイーターが存在していれば時間をもっと短縮できたろうが、今回起こったのだからまた起こるかもしれない。次に起きれば、自分が犠牲になるかもしれない。そう思わせることができただけで、バーナードにとっては十分だった。
それこそが棘。心に刺さり、抜けない毒の棘。
「それもこれも、ロラーナたちのおかげだよ」
溢れ出るほどの感謝の念を胸に、ロックイーターの犠牲者を想う。
事故が起き病院に運ばれた直後、バーナードはロラーナに会いに行っていた。それからは危険な状況だと面会謝絶になり会えてはいない。目覚めない可能性が高いと医者から聞かされている。
「ロラーナ……僕はやるよ……」
目覚めぬことを嘆き、聖女の行いを無駄にはしないと涙を堪え、胸を押さえて天を仰ぎ見る。
事情を知らぬ者が見れば、家族を悼んでいるようにも見えるだろう。家族を危機に追いやった鉱山を許しはしないと、決意を新たにしているようにも見えるかもしれない。
だが、真実を知っている者からすれば――
「反吐が出そうだ」
――それ以外の感想は出てこない。
――――――――
カナリの呟きに、俺も頷く。
俺たちはレイデンスの屋敷の最上階にある部屋から、その光景を見ていた。窓越しの眼下に広がる光景に、俺も口を押さえたのは言うまでもない。
なぜあそこまで悲痛な顔ができる。なぜあそこまで、キレイな顔をしていられる。まるで自分こそ正義と信じている、昔のヒーローアニメの主人公のように。
だから、さっさと終わらせよう。それがカナリの望みであり、俺が受けた願いでもある。
「いいですね、領主様」
「う……む……」
「これ以上放置しても、いい方向にはいきません。貴方は、この街の領主だ」
「わかって……おる。カダルフ! 始めよ!」
レイデンスがカダルフに命じると、外で変化が起きる。抗議で集まっている人のさらに外側に、一定間隔で自警団が立つ。とは言っても、鎧を着けたりはしていない。あくまでもバーナードに気付かれないように、全員が私服を着ている。
自警団の準備が完了したところで、レイデンスは窓を開け、一人でバルコニーへと出る。その頃には、領主の顔へと戻っていた。
「俺もいってくる」
「おう。気をつけてなー」
カナリは部屋の中で、ソファに座ってコーヒーなんぞ飲んでいる。足を怪我しているし、それはしょうがない。でも両脇に座っているのはサラちゃんとセリたん。見た目は両手に花。
俺もバーナードの相手なんてしないで、セリたんと一緒に座りたい。セリたんが食べてるクッキーになりたい。あ、サラちゃんはどうでもいいです。
「終わったら~、コーヒーお淹れしますね~」
「はい! お願いします!」
やってやるぜひゃっほい。俺、この騒動が片づいたらセリたんのコーヒーを飲むんだ。
足元の床を手を使って這い、バルコニーにある手すりの隙間までくる。隣に立つレイデンスに目配せすると、無言だったレイデンスが口を開いた。
「バーナードよ! この騒ぎは何事か! 早々に静かにさせねば、キサマであろうと捕らえることになるぞ!!」
あ、余計なこと言いやがった。それじゃ静かにしたら、捕まえないみたいな言い方じゃないか。打ち合わせは守って欲しいもんだ。バーナード次第になっちゃうけど……
「――捕らえる? 僕を? ふざけるな! 捕まるべきは僕じゃない!
うん。そんな心配はなかった。あとは、この茶番を生温かく見守ろう。
「儂を捕らえるだと? キサマは、自分がなにをしているのかわかっているのか!」
「わかっていますよ! 間違いを正そうとしない領主への抗議です! 僕は散々、鉱山は危険だと言ってきたはずだ! なのに、貴方は聞く耳を持ちもしなかった!」
「それは聞くに値しないことしか言わなかったからだ! それがまだわからんのか! この街の意義が! 重要性が!」
「間違いを間違いだと言ってなにが悪い!」
周囲がそうだそうだと騒ぎ立て、バーナードはさらに勢いづいてゆく。
……会話になっていない。街の意義や重要性を聞いているのに、間違っていると答えるとか、もうね。もう見るのも聞くのもやめようかな。
「僕は言いましたよね!? 一緒に街を変えてくれないかと!」
「キサマの言うことが絵空事でなければ、共に歩むこともできたであろうな!」
「ロックイーターが現れて、もう満足に鉱山を扱えないでしょう! 誰も貴方の間違いを責めはしません! 今からでも遅くはないです!」
でも、聞いてなきゃタイミングがわかんないんだよなぁ……ああ、辛い。
「まるで、儂が悪いような言い様だな!」
「ええ、そうですよ! 僕の言うことを聞かず、無用な被害者ばかりを生んでいる! 全て貴方が悪いんです!」
辛い辛い。だから終わらせようねー。そろそろいいでしょってことで、レイデンスのズボンの裾を引っ張る。
「……! まってくれ、まだ」
「まだなんだと言うんですか! 僕は止めませんよ! この街が変わるまで――」
もう聞こえない。それと、バーナードも話してる余裕はなくなるだろう。
ディスプレイを床に置き、四角い箱で穴を塞ぐ。そしてボタンポチー。再生スタート。
『――れは……したのか……』
もう見たくもないのに何度見たかわからない動画をパソコンで再生する。穴にくっ付けたのは、親父が持っていた大きめのスピーカー。もちろん接続先は俺のパソコン。今頃向こうでは、大音量でバーナードの所業が再生されていることでしょう。
こっち側に音が漏れないようスピーカーに毛布を巻いているが、これが夜中じゃなくてよかった。それでも音が漏れてるもんね。
動画のシークバーが最後までいったところで、スピーカーをどけて向こうを見てみる。
「おお、ざわざわしている」
バーナードの顔は固まり、抗議で集まっていた人たちは一斉にバーナードを見ている。そして、どういうことだと口にしていた。
うーん、イイ感じ。レイデンスが俺を睨んでいるけど、意味ガワカラナイ。睨むのは俺じゃないだろうに。今日のことは全部、納得してたはずだろ?
レイデンスの目が、やっとバルコニーの下に向く。よかった。その目で見られてると心にクルんだ。
「バーナードよ! これはキサマだな! 二日前の夜、ロラーナに鉱山になにかを運ばせた! 間違いないな!」
「で、デタラメだ! 僕を貶めるために魔法かなにかで作ったに決まってる!!」
「これは魔法ではない! くだらぬ言い訳はよせ! ロラーナは、普段から外に出る際はメイド服を着ていたな! だが、鉱山から運ばれたときは私服だった! いったいなにを運ばせた!!」
「そ、それは……」
「よもや、魔物を呼び寄せるマジックアイテムではあるまいな! そうなれば、住民を危険に晒すことになるぞ!!」
「そんな危険なもの、僕が運ばせるものか! あれはロックイーターの…………っ!?」
しまった、とバーナードが自分の口を押さえた。なんともまぁ、呆気ない。あれかな。自分は正義だって信じてるっぽいし、ウソを吐くってのも苦手なのかね。こういうこと、向いてないよ
「――バーナードさんがロックイーターを?」
「――じゃ、じゃあ、昨日、俺の息子が死んだのは……」
ざわつきがさらに広がる。信じるべき人間が、実は裏切り者だった。操られた人間がそうなれば――
「――ッづぅ!?」
一人、二人と、頭を抑え蹲る。バーナードを信じろと、蝋燭が心を火で炙る。放っておけば、またバーナードを信じ始めてしまう。――だけど、俺はこれを待っていた。
周囲を疎らに取り囲んだ自警団が、手を上げ呪文を唱える。全員、魔法使いだ。
蹲る人の頭の上に、小さな光が灯る。それは魔法の光。光は小さな雷鳴となり、パチリと蹲る人を撃つ。人が死ぬような威力はない。せいぜい、酷い静電気が襲ったくらい。針が刺さる程度の痛み。それで十分。
「――あ、れ……? おれ、なんでこんなところに……さっきまでなにを……」
疑念を持ち、痛みを受けた。ならば洗脳は解ける。隣人の変わり様を見て、また一人蹲る。そしてパチリと雷が落ちる。連鎖するように洗脳は解けてゆく。
「あ、ああああぁ……」
憎しみの方向がレイデンスからバーナードへ移り変わる。憎しみの視線に慣れていないのか、バーナードは喘ぐばかり。
見ていて爽快だ。バーナードの悪事を暴くのに、これ以上相応しい場はないと言ってもいいくらい。うーん……俺、性格こんなに悪かったっけ。
「レイデンス! なぜ……なぜこんなことをする!!」
「…………」
「僕が嫌だって言ったのに!! 間違ってるって言ったのに!! だから、だから僕は……!」
レイデンスはなにも答えない。答えても平行線のままだから。すでに何度も回答を言っているから。
あとはバーナードを捕らえて、マジックアイテムを取り上げるだけ。それで終わり――だったんだけど。
「オマエが俺の息子をッ!」
「や、やめろっ! 僕に近づくな!」
数十人がバーナードを取り囲み、自警団が近づけない。やばいな、このままじゃリンチだ。さすがにそれは見てられない。
「なんで僕が悪者なんだよ! 僕はみんなのためにやったんだぞ! ”みんな僕の言うことを聞けよ“!!」
バーナードの指が光る。マジックアイテムの存在を知らない住人が、さっさとマジックアイテムを取り上げることもなく、精神操作の効果が周囲に降り注ぐ。
「ぐぅ……!?」
「ぃあ、あああああっ!」
ふらふらと体を揺らす人々。操られた人々と自警団で戦いが始まるかと思ったが、そうはならない。光はシャボン玉が割れるように、唐突にパッと散っていた。
「マジックアイテムが壊れたんだよ。いっぺんに操ろうとして、耐え切れなかった。限界だったんだな」
「カナリ……」
堂々とバルコニーに現れたが、今さら上を見ている人間もいない。
下では、またバーナードが取り囲まれている。今度はもっと大人数で。ますます自警団が近づけないな。
「祖父に続いて孫まで同じ目に合う、か」
「………………儂の罪だ」
「すみません……」
思ったことを口に出しただけだが、レイデンスを責めるみたいな言い方をしてしまった。これはよろしくないね。そろそろ外れたネジを戻さないと。
「同じ目には合わないと思うぞ」
「えっ?」
「下見てみろよ。まるで聖女だ」
バーナードを囲んでいた人垣が静かに割れてゆく。その中心にいたのは、松葉杖をつき、頭に包帯を巻いたロラーナちゃんだった。
現れた悲劇のヒロインに、声をかける者はいない。ゆっくりと、しかし確実に、ロラーナちゃんはバーナードに近づいてゆく。
「バーナード様……」
「ああ、ロラーナ! 僕の味方はキミだけだよ! 僕は間違ったことをしていないのに、こいつらが――」
「――っ!!」
……あの、聖女が殴ったんですけど。しかもグーで。キレーに首がグルンッって回ったんですけど。さすが牛角族といったところか、胸のほかに力も強いみたいだ。
「ロラーナちゃん、目が覚めたんだ」
「医者もじきに目を覚ますって言ってたが、まさかすぐにここにくるとはね」
医者にはまたバーナードに操られてもなんだからと、誰も会えないよう面会謝絶にしてもらっていた。だけど、こうも早く動けたとは。
ロラーナちゃんは頬を押さて目を回しているバーナードを引きずり、自警団に突き出している。バーナードには本物の聖女になったな。これで余計な悲劇を見ずに済む。
「なんにしても、これで終わりか。なんともスッキリしない」
「今回の結果に、気持ちがイイ結果なんてどこにもなかっただろ」
「せやね。これでも上等なほうかな」
誰も幸せになれない顛末。せいぜい、街の未来が守られたってことくらいか。
あとはバーナードに、マジックアイテムの出どころや琥珀色の玉を渡した人物についてとか、謎が解明されればいいな。
今までバーナードに援助をしていたのは、レイデンスだった。なのに、動画では一緒にいた謎の人物が援助していることになっていた。レイデンスが名乗り出ていないのをいいことに、成りすましていたんだろうか。
明日には街を出たいとカナリも言っていたし、それまでに聞き出せればいいんだけど。
「それじゃ、セリたんの淹れてくれたコーヒーでもいただいて帰りますか」
「そうしとけ。あとはオレたちの出る幕じゃない」
カナリに連れられ、部屋の中に戻る。
バルコニーには、下を見ているレイデンスだけが残った。その背中にかける言葉を、俺は持っていない。
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