第42話 山を食みし鋼残竜 [改]
「――カナリ」
「ああ、やるか」
シオンと拳を合わせたカナリは、護衛にとレイデンスが寄越した自警団二名の手を借りてワイヤーの端を穴へと戻す。あとは餌に食いついたロックイーターを、シオンが引きずりだすのを待つだけ。
現在鉱山に集まっている人員は、教会と自警団から五十名ずつ。内、魔法使いは各陣営で五名ずつ。鉱山の作業員が二十名。工場からシオンの依頼した特大四本針を運んできた工場の作業員が二十名。鉱山と工場の作業員は、今はレイデンスと一緒に後ろに下がっている。何名かは共に戦いたいとレイデンスに訴えていたが、却下されていた。
教会騎士と自警団は、坑道の入り口を堺に左右に半数ずつ人員を配置している。入り口の近くに、フック付きの頑丈に編まれたロープと大きなハンマーを持った教会騎士。次に
ちなみに、馬上槍を持っているといってもウマに乗ってるわけではない。ロックイーターの心臓部を攻撃するために、長い武器が必要となるからだ。
『――ちの準備――完了』
「うし、こっちもいいぞ。――やってくれ!」
「よし! 移動開始! 足を挟まれるようなバカがいないな!」
特大針はカダルフら自警団の手により、台車ごと坑道の中に押し込まれる。
斜めに下った坑道から、台車の滑り落ちる音が響いてくる。
誰も無駄口を喋る者はいない。皆が固唾を呑みながら、坑道を、まだ弛みのあるワイヤーを見つめている。
「――カナリさーん! 私、がんばりますからねー!」
そんな中、教会騎士の集団に一人だけカナリに手を振っている者がいた。
堅苦しい雰囲気の中、カナリは苦笑いを浮かべながらサラに手を振り返す。サラは教会が定めた護衛だが、今は戻っている。護衛が自警団なのは、フルグドラムに協力しているから。ロックイーターを倒すのは、内部の者であるのが好ましい。勇者一行と教会はあくまでサポート役。他の協力者はいない。
勇者が自警団に協力して魔物を倒すのではなく、自警団に勇者が協力し魔物を倒す。違いは僅かだが、その違いが重要になる。
サラの様子に周囲の教会騎士の間に笑いが起きるが、他からは奇異の視線がカナリに向けられる。それは近くにいる護衛も同じ。
「詐欺師とでも思われてるのかねぇ……」
御伽噺の勇者と従者。
教会の人員はその存在をすでに知っていたが、その一画を除けば知っているのは、レイデンスと自警団のごく一部のみ。街の危機に降って沸いたように現れた御伽噺に、疑いを持つ視線を向けるのはしかたのないことだろう。
そんな視線にも、カナリは臆すことなく胸を張り立ち向かう。
「……オレは
誰にも聞こえないほど小さく、カナリが呟く。
シオンが本当に御伽噺の勇者かなど、カナリにもわからない。本当に勇者だと判明したりすれば、きっと腹を抱えて笑うだろう。御伽噺など似合わないと。笑って、笑って、ひとしきり笑ったあと――なにも変わらずシオンと旅をする。
御伽噺などカナリには関係ない。どんな理由があろうとシオンは勇者なのだ。だからこそ、カナリはバーナードを許せない。
「……にしても、反応がないな」
頭の中を切り替え、坑道を見る。
坑道に餌を落としてから約十分。視線の先に変化はない。このままでは埒が明かない。小声ではあるが早くも、失敗じゃないか、などと言い出す者もいる。このままロックイーターが出てこなければ、本当に詐欺師扱いされかねない。
十分も待てないのでは釣りにならないが、釣り上げようとしているのは巨大な魔物。漂う空気の質が違いすぎる。
どうしたものかとカナリが悩んでいると、カダルフが近づいてきた。作戦の中止を求めにきた――というわけではないようだ。
「出てきませんな」
「みたいだな。眠くなりそうだ」
「はっはっはっ! 従者殿は肝が据わっておる!」
明朗に笑っているカダルフだが、緊張感を失ってはいない。
「理由はなんだと思いますかな?」
「餌の燐螢石の量が足りなかったのか、近くにいなくて気付いてないのか。そこら辺じゃないか」
「妥当なところですな。さて、そうであれば単純なこと――」
カダルフは至極簡単に言い放つ。
「餌が足りないのであれば、追加すればよい。近くにいないのであれば、呼び出せばよい」
その進言に、カナリは酷く苦い顔をした。
「……家畜をどっかに隠してたのか?」
「用意しておけばよかったと、後悔しているところである」
「知ってる。オレもずっと鉱山にいたんだからな。ロックイーターのせいか、ネズミ一匹見かけちゃいない」
「今から準備する時間もない。時間を無駄にはできんからな。魔物を倒すのは、早ければ早いほどよい」
「そりゃそうだが……」
朝までに決着を付けなければ、バーナードの抗議が始まってしまう。そうでなくとも、操られた人々が鉱山に雪崩れ込んでくる可能性だってある。バーナードに気取られぬよう動いてはいるが、自警団と教会騎士の大半を動員させているのだから、バレるのは時間の問題。すぐにでも行動に移されるかもしれない。
「なら、誰が行く」
餌になりそうな家畜はいない。山から捕まえてくる時間もない。ならば、ここにいる誰かが餌にならなければいけない。ロックイーターの縄張りへと入り、呼び寄せる餌に。
「ワレが行こう。従者殿にそこまで頼むつもりはないぞ」
「元から行く気なんてないけどな」
「行く気であったのならば、殴ってでも止めなければいけぬところだ。死なれて穴が閉じては困るのでな」
カダルフはシオンがどういった手段でロックイーターを引きずり出すのかわからない。だが、勇者がやると宣言した。ならばそれを信じようと。父から聞いた、街を救った御伽噺をまた信じようと。そのためにも、穴が閉じては困る。
「それに、だ。勇者に頼りっぱなしというのは、はなはだ遺憾なのである。引きずり出された獲物を、さぁどうぞ、と差し出されるだけではな」
「せっかく食べやすくお膳立てしてやってるってのに」
「その準備に手間取っておるくせに、なにを言っておる」
「……違いない」
痛いところを突かれたと、カナリは頬をかく。
「アンタが死んだら、自警団はどうなる。レイデンスは許可したのか?」
「街を守れという命令に背くわけではないからな。許可はいらぬ。それにワレは、自分の肉体を信じておる! 簡単に死ぬ気はない! だから、あとは頼んだぞ従者殿」
「しぶとそうだもんな、アンタ。できるかぎりやってやるさ」
ウチの勇者がな、とカナリが返すと、カダルフは満足そうに頷き、坑道へと戻ってゆく。
自警団の団員を説得したカダルフが、一人で坑道へ入ってゆく。
「存在感はバッチリだし、ロックイーターも気付きやすそうだな」
覚悟を決めているのなら、口出しするつもりはない。上手くいくことを祈るだけ。
カダルフが坑道へ入って五分ほどたったあと。
「……お?」
地面が微かに揺れる。
振動は地下から。そして、微細な振動は徐々に大きくなってゆく。
ワイヤーが一度、大きく揺れた。教会騎士も自警団も、緊張した面持ちで手に持つ武器を構える。
そして――
「うおおおおおおおっ!!」
「マジで生きて出てきやがった……!」
弛んだワイヤーが強く張り、大慌てのカダルフが坑道から飛び出してくる。外で待っていた自警団から歓声が上がる。着けていた鎧は食いちぎられているようだが、大きな怪我はない。そのしぶとさにカナリは感心してしまう。
食いついたと確信したカナリは、マイク向かって大声で叫ぶ。
「やれ! シオン!!」
返事はなかったが、ワイヤーが動いた。ワイヤーはキリキリという悲鳴を上げながら、ゆっくりと穴に引きこまれてゆく。ロックイーターが暴れているため、大きな振動と一緒にワイヤーの動きが何度か止まる。だが、引き戻されるということはない。
「見えた……っ! って気持ちわるっ!! そして思ってたよりデカイな!!」
坑道の入り口を崩しながら、ロックイーターが姿を現す。
最初は、無数の細かな歯を生やした大きな
シオンはミミズと称したが、その姿はゴカイに近い。若い個体――幼体とはいえ、直径三メートル近い巨体を持っている。地中を動くためなのか、全身に生えた細かな
だが、ここで気持ち悪いからと中止にはできない。弱点である心臓部まで、もっと引きずり出さなければいけないのだから。
「……ッ」
ワイヤーが穴に戻るほど、ロックイーターとカナリの距離は近くなる。シオンもそのことを考え、建材の中で一番長いワイヤーを選んでいる。そしてワイヤーの長さが足りないようなら、すぐ知らせろとシオンに言われていた。
おかげでまだまだ距離はあるが、巨大な口がゆっくりと近づいてくるというのは、それだけで精神にクるものがあった。だからといって、カナリは下がることはできない。下がれば下がっただけ、ワイヤーは戻ってしまうから。それだけ引きずり出すのに時間がかかってしまう。
カナリは気合を入れ、じっと近づくロックイーターと相対する。そしてカナリとロックイーターが、限界と定めた距離まで近づいたとき――教会騎士が動いた。
「うおおおおおおおおぉぉッ!!!」
「シオン、止めろ!」
ゆっくりと引かれていたワイヤーの動きが止まったことを確認し、カナリは坑道に視線を戻す。教会騎士が動いたということは、心臓部まで引きずり出せたということ。一回り太くなっている疣足のない胴が、坑道の外まで露出していた。ただのミミズであれば生殖器の部分だが、ロックイーターのそこには生殖器の他に、巨体を動かす神経網があるとされている。まさしく心臓部。
教会騎士は引き伸ばされた分厚いゴムのような外皮に、心臓部を避けながら、鋭く研がれたフックをハンマーで打ちつける。一度でダメなら二度。二度でダメなら三度と。フックにつけられたロープの端は、すでに地面に打ち付けてある杭へと繋がっていた。
何十本ものロープで地面に張り付けられるロックイーターの姿は、さしずめ
異臭を放つ緑色の体液を流しながら、ロックイーターは疣足を震わせ全身を身悶えさせる。声を持たない魔物の代わりのように、ワイヤーが悲鳴を上げる。
どれだけ繋ぎとめていられるかわからないが、一時的であれ動きを封じた。となれば、次は自警団の出番だ。
「総員、構えぇぇぇっ!!」
カダルフの掛け声に、自警団が馬上槍を構える。狙う先は神経網のある太い胴体部分。
「
「街を脅かす敵です!!」
「ワレ等の後ろにはなにがある!!」
「守るべき街です!!」
「ならばその槍に自警団の誇りを乗せ――貫けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「オオオォォォッ!!!」
気合一閃。魔法により強化された馬上槍が、ロックイーターの胴体に一斉に突き出される。先端が心臓部を守る外皮にめり込むが……
「くッ!」
他の部位より外皮が厚いのか、全力で突き刺したはずの馬上槍は、致命傷にならない。
「傷は付く! ならば死ぬまで続ければ死ぬということだ!!」
「オオウッ!!」
カダルフの単純な命令に、自警団員は気を吐きながら攻撃を続ける。なぜなら、ロックイーターという未知の魔物に傷を付けられたから。どんな些細な傷でも、付けられるのであれば相手は無敵じゃない。
「順調だな」
いざとなればガルスを召喚しようと思っていたカナリは、ナイフを鞘へと戻す。召喚しても制限時間内に有効なダメージを与えられたかは、外皮の固さを考えると難しかっただろうという自己分析つきで。
自警団は暴れる胴体に絶え間なく傷を重ね、外皮にめり込む先端は深くなってゆく。
「オオオオッ!!」
そして一人の団員の馬上槍が、深く深く、ロックイーターの外皮に沈み込んだ。緑色の体液が勢いよく吹き出す。
「槍を押し込めぇぇぇッ!!」
突き刺さった馬上槍を、数人がかりで押し込む。根元近くまで刺さると、蠢いていた疣足が一斉に動きを止めた。
倒せたのか。カナリも教会騎士も自警団も、固唾を呑んで体液が吹き出る心臓部を見つめている。
――だから気付くのが遅れた。
刺さった馬上槍を見ていた教会騎士の足元に、ナニかがボトリと落ちる。音に気付いた教会騎士は足元を見るが、そこにはなにもない。ただ、上から垂れた透明な粘液が糸を引きながら、小さな水溜りを作っているだけ。
粘液の糸を上に辿ると、ロックイーターの胴体から流れているのがわかる。ただ、なにかがおかしい。フックをかけた傷からではない。疣足があったはずの場所には穴が空いており、そこから粘液が垂れていた。
シオンがその穴を見ていたら、きっとこう言っただろう。背中で卵を育てるカエルを思い出した、と。
教会騎士の背筋が、ゾワリと総毛立つ。粘液の水溜りは、どこに伸びていただろうか。
「――うア……ヅッ!?」
急にふくらはぎに走った痛みに顔が歪み、空気の漏れた喉が小さな悲鳴を鳴らす。慌ててふくらはぎを見ると、ふくらはぎを覆っていた鎧が、左右から挟まれるように、拳大の大きさに歪んでいた。痛みは歪んだ鎧に肉が挟まれたからだろう。
痛みに耐え、歪んだ部分を見て、教会騎士は思った。ああ、これは噛み跡なんだ、と。鎧を濡らす粘液と、視界の端に地面を這いずるナニかを捉えながら。
戦いはまだ終わらないと、確信する。
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