第43話 運命の支配者 [改]
「総員警戒!! まだ終わっていないぞ!!」
「――うあああああぁぁぁぁぁっ!?」
教会騎士の発した警戒と、別の場所で起こった悲鳴が重なる。悲鳴は複数箇所から上がっている。そこでは教会騎士が見たのと同じように、ロックイーターの疣足が消えていた。疣足がなくなるほどロックイーターは身を捩り暴れるが、気にしている余裕はとうにない。
「くそ! くそッ! なんだコイツ!?」
「ひぃぃっ!? か、噛まれた!!」
混乱の渦が広がる。離れて見ていたカナリには、その広がりようがよくわかる。
疣足が地面に抜け落ちるたびに悲鳴が上がる。すでに外に出ている疣足の半数近くがない。その数は百を超えている。ロックイーターのために用意した武器を捨て、教会騎士も自警団も剣を振り回す。攻撃力が弱いのがせめてもの救いだが、なにぶん数が多い。
「おいおい……こんなことになるなんて聞いてねぇぞ」
暴れるワイヤーから距離を取り、カナリは焦る。
レイデンスから聞いたロックイーターの話に、目の前で起きている能力に触れるようなものはなかったとカナリは記憶している。
レイデンスは鉱山を含めて街を治める領主として、生息箇所など関係なくロックイーターの情報を十分に集めていた――はずだった。持っている情報は全て成体のもの。幼体の情報など、この世の誰も持ってはいない。
幼体だから外皮の固さは成体ほどではない。そう予想した上で、今回の作戦にレイデンスは乗った。情報どおりの成体であれば、考える必要もなく諦める。しかし倒せるのなら今だけだと。そこまではよかった。間違いは、幼体しか持たない能力があるなどと誰も思っていなかったこと。
――本来、外皮の柔らかい幼体のロックイーターは、鉱山に出るような魔物ではない。地中深くで成体になるまで過ごし、地表近くへと上がる。だが、いくら地中深くにいるといっても、己以外の敵対種族と出会ってしまうことはある。縄張りを争い、己が傷付き逃げる際に使う、外皮に不安のある幼体だけが持つ能力は、”トカゲの尻尾切り“に似ていた。勝手に敵を攻撃する疣足を切り離し、相手が気を取られているうちに逃げるための能力。強大な防御力を持つ成体には不必要なもの。
その誰も知らない能力に、シオンも予想しえなかった能力に、鉱山にいる誰もが翻弄されていた。
「チッ! こっちにまで向かってきやがった!」
怪しくヌメる表皮をくねらせ、四体の疣足――
カナリはレイピアを、護衛は剣を鞘から抜く。
「ガルスは……ムリだよな」
ロックイーターを倒すのは自警団の役目とはいえ、いざとなれば使用することに躊躇いはない。が、今の状況では無謀に近い。外皮にできた馬上槍の傷をガルスで攻撃することができれば、有効なダメージは与えられるだろう。しかし、もっと近づかなければいけない。しかし近づくには邪魔が多すぎる。
「く、そっ!」
カナリのレイピアが疣虫を突く。だが有効打にはならない。魔法で強化した武器でも、何度も突いてやっとダメージになる相手の一部。疣虫は心臓部を守る外皮より柔らかいが、それでもカナリのSTRでは、一撃でどうにかできる相手ではない。
飛びかかり噛み付いてくる疣虫を避けレイピアを叩き込むが、やはりダメージは薄い。
「これで――死ね!!」
落ちた疣虫を足で踏みつけ、全体重をかけてレイピアを突き立てる。
「ぐ……ああああっ! 切れろ! 切れろ!!」
レイピアを頭から生やした疣虫はしばらく身体を震わせ、ようやく事切れた。他の三体は、自警団が始末している。
「せめてサラの半分でも、はぁ、力があればな……くそっ……!」
疣虫一体でカナリの疲労は恐ろしいほど溜まっている。決め手に欠ける攻めを繰り返していたため、精神的な疲労が肉体にまで影響していた。
獣型の魔物のように、
「硬い! 脳ミソあるかもわかんねぇ!」
単純な力のなさをカナリは嘆く。
攻撃し続けられるが極小ダメージの直接攻撃、魔力が少なすぎて極小ダメージになってしまう魔法攻撃、制限時間数十秒で自分が気絶してしまうデバフ付き極高ダメージの召喚攻撃。あまりにもバランスが悪い。中間が欲しいと思うのは当然のことだろう。
だが、そんなことを考えている時間は残されていない。
――ビシリ……ッ!
甲高い耳障りな金属音。それは破滅の音色。物理的な制限時間が迫っていることを意味している。
「マッズい!!」
ロックイーターに繋がれたワイヤーの合金繊維が、一本一本、千切れ解けてゆく。
時間をかけすぎたと後悔しても遅い。ワイヤーが切れれば、地面に縫い付けたロープ程度ではロックイーターを押さえられない。
「もういっそ、ここでガルスを召喚するか……?」
だが、カナリはすぐに頭を振って考えを否定する。やはり距離が遠すぎる。危険だが、せめて限界まで近づこう。そう思い顔をロックイーターの前に向けるが……
「あっちもマズいことになってんなぁ……」
疣虫との戦域は、カナリが思っている以上に広がっていた。カダルフは必死に自警団の団員を宥めようとしているが、恐慌の悲鳴と怒号は鳴り止まない。教会騎士はなんとか統率は取れているが、それでも疣虫の対処で精一杯のようだ。
ワイヤーが穴にある以上、大回りはできない。このまま乱戦の渦中に近づいては巻き込まれるだけ。巻き込まれず、なおかつ近づく方法は――
「は、はは……ッ!」
ロックイーターの大きな口を見る。太いワイヤーで繋がれた、ロックイーターの口。暴れるたびにワイヤーが激しく動く。
カナリの足が一歩、前へ進む。
「シオン! もっと引け!!」
前に進むためには、ワイヤーをもっと引いてもらう必要がある。このまま近づけば、それだけロックイーターの拘束が緩んでしまう。
ワイヤーが引かれ、ギシリと嫌な音を立てる。なにごとかとイヤホンからシオンの叫ぶノイズが聞こえてくるが、カナリは無視する。前に出るなんて言ったら、きっと断られるだろうと。
暴れる直径二十センチ近いワイヤーは、直撃すれば人の身体はひとたまりもない。よくて打撲。普通なら骨折。当たり所が悪ければ死ぬこともあるだろう。叩き潰された疣虫もいる。
だから、誰もワイヤーの近くにいない。
だからこそ、道は目の前にある。
「まっ、当たれば終わりだけど――なッ!」
護衛を置き去りにし、ナイフを抜いたカナリの身体が加速する。
終わりにさせる気なんてない。それではシオンの願いを叶えられない。
ロックイーターの動きに合わせて、上下左右に不規則に動くワイヤーがカナリに襲い掛かる。ナイフの鳴らす鈴の音に従い、首を刈るように迫るワイヤーを身体を縮め躱し、前へ。上から叩きつけられるワイヤーを身を捻り避け、前へ。
「よっ……! ほいっと!!」
殺気がない分、動くワイヤーに意思を感じられず避けにくい。だが、決して足を止めず、ロックイーターへと近づいてゆく。
――あと二十メートル。
近づく。近づく。
たわんだワイヤーが鞭のように後頭部を襲うが、カナリは見もせず躱す。
――あと十五メートル。
盗賊のナイフの能力と自身の敏捷さえあれば、ワイヤーに当たりはしない。
だからこのまま上手くいく、と。
これがどれだけ危険な綱渡りか知らずに。
――あと十メートル。
再びワイヤーがカナリを襲う。
鈴の音に導かれ、カナリはワイヤーをジャンプして躱す。
地面に叩きつけられたワイヤーが、土煙と細かい岩の欠片を
鈴の音は――聞こえてこない。
ならば避けるような危険はないのだと判断し、カナリは着地し足に力を入れ――
「――あ……っ」
前を向いていたカナリの視界が、星光る夜空を見ていた。
浮遊感と足首に走る痛み。首を背後に動かし自分の立っていた地面を見ると、土煙に紛れ、ワイヤーが大蛇のようにのたうちまわっていた。
カナリは理解する。横薙ぎに動いたワイヤーにより、自分の足が払われてしまったのだと。そのせいで空中にいるのだと。
「なん、でッ!!」
鈴は鳴らなかった。なのになぜだとカナリは叫ぶ。
勘違いをしてはいけない。
盗賊のナイフの能力は、危険を回避できる可能性があるからこそ発動する。その可能性を、ナイフはカナリに確かに伝えていた。だからカナリはワイヤーを避けるためにジャンプをした。問題はそのあと。飛礫に竦んだことにより、着地する位置が数センチずれた。今回の綱渡りにおいて、数センチの誤差は許容範囲の外。安全保障外。
つまり――カナリは綱渡りを失敗したのだ。
回避できない危険には発動しない。鈴の音が聞こえない場合というのは、危険な状況ではないか、もう危険を回避できない最悪な状況の、二つのみ。
――だから今も、鈴の音は聞こえない。
「ガ……ハアッ!」
地面から勢いよく跳ね上がるワイヤーが、カナリの背中を強かに打ちつけた。
衝撃で肺から空気が押し出され、一瞬で酸欠に陥ったような眩暈が、激しい痛みとともにカナリを襲う。
ワイヤーにより空高く打上げられたカナリは、サラが自分を見て叫んでいるのがみえた。しかし、耳鳴りでなにを叫んでいるのか聞こえない。
(サラ……)
乱戦の中を掻き分け、けして届かない手を伸ばすサラに心の中で謝る。
穴の制限で十メートルまでしかワイヤーから離れられない。制限一杯まで浮いたカナリは、今度はワイヤーに引かれ、地面へと誘われる。
頭から地面に落ちてゆく。
これは死んだな、とカナリは静かに思う。元々どこにも居場所がなかった身、ここで終わってもいいか、と。
「シオン、シオン……!」
だが、カナリは涙を堪え、”自分の勇者“の名前を呼ぶ。
守ると言われた。絶対に守ると言われた。なのに、自分から余計なことをして失敗してしまった。申し訳なさと悔しさがない交ぜになり、涙として表に出てしまう。
下には地面。危機は回避できないとナイフも沈黙している。体も動かない。勇者との距離も遠い。
運命さえ見捨てたカナリを助けられるのは――
「あーあ……手を出しちゃった」
――運命を書き換えられる者以外にいない。
世界が静止という灰色に染まる。誰も動く者はいない。教会騎士も自警団もロックイーターも、全ての時間が停まっている。
カナリも宙に浮かんだまま静止しているが、目と口は辛うじて動く。
「ちょ~~っと調子に乗りすぎだったね」
「だれ……だ……」
頭の中に響く声。声の主を探そうと目を動かすが、どこにもそれらしき姿はない。
「探しても無駄だよ。アナタの心に直接ってやつだからね。知ってる?」
「しら……ねぇよ……」
「だよね。こっちの世界の話じゃないから。きっと、これも知らないよね」
少年とも少女ともつかない謎の声は、楽しげにカナリに語りかける。
「力が欲しいかい? この状況を覆せるような、大きな力が」
「意味が……わかんねぇよ……」
「そのまんまの意味だよ。まぁ、今回かぎりの特別だけど。本当はね、見てるだけのつもりだったんだ。だけれどあまりにも危なっかしすぎて、思わず手を出しちゃった」
自分の堪え性のなさにはガッカリだよ、と謎の声は答える。だが、その声にはガッカリしているような雰囲気は感じられない。感じ取れるのは、喜と楽の感情。
「それに、あっちのカレが真摯に願うもんだからさ。無事でいてくれ~って。そうじゃなかったら、見捨ててたかもね」
「シオンが……オレを……?」
「そうそう。感謝してね。キミがここで死んだりしたら、カレは狂っちゃう。その様子を観察するのも楽しそうだと思ったけれど、あっちの管轄は違うから面倒なんだ。ちぇ!」
今度は本当にそう思っているのだろう。謎の声は、何度も舌打ちをする。
「背骨が折れているね。どうせだから、ここも治しておいてあげよう」
「オレはまだ……力が欲しいなんて……答えてねぇぞ……」
「そうだっけ? まぁ関係ないよ。キミにはまだ死んでもらっちゃあ困るんだ。つまらないからね。キミには期待しているんだよ?」
とても軽い口調で、しかし内容は重く。
世界の時を停められるような者に、カナリの心当たりは一つしかない。魔王を倒せと異世界の穴を開けた張本人。楽しませてはいけないと戒律にある存在。
「んふぅ! さぁ。さぁ! さぁ!! キアの血を受け継ぐ者よ! せっかく出てきたのだから、また楽しませておくれよッ!!!」
「このクソゴミヤロウがっ!!」
「あはぁはあっ! その言い様! キアにそっくりだ! ――さぁ飛び立ちなさい! 与えた力は一分も続かない、上手くやってみせなさいな!!」
静止から解き放たれた世界は、再び悲鳴と怒号を上げる。
「ちっくしょ! 好き勝手言って消えやがった!」
再び地に落ち始めたカナリは、怒りで心を燃やしていた。ぶつける相手が消えてしまったことが、その相手に与えられた力を使わなければならないことが、余計に腹立たしい。
背中の痛みはキレイに消えていた。カナリは肺一杯に空気を取り込む。そして、地面に向かって叫んだ。
「ウィンドブラスト!」
創造するは風の奔流。本来のカナリであれば、そよ風程度しか生まない魔法。その魔法が、地面に暴風を発生させていた。カナリは暴風に乗り、地面に着地する。
「
ワイヤーに打たれ赤く腫れた足首が痛み、その場から動けそうにない。ガルスを召喚しようと思っていた場所には、まだ遠い。だが、カナリが動く必要はもうない。
胸の中に、今までにない力を感じる。心に開いていた魔力を取り出す小さな穴が、大きく広がっていた。その量は数十倍にまで増している。現代の蒼戒のマーニデオ一族の中にも、ここまで大きな魔力の穴を持つ者はいない。
カナリはナイフで指を切り、地面に血を垂らす。
「とてつもなく癪だけど――こいッ! ガルス!」
その瞬間、夜の闇は蒼に塗り替えられた。
バチバチと蒼く光る雷光が地面を抉り、魔狼が召喚される。大量の魔力でもって召喚された魔狼は、子犬の姿からはほど遠い。
『グルルルルルルルルッ!!』
牙を剥きロックイーターを睨むのは、蒼いタテガミを逆立てる巨大な双頭の狼。カナリはそっと、自分の背ほど高くなったガルスの背筋を撫でる。
「これが本当の
『クルルルルッ』
ガルスは甘えるように、鼻先をカナリにこすり付ける。身体から発する魔力の波動も、威圧感もまったく違う。それでもガルスなのだと、カナリは頭を優しく撫でる。本来の力ではガルスの全てを解放してやれないことを悔しく思いながら、カナリはガルスへ命じる。
「時間がない。わかってるな?」
『ガウッ!』
カナリの指に流れる血を直接舐めると、ガルスは蒼い稲妻となり、残光を残しながら戦場へ迫る。
負ける要素は、これでなくなった。引き分けもない。
『――――!!』
蒼い稲妻が戦場を縦横無尽にすり抜ける。光の軌跡には、黒い炭になり崩れ果てた疣虫が残るのみ。人に傷を負わせることもなく、全ての疣虫が塵芥に成り果てる。
そして最後。ガルスはロックイーターの硬い外皮をものともせず、心臓部を引き裂く。
一匹の狼により、たった数十秒で形勢は逆転した。
「うぐ……っ!?」
世界の静止が解かれて一分。カナリは心の穴が急激に狭まるのを感じ、ガルスに使っていた魔力を停止させる。魔力の補給が断たれ、ガルスの姿が掻き消える。
酷い虚脱感がカナリを襲う。もう少しタイミングが遅ければ、魂が魔力の満ちる異世界に持っていかれていただろう。
「せめてあと一往復……できてればな……」
気を失いそうになる頭でロックイーターを見ると、ガルスに心臓部を半分ほど引き裂かれたというのに、まだ動いてる。弱々しくはなっているが、単純な構造の生物な分、生命力が強い。ワイヤーも千切れる寸前までいっている。
「だがまぁ、丁度いいか……倒すのは譲ってやるよ」
本来の役目は、ここまでするものではなかったのだから。そして期待どおり、ワイヤーが千切れる前に、ロックイーターを取り囲んでいた兵の内の一人が動いてくれた。
「しつこいですよッ! せっかくカナリさんが活躍したのに、水を差さないでください!」
「ってサラかっ! 自警団のやつらに譲れよ!」
残された少ない力を振り絞ってまで、カナリはツッコんでしまう。
離れた場所でそんなツッコミが聞こえるはずもなく、ガルスの作った裂け目に、サラが自警団から奪った馬上槍を突き刺した。
「――はっ!? ワレ等も続けぇ!!」
サラに続き、役目を思い出した自警団が次々と馬上槍を突き刺す。ロックイーターの心臓部は何十本もの馬上槍を受け、やっと動きが完全に止まった。
見ようによっては、自警団がトドメを差したようにも思える。それでレイデンスには満足してもらおうと、カナリは息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁぁ。やっと終わった……」
シオンに通じているマイクに、終わったとだけ一方的に告げ、カナリは疲れきった体を地面に横たえる。
「オレが助かったのは、シオンのおかげか」
思い出したくもない相手との会話だが、そこで言われたことを思い出す。シオンがカナリの無事を願ったから、手を出したのだと。
「やっぱりシオンは勇者だ」
自分を守ってくれたことに、自分の勇者と旅を続けられることに喜びを感じながら、カナリは目を閉じた。
これで一番の障害は取り除かれた。残すはバーナードのみ。
思いも寄らぬ出会いと死闘を越え、舞台は次へと進む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます