第41話 石で竜を釣る [改]

 陽が落ち、時計の針が天辺で重なる頃、俺は車の停まっていない駐車場に自転車を停める。厚着をしているのに、自転車に乗っていたせいで寒い寒い。耳の奥がジンジンするほど痛み、なんか顎まで痛みだす。

 奥にある鉄門の横にあるタッチパネルに教えてもらった暗証番号を入れると、ランプは赤から緑に変わる。これで中に入っても、警備会社から警備員が飛んでくるなんてことはないはず。


「叔父さんには頭が上がらんですよ」


 心の中で感謝を唱えながら、鉄柵を開けて敷地の中に入る。

 ここはレンガ叔父さんが経営している建設会社。暗証番号も、数時間前に叔父さんに教えてもらったものだ。夜の見回りをしている常駐の警備員にも、手を回してもらっている。

 社員用に設置されている無線をお古のスマホに登録してから、背負っていたバッグからディスプレイを取り出す。渡す相手は、もちろん穴の向こうにいるカナリ。カナリは今、鉱山にいる。このあとのことを考えると、口頭以外の連絡手段が必須だからだ。


「ほいよ。これで使える」

「ああ。……大丈夫か?」

「俺が? 作戦が?」

『…………シオンがだよ』


 自分のスマホに付けたイヤホンから聞こえてくる、小さな声がこそばゆい。これからやることじゃなくて、俺の心配とはありがたいね。それだけでヤル気が湧き出てくる。


「心配無用。許可もちゃんともらったし、大丈夫でしょ」


 多分ね、と一言、心の中で付け加えながら。

 叔父さんには、会社に置いてあるモノが使いたいって話をした。詳しい事情は話せないとも言った。そして、悲しんでる人を助けるため、とも。

 断られるか、事情を話せと言われると思っていた。そうなったら、忍び込むつもりだった。だけど、女が関係しているかと聞かれて、そうだ、と答えたらあっさり許可をもらえたんだよね。ただ一つ、『女を泣かせるなよ』と厳命されたけど。


「俺も約束、しちゃったからね……」


 おかげで、余計なもんまで背負ってしまった。

 レイデンスと話をしたあと、俺たちはロラーナちゃんが運ばれた病院へと向かった。包帯を巻かれベッドに寝ているロラーナちゃんは、酷く痛々しかった。バーナードを止めてくれ、とうわ言のように何度も口にしていた。

 何度も言うもんだから思わず、わかったよって返事しちゃったんだよね。


「このお人好しが」

「俺たちのやろうとしてることが、ロラーナちゃんの願いと一致したってだけだよ」


 バーナードを許してくれってんだったら、全力で無視してたところだ。叔父さんを裏切ることになっても、それだけは受け入れられない。

 というわけで、他人の願いも一緒に背負うことになってしまった。でもね。だからって、やることが変わるわけじゃないから。ついでだよ、ついで。


「そっちの準備は?」

「順調だと思うぞ。ついさっき、シオンが頼んでたブツが運びこまれてた。今は燐螢石りんけいせきを貼っ付けてるとこだ」

「なら、こっちも準備を急ごう」


 事務所から鍵を持ち出すと、敷地内にある巨大な倉庫のシャッターを開ける。モーターの大きな音と、ガラガラという金属の擦れる音。倉庫の中に入ると、大量に置かれた建材から金属や油の臭いが漂ってくる。


「カナリ、ロープと、穴の近くに人を集めてくれ」

「おーう」


 とある建材の前にディスプレイを置くと、穴から差し出された頑丈そうなロープを建材の端に結びつける。


「引いてくれ!」

『――おら! 引け引け! ただし、ゆっくりとだぞ!』


 カナリの声と共に、大人数の大人の声が聞こえてくる。そしてゆっくりと、ロープが引かれ、建材が動く。ズルリ、ズルリ――と、まるで大蛇が地面を這うように、直径二十センチ近いワイヤーが穴の中へと消えてゆく。


「本当はもっと太いワイヤーを使いたかったところだけど」


 そうなると、穴を通らないからなぁ。これで上手くいくことを期待しよう。

 ワイヤーが全部入ったのを確認してから、穴を覗いてみる。台車に乗せられた真っ黒い塊に、ワイヤーが取り付けられるところだった。

 黒いのは、燐螢石という黒い鉱石が貼り付けられているから。加工すると発光する鉱石で、照明なんかにも使われる。そして、黒い鉱石の隙間から、鋭い牙のような先端が四つ見える。俺が頼んだとおりならば塊の中核は、船の錨を二つ合わせたような形になっているはずだ。見えている牙は、その先端というわけ。


「まさか、魔物相手にこんなことするなんてな。フラグって怖い」


 おかげで無事に済む確立が、グンっと下がった。恨むぞカナリ。


 ――レイデンスが鉱山を立ち入り禁止にした理由。それは魔物のせいだ。

 ロックイーター――名前の通り、岩を食らう魔物。鋼残竜こうざんりゅうとも呼ばれ、体内に蓄えられた鉱石は混ざり合い、ときには上質な素材になるという。本来は大陸の中央部に生息する魔物で、中央セントラルから離れたフルグドラムが鍛冶の都と呼ばれる要因ともなっている。


 そのロックイーターの若い個体が鉱山に現れた。タイミング的に、バーナードがロラーナちゃんに運ばせた琥珀色の物体が関係しているだろうことは、想像に難くない。

 理由がどうであれ、ロックイーターが鉱山の中を這いずり回っているせいで、山の中に入ることができないでいる。鉱山の事故もコイツのせいで起こった。縄張りテリトリーの中に異物が入り込むと、襲い掛かってくるせいらしい。


「このままじゃ、強制的にバーナードの勝ちになるからな」


 だからこそ倒す。

 ロックイーターが鉱山を食い尽くすのには、早くても数年、遅ければ十年以上かかるらしい。つまりその間は採掘ができない。その事実はバーナードの追い風どころか、勝利の鍵に等しい。街の在りかたが変わることが確定してしまう。

 バーナードの企みを暴くのであれば、もっと相応しい舞台があることだし、今はロックイーター退治が最優先だ。まずは、バーナード絶対有利の状況を覆す。


「そのために用意してもらったなんだし」

「釣るのは魚じゃねぇんだけどな」


 穴の側まで戻ってきたカナリが、呆れた声で言った。そりゃ、呆れたくなる気持ちもわかる。

 なんたって今から、石を餌にして竜を釣ろうってんだから。


「俺だって、まさかを釣ることになるとは思わなかった」


 別に畑の岩を転がして、小さなミミズを針に引っ掛けるわけじゃない。釣るのはもちろん、ロックイーター。

 ロックイーターの二つ名は鋼残竜だが、ドラゴンというわけではない。サンドワームと呼ばれる砂漠に住む巨大な環形動物の一種で、長い見た目から竜と呼ばれるだけ。知能も低く、刺激しなければ、岩を食うだけの魔物。


「蜘蛛の次は蚯蚓ミミズとか、虫に好かれてるんだろうか……両方虫だっけ? ああ、やだやだ。その内、G型の魔物とか出てこないよな……」


 あれはダメだ。生理的にも見た目的にもダメ。巨大なGとか、出会ったら瞬間、泣き叫んで逃げ出す自信があるね。……これ以上、考えるのはよそう。精神が死ぬ。


「ロックイーターの好物の燐螢石を餌にして、針を掛ける。あとは引っ張り出して倒すだけと」

「気軽に言ってくれるなぁ……」

「そのために、教会騎士や自警団の人にも集まってもらってるわけだしね」


 魔物というだけあって、外皮は恐ろしく硬いという。まっ、そうじゃなきゃいつ崩れるかわからない山の中を好きに這えないんだろう。そして長い身体の中心に心臓部がある。この心臓部さえ破壊してしまえば、ロックイーター退治は完了だ。


「言うは安しの典型だな」

「だから俺が外に引っ張り出す。あとは他に任せた」


 地中にいるロックイーターの心臓部を攻撃するというのは、難関中の難関だ。まずは、地中から引きずり出す必要がある。だが、大の大人が何人束になろうと、人力では無理に等しい。道具も力も足りない。その問題を解決するために、俺は倉庫ここにいる。

 鉱石が体内に残るってことは、鉄よりも硬い特殊合金製のワイヤーだったら噛み砕かれたりしないはず。そして人が引けないのであれば――


「相っ変わらず、でっかいなぁ……」


 ――代わりに機械で引いてもらおう。

 倉庫の中には様々な建材に紛れながらも、異様な威圧感を発するモノが置いてある。

 見上げた先は、叔父さんが最近買ったという巨大重機ブルドーザー。運転席は普通の重機のはるか上。タイヤの大きさなんて俺の背を超えている。こんなに巨大な重機、日本で活躍の場があるのかと疑問に思ってしまうほどだ。……うーん、でもカッコイイ。デカイ機械ってステキやん?


「さて、コイツにはまず日本じゃなくて、異世界で活躍してもらいますか。――カナリ」

「ああ、やるか」


 拳を合わせ、俺は重機の後ろへまわる。ディスプレイをロープやテープを使って壁に固定し、いったん穴に入れたワイヤーの先を、カナリから受け取った。押し出されるワイヤーを、重機のフックに引っ掛ければ準備は完了。

 梯子を伝い運転席に乗り込み、エンジンをスタートさせる。


「こっちの準備は完了だ」

『――こっち――いいぞ。やって――れ』


 電波が悪い。穴にワイヤーが入ってるせいで、電波が届きづらいようだ。だが、内容がわからないわけじゃない。なら、覚悟を決める。

 あとは待つだけだ。坑道に投げ込まれた仕掛けに、ロックイーターが食いつくのを待つだけ。食いついたら、穴伝いに重機で坑道から引っ張り出す。それだけなのに……


「……ふぅ」


 汗がジワリと額に滲むのがわかる。頭の中で何度も針にかかった場合のシミュレートをしているが、不安で堪らない。泣きそうだ。強がるのも、そろそろ限界に近いよぅ。

 何分待てばいいのか。もう何十分もたっているじゃないか。そんな時間の感覚もわからなくなるくらいの中――


「――!?」


 ぐっ……と、後ろに引かれるような感覚が体に走った。心臓が緊張で跳ねる。拍子にアクセルを踏みそうになった足を、なんとか気合で押さえる。

 ……まだだ。タイヤが少し動いただけ。食いが浅ければ、針が外れてしまう。そう自分に言い聞かせて待ち――最高のタイミングが訪れる。


『――!!』


 ゴンッ! という強い衝撃と、イヤホンから聞こえるノイズ。声にもなっていないノイズの中、俺は確かに聞いた気がした。『やれ! シオン!!』と。


「――ッ!」


 ギアをローに入れ、アクセルを踏む。力強く、ゆっくりと進む車体。速度はいらない。今は牽引ひく力だけが重要だ。

 ゴンッゴンッという車体を揺らす衝撃にも負けず、時折タイヤが空転するが、アクセルから足は離さない。ワイヤーがキシキシと嫌な音を立てる。切れないことを祈りながら、前へ進み続ける。

 どれほど進んだのか、車体はもう倉庫の外に出ている。それでも、まだまだ進む。


『――――ろ!』

「――ふっ!」


 聞こえてくるカナリの声に、アクセルから足を離し、ブレーキを踏み込む。おそらく、ロックイーターの心臓部まで坑道の外に引きずり出せた。ならば、あとはこの距離を維持するだけだ。

 揺れる車体の中、俺にできることはない。ワイヤーは長いものを選んでいるし、進んだ距離を考えても、二人で決めた安全マージンは超えていないはず。それにカナリの目的は、あくまでバーナードの企みを潰すことだ。攻撃するのは、自警団と教会の役目になっている。人員も十分に出してもらっている。


「カナリ……どうか無事でいてくれよ」


 それでも、潰れそうな心を押さえつけながら、カナリの無事を祈る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る